オーガの夢其の三
戦場にいるはずの姉が集落に戻ってきた、何やら嫌な予感しかしない……そしてその嫌な予感は姉の発した言葉で現実となる。
「皆すまない、前線は瓦解しあたいらは敗北した、直に人間がこの集落を襲いに来るだろう。やつらの目的はオーガ族の女性達だ、あたいはこれから人間を足止めするからその間に全員避難しろ!」
信じられない言葉だった、俺は兎も角オーガの戦士は屈強な肉体を持っているつわもの揃いだそれが二刻と立たずに(一刻は約30分)敗北したなど悪い冗談にしか聞こえなかった。
最初は皆性質の冗談だろうと思っていたいや思いたかったのだ、しかし姉は嘘は言わない為皆判断しかねていた……そして遠くの方から人間の声が聞こえてきた。
『雌オーガは不老の妙薬だ!!全て生け捕りにしろ!!』
遠くからだが確かに人間の声が聞こえた、これにより姉の言葉が事実であったのと同時に人間の目的も知ることとなった。
言っていた事が真実かどうかはこの際関係ない、分かる事は自分達を害そうとする者達が近づいてくると言う事実だけ……そこから集落は阿鼻叫喚の地獄絵図と変わっていく。
兎に角全員この場から避難し生延びる事を優先した。
集落にいる女子供老人がここから避難する為に大混乱となっていった。
人間の声はどんどん近くで聞こえてくる……このまま集落から避難したとしてもこれでは人間に追いつかれてしまうだろう、姉が言うように人間を足止めをする必要がある。
そして足止めをするのは人間の目的がオーガ族の女性である以上姉さんがするのは適任じゃない、もしやるのなら人間の目的に一致しないものが望ましい……そして今集落にいる若い男は俺だけ、なら俺が足止めするのが一番適任だろう。
俺はそんな風に考え足止めは俺がすると言おうとしたところで……目の前に姉がいた。
「凪、話がある」
そう言いながら姉は俺の腕を掴んで井戸のほうに引き摺るようにして連れていかれた。
「ちょっと待って、いきなりどうしたの!?姉さんは今の話が本当なら早く逃げなきゃ!人間はオーガの戦士を全滅させてしまうほどなんでしょ、姉さんが幾ら強くても逃げなきゃ駄目だよ、それに人間の目的がオーガ族の女性なら俺は対象外だ、ならなおの事俺が……」
「人間の本当の目的は凪、お前だ……」
余りにも強引な姉に抗議したらそんな風に言葉を返された。
「数年前人間の老兵を助けたことがあっただろう、そいつが兵を引き連れて凪を生け捕りにしようとしている。まぁ何故か奴は凪を女と間違えているため既に特定されているわけではないと思うけど」
姉から聞かされた事実に色々と物申したいと思ったが最初に出てきたのは……
「……俺男ですよ?」
「当たり前だ!!可愛い可愛い可愛い私の凪が男なのは私が知っている!!」
俺は思った……ああ、これも原因の一つかと。何でだろう、すごく大変な時だし考えれば考えるほど俺が現在の状況の原因であるはずなのに、この脱力する空気は何なのだろうか?
「そういう訳で凪が足止めやるなんて鴨がネギ背負ってるようなものだ、そして事が事だけに集落のみんなと一緒にさせるわけにもいかない、だから此処に連れてきた」
姉の言っている意味が分からない、だから此処に連れてきた?此処には井戸しか無いけどどういう事だろう?
「後で迎えにくるからそこで隠れていてくれ」
そう言うと姉が俺を井戸に突き落とした。
待て待て待て!?この井戸高さが11間(約20メートルほど1間は約1.8メートル)もあるんだけど!?真っ逆さまに落ちていき着水……正直スッゲー痛い、人間なら死んでるんですが!?
「姉さんいきなり何するんだ!!」
「悪い凪、だけどそこなら巻き込まれる事はないからね。久々にあたいが周りを気にせずに暴れるからね」
そう言うと姉の気配が消えた。暫くすると爆音が継続的に響き渡り段々と離れていく……あのバカ姉『発火』の眼力使ってマジで全力で暴れてるのか!?そんなことしたら体が持たないだろう!!発火は魔力以上に消費されるものがある、それは空気だ。人間は元よりオーガも息ができなければ生きてはいけない、発火は発動時大量の空気を奪っていく。
更に厄介な事に姉の発火は魔力で燃え続ける、通常の火は空気が無くなると消えてしまうが姉の発火の火は空気が無くても燃えつずける、つまり火が消えるには魔力をぶつけて相殺するか燃えるものが無くなるかでしか消えないのだ。
この森の中で発火を全力で使うと言う事は自分の能力で自身すらも焼いていく事を意味する諸刃の剣の様なものなのだ。
幸いなのか何なのか井戸の中の空気は上が燃えていてもなくならない様でここにいれば死ぬ事は無いようだけどそれがどうした!!姉を止めなければならない、しかし現実問題として自力では11間の高さのある井戸を俺は登る事は出来ない……だから助けを呼んだ、誰でもいい……オーガの誰かがまだ残っていることを祈って助けを呼び続けた。
呼び続けて呼び続けて……誰も来ないことに半ばもう誰もいないのを理解してもそれでも呼び続けていた。
そしてその声を拾ってくれた存在が現れた、しかしそれは救いではなく……これから起こる悪夢の始まりだった。




