竹輪太郎
時は二十三世紀。その男、竹 輪太郎は生まれた。彼は天才だった。聞いた話によれば、一歳でもうちくわを食べていたという。大きくなった彼は、ちくわの研究で有名な大学に入った。六年にもわたる研究により、ちくわをストローとして使う技術を開発した。彼は一躍有名人となり、巨万の富を築いた。しかし、彼はそんなちくわで満足しなかった。更なるちくわを追求した。彼はちくわに熱中していたので、めったに人と話すことがなく、あまり人間に興味を持たなかった。しかし、彼は助手の鰯子にだけはちくわに抱くような愛情を抱いた。鰯子もまた、彼のことがちくわと同じぐらい好きだった。数年後、彼と彼女は結ばれた。二人で魚肉を練るのが一番の幸せであった。しかし、そんな幸せな日々もそう長くは続かないのだった。
ある日、鰯子が倒れた。医者を尋ねたところ、過去に彼女に向けて放たれたきゅうりが脳に影響を及ぼしているいう。命はもって一年だそうだ。さらに、鰯子の体には輪太郎との子供もいるという。鰯子は子供さえ助かればいいなんて言っているが、輪太郎は鰯子の姿を見るとまるで、穴のないちくわをみているように悲しかった。どうにかならないだろうか。輪太郎は悩んだ。そこで、彼はあることをひらめいた。今開発している、ちくわの穴をくぐることによって過去と未来を行き来できるシステム、それを完成して過去へ飛び、彼女にきゅうりが放たれるのを阻止しようと。彼は研究に励んだ。その最中に鰯子も鰯子のおなかの子も死んでしまった。輪太郎はもちろん悲しかったが、悲しみを捨てより一層研究に励んだ。そして半年後、ついに彼は「ちくわタイムマシン」を開発した。すぐさま彼はありったけのちくわを持ってちくわタイムホールをくぐり彼女が撃たれたという十年前にさかのぼった。
気が付くと、輪太郎は小さな島の海岸にいた。ちくわで作った望遠鏡であたりを見回す。海しかない。鰯がたくさん獲れ、ちくわがたくさん作れそうないい海である。そんなことを思いながら、持ってきたちくわを食べていると、高校生ぐらいの少女に話しかけられた。笑顔がまぶしい、かわいらしいおんなのこである。輪太郎はさすがに未来から来たとは言えないので、自分には記憶がないといった具合で彼女と話した。すると、彼女は村のほうへ輪太郎を連れて行き、村の人間に輪太郎を紹介し、村のことを教えてくれた。話によると、この村ではちくわの穴にはチーズを入れることが至高とされていて、隣のちくわの穴にきゅうりをいれることを至高としている村と争っているらしい。輪太郎はおそらくこの争いに鰯子が巻き込まれたのだろうと思った。輪太郎は少女の家にお世話になることになった。彼女の家につくと、彼女は自分の家族のことを語った。彼女には、父も母もいない。ちくわの穴戦争にまきこまれたのだ。輪太郎は家族のことを語る彼女の悲しそうな顔が病気だった鰯子に似ていると思った。彼女は話の最後に「言い忘れてたけど私の名前は鰯子。今日からよろしく。」と言った。そう彼女は鰯子だったのだ。
十年前の鰯子と生活しているうちに輪太郎は彼女に惹かれていった。ともに魚肉を練ると、輪太郎は鰯子との研究を思い出し幸せになった。彼はいっそこのままここで一生暮らしたいと思った。しかし、平和な日々は続かない。ある日、輪太郎と鰯子がいつものように、ちくわ作りに励んでいると、何やら村が騒がしい。隣の村の人々が攻めてきたのだ。完全に不意をつかれ、輪太郎と鰯子の村の人々は逃げるほかなかった。ちくわづくりに夢中で二人は逃げ遅れた。突然、前に隣のむらの人間が現れた。右手にはきゅうりの入ったちくわをもっていた。輪太郎は気づいた。こいつが鰯子にきゅうりを放ったのだと。輪太郎は鰯子を守るためにちくわで敵に殴りかかった。彼の一撃は敵の延髄付近にあたり、敵は倒れたと見えた。やった。輪太郎は思った。だが次の瞬間。ばんっ。敵のちくわから放たれたきゅうりが輪太郎の腹にあたった。致命傷だった。鰯子は慌てて、輪太郎に駆け寄る。敵の大群はもう近くに来ている。輪太郎は彼女さえ助かればいいと思った。輪太郎は「逃げろ」と彼女に言った。「でも」渋る鰯子。「鰯子、お前だけ助かればそれでいい。ありったけのちくわを持って逃げろ」輪太郎は最後の力を振り絞り言った。鰯子は、泣く泣く逃げた。これでいい。これでいいんだ。輪太郎に悔いはなかった。輪太郎は最後にちくわを食べたくなった。近くに落ちているちくわを手にし、空に掲げる。穴からこぼれる光がまぶしい。輪太郎はそこに10年後の未来を見た。鰯子が自分の子供と二人で幸せそうに暮らしている未来を。そう鰯子のおなかのなかには、輪太郎との命が宿っていたのだ。輪太郎は泣いた。そうして、幸せそうにちくわを食べ終え、目を閉じた。