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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
後日譚 君に言えなかった言葉を、今
79/100

おまけ とばっちり

後日譚のおまけの話。

まさかの、最後の最後でR15です…。一応保険で。

睦月視点でお送ります。



 その夜、色々な後処理などを終えてオレが家に帰ると、家の前にぽつりと夕鶴が立っていた。どうかしたのかと理由を聞けば、夕鶴は苦笑して答えた。


「…油断しました」

「油断?」

「ええ。環様がいらっしゃって、帷様の言いつけ通りにお帰り頂こうとしたのですが…強行突破をされてしまいました」

「強行突破って、どうやって…ってああ。環様は力を使われたのか。それでおまえはここに立ち尽くす羽目に陥ったと」

「そういうことです。本当に油断しました。環様ならすぐに引いてくださるとそう思い込んでいたばかりに…」

「それは仕方ねえって。オレもそう思うし、まさかそこまで環様が強引になるなんて思いつきもしないさ。…と、いうことはつまり環様は家の中に?」

「はい。恐らくは帷様の部屋にいらっしゃるかと」

「大丈夫か…?帷様はあんな状態だし…」


 帷様は天邪鬼の呪いにかかっている。思っていることと正反対のことを言ってしまうという、とても厄介で面倒な呪いに。そのせいでオレたちの仕事が増えたわけだが、まあそれは置いておくとして。

 帷さまは自分の状態をよくわかっている。そのため、環様を傷つけないように、オレたちに環様が来ても絶対に自分に会わせるな、と厳命されていた。

 環様はとても物分かりの良い方だ。帷様の体調が悪いと言えば帷様に気を遣って大人しく帰ってくださるだろうと、そうオレたちは楽観視していた。それが仇となったのだ。

 今頃、帷様に心にもないことを言われて環様は泣いていらっしゃるんじゃないかと、環様が心配になる。だが、夕鶴はふんわりと微笑み、大丈夫ですよ、と言う。


「なんで大丈夫だってわかるんだよ?」

「環様がいらしてから、半刻くらいは経っているはずです。それでも出てこられない…ということは、まだ帷様と一緒にいらっしゃるのでしょう」


 この屋敷の出入り口はここだけしかない。つまり帰るにしてもここを通らなければならない。夕鶴はここから動けないため、環様がここを通ったらわかるはずだ。その夕鶴が環様はまだここを通っていないと言っているのだから、環様はまだ屋敷内にいらっしゃるのだろう。


「屋敷のどこかで泣いているかもしれない…」

「それなら、亀坊が騒いでいるはずですよ。それに何かあったら私に言うように、と言ってありますし。知らせもありませんし、亀坊が騒いでいる様子もありませんから、環様は帷様と一緒にいらっしゃるのでしょう」

「あの状態の帷様と一緒に、ねえ…」

「環様はお強い方ですから、大丈夫ですよ。申し訳ありませんが、私を運んで貰えませんか?いつまでもここにいるわけにはいきませんし…」

「それは別に構わねえけど…環様に頼んで力を解いて貰った方がいいんじゃねえの?」

「ふふ…お邪魔をしたら悪いですし。それに、徐々に体を動かせられるようになっているので、もう少ししたら動けるようになると思います。無理に環様に力を使って頂くのは申し訳ないでしょう?」

「それもそうだな…環様は体調のことともあるし。わかった、オレに任せろ。おまえの部屋でいいか?」

「お願いします」


 オレは夕鶴を抱えて夕鶴の部屋に向かう。その途中、ちらりとみた帷様の部屋からは明かりが漏れてた。オレは自分の部屋に戻り、何かあったらすぐに動けるようにして体を休めた。




 爽やかな朝だった。起きて軽く稽古をして体を動かし、風呂に入る。なんとも贅沢な朝だ。その間に何かを忘れているような気がしてならなかったが、特に気にすることなくそのまま居間へ向かった。

 居間へ行くともうすでに夕鶴が起きていて、朝食を作り終えていた。昼食、夕飯は日通いのお手伝いさんが用意してくれるが、朝食だけは三人で交替で作ることになっていた。今日は夕鶴が当番の日だ。

 炊き立ての白いご飯に、こんがりと焼けた魚。湯気の立つ味噌汁に漬物。朝食の定番の品にオレの腹が刺激される。


「お早うございます、睦月さん」

「お早うさん、夕鶴」


 気分よく夕鶴に挨拶を返し、自分の指定席となっている場所に座る。そこではて、と首を傾げた。何かを忘れているような気がする。それも結構重要なことを。なんだっただろうか、確か夕鶴も関わっていたことだったような…。


「お早う」


 思い出そうと夕鶴の顔をじっと見ていると、帷様の声が聞こえた。その声はいつになく気だるげだった。いったいどうしたんだろうかとオレが帷様の方を振り返る前に夕鶴は帷様の姿を見たらしく、驚いた顔をして固まった。

 なんでそんなに夕鶴は驚いているのだろう、とオレも帷様の方を見て度肝を抜かされた。


「と、ととととと……!?」


 驚きすぎて帷様の名前が言えない。そんなオレを帷様は煩そうに見た。


「睦月、煩い」

「だって、そりゃ…ええええ!?」


 帷様がものすごく冷たい目でオレを見るが、そんなのが気にならないくらいオレは驚いていた。

 なぜなら帷様の姿がいつもと違う、白髪に紅い瞳になっていたから。いやそれだけだったらここまで驚かないだろう。オレが一番驚いたのは―――


「あの、帷さま…私、やっぱりお邪魔なのでは…」

「君が気にする必要はない」


 環様を抱き上げて来たから、だ。

 環様は困ったように帷様を見た後、オレたちに向かって微笑み「おはようございます」と挨拶をしてくださった。その姿は可憐で、とても癒しに……ってそうではなく!!


「帷さまは気にして!!?」


 オレの叫びに帷様は大きなため息をひとつつき、そのまま自分の指定席である席に座った。環様は自分の席の隣にそっと下した。


「夕鶴、環の分も用意してくれ」

「は、はい…」


 ぼうっとしていた夕鶴は帷様に声を掛けられてはっとしたように動き出す。予備のお茶碗とおわんと取り出し、ご飯をよそって環様に手渡す。


「ご飯の量はこれくらいでよろしいですか?」

「ええ、これくらいで丁度いいわ。ありがとう」


 申し訳なさそうに言う環様に夕鶴は安心させるように微笑む。そしておわんに温かい味噌汁をよそい、お膳に並べる。全員分の朝食の準備が整い、帷様が音頭を取り「いただきます」と言うと、皆揃って「いただきます」と合唱し箸をとる。

 温かいご飯は少し焦げ目が入っていて美味しいし、味噌汁もダシが効いていて体が温まる。魚の塩加減は絶妙で、口直しにお新香をぽりぽりと口に含む。ああ、やっぱり朝食はこれだよなあ…とほのぼのした。


「って、ほのぼのしている場合じゃなくて!!!」


 バーン!と箸をお膳に叩きつけて叫ぶと、環様と夕鶴は驚いた顔をしてオレを見て、帷様はものすごく冷たい目でオレを見ていた。その視線にオレの繊細な心が傷つき、折れそうになったが、なんとか気持ちを持ち直す。


「…静かにしろ」

「オレを静かにさせたいのなら、説明をしてくださいッ!!」

「ごめんなさい…睦月さんが怒っていらっしゃるのは、私のせいですよね…」


 しゅんとして言った環様にオレは慌てた。

 その時に帷様がものすごい目つきで睨んでいたことは見なかったふりをする。オレの心の安定のために。


「環様のせいじゃありません!そもそもオレは怒っていませんから!!」

「そう…ですか?」

「勿論です!こうしてまた環様と一緒に朝食を食べることが出来て嬉しいくらいです」

「…良かった…私も、睦月さんたちと一緒に朝食を食べれて嬉しいですわ」


 にっこりと笑った環様の笑顔の、なんて可憐なことか…!

 しかしその隣の人物がいけない。そんな汚らわしいものを見るような目でオレを見ないで。

 そんな帷様の視線に心を痛めながらも、オレはどうしても気になっていたことを思いきって聞いてみた。


「…その、不躾なことをお聞きしますが、お二人はそういう関係になったので…?」

「おまえに答える必要性を感じない」

「酷い!オレと帷様の仲じゃないですか!!」

「え、えっと…」

「環、無理に答える必要はない」


 赤い顔をしておろおろと狼狽えながらもなんとか答えようとした環様に帷様が助け船を出すと、環様はほっとしたような表情をした。そんな環様を帷様は見たこともないくらい優しい表情で見つめる。

 それは以前の帷様にはなかった表情だ。昨夜、お二人の間になにかがあったことは間違いないのだろう。それがきっかけでやっと想いを通じ合えたのだ。見ていてじれったく思っていただけに、お二人が想いを通じ合えて良かったと心から思う。


「…おめでとうございます、帷様、環様」


 ぽろりとオレの口から零れたのは、お二人を祝福する言葉だった。夕鶴もそれに倣い、「おめでとうございます」と祝辞を述べる。お二人は互いに顔を見合わせ、照れくさそうにすると、「ありがとう」ととても幸せそうに笑った。


 お二人が結ばれて、めでたしめでたし――――





 とは問屋が卸さなかった。

 朝食を終えて少しゆっくりとしていると、何やら玄関の方が騒がしくなり、ドスドスとした足音が近づいてきた。

 何事かとオレたちが身構えていると、現れたのは―――


「お兄様、お父様…?それに、お母様まで…」


 西園寺家の面々だった。

 朔夜様や閣下はともかく、奥様までいらっしゃるとは珍しい。

 まあ、それだけ緊急事態なのだろうが。


「おはよう、環。いけない子だね。家を飛び出した挙句に連絡すら入れずに外泊するとは」

「ご、ごめんなさい、お兄様…」

「みんな心配したのよ。あなたは体調の事もあるでしょう?」

「はい…ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「環、おまえにはあとで話を聞こう。今はお母様と一緒に家に帰りなさい」

「でも…」

「環」

「……はい、お父様。帷さま、睦月さん、夕鶴君。突然お邪魔してしまった上に、朝食までご馳走になって…ご迷惑をお掛けしました」


 環様は不安そうに帷様を見ると、帷様が大丈夫だと言わんばかりに頷く。それにほっとした表情をしてオレたちに頭を下げると、環様は奥様と共に帰られた。

 「ね、環。お父様には言わないから、昨夜あったこと、お母様には話してちょうだい?」「や、やだ…お母様ったら」という母娘の会話にほんの少しだけほのぼのして、目の前の状況を見る。

 とても殺伐とした雰囲気だった。ここはどこかの戦場ですかと問いかけたいくらい。


「…帷様、ご説明を」


 殺伐とした雰囲気を打ち破るように口を開いたのは、朔夜様だった。その顔はいろんなものを押し殺したかのような表情で、朔夜様の怒りがどれほどのものか伺えた。帷様を見つめる朔夜様の目はまるで敵を見るかのようで、そんな朔夜様にオレは内心縮み上がっているというのに、帷様は平然とした顔でその視線を受け止めている。


「説明も何も、見ての通りだ」

「…てめっ…!」

「朔夜、落ち着きなさい」

「ですが…っ!」

「落ち着けと言っている」

「……!はい…父上」


 挑発的な帷様の台詞に朔夜様が激昂しかけたが、それを閣下が抑える。

 渋々と引き下がった朔夜様だが、その目は怒りでギラギラしていた。朔夜様は環様のことを目に入れても痛くないと言って回っていたが、それは本当のことなのだな、と改めて実感する。本当にこの人は、環様の事が可愛くて可愛くて仕方がないのだ。気持ちはわかる。


「単刀直入に伺います。帷様と環は男女の関係になったのですか?」


 鋭い目つきで閣下が帷様に問う。普段の温和な閣下の姿からは想像もできないくらい険しい表情を浮かべている。

 まあ、それはそうだろう。愛娘が結婚前に手を付けられたのだ。それを知って良い顔をする父親はいないだろう。

 帷様は少し視線を彷徨わせたあと、諦めたように視線を落として答えた。


「………いや」

「……はぁ!?」


 思わず呟いたのはオレではない、朔夜様だ。もっとも、オレも言いそうになったけど。

 いや、だってあり得ないだろう。好きな女性を目の前にして手を出さないなんて。据え膳だけ食わされといてお預けを喰らったようなものだ。普通ならいただきますとばくっと食べてしまうだろうに。帷様は本当に男なのだろうか?


「……うちの環が気に入らなかったと?そう仰るのですか、帷様?」


 薄ら笑いを浮かべてそう問いかけた朔夜様の目は笑っていなかった。

 回答によっては殺す。そう目で語っていた。朔夜様おっかない…。


「…そういうわけではない。ただ最後までしていないだけだ」


 うわあ、爆弾発言きましたよー…。それって、最後までしていないだけでやることはヤったと言うことですよね? それってヤったと同じじゃないですか?

 他の面々もオレと同意見なようで、特に朔夜様なんて射殺さんばかりの目で帷様を睨んでいる。


「それに、どうもこの状態から戻れないんだ。これが環にどう影響を及ぼすかわからない。そんな状態でできるわけがないだろう。だから、環は清い体のままだ」

「……そうですか」


 閣下は帷様の話に頷き、そのあと何も言わずに黙り込んだ。

 そんな閣下に帷様は言葉を続けた。


「僕は君たちに罵られても仕方のないことをした。だからいくらでも罵ってくれて構わない。それくらいは覚悟している。だが、環を手放すことはできない。僕はどうしても、彼女が欲しい」


 真剣な顔をして言った帷様はいつにも増して凛々しかった。

 そんな帷様をオレは眩しく思う。閣下もオレと同じ気持ちなのか、目を細めて帷さまを見て微笑んだ。


「私は帷様にどうこう言うつもりは最初からありませんでした。帷様はあの娘に無理強いの出来るような方ではないと知っていますから。ですから帷様と環がそういう関係になったのなら、それはあの娘も望んだことなのでしょう」

「斎…」

「あの娘が望んだことならば、いいのです。それに、私は以前あなたに環とそういう関係になれと勧めた身でもありますし、私が言えたことではないでしょう?」

「ち、父上…?!」


 その事は初めて聞いたのか、朔夜様が驚いた顔をして閣下を見た。

 閣下は朔夜様と帷様に悪戯っ子のような笑みを浮かべて言った。


「そうは言えども、可愛い愛娘を取られるのは正直面白くない。ですのでこうして帷様のところに押しかけたわけです」

「……」


 呆気にとられた顔をする朔夜様と帷様の顔を見て、愉快だと言わんばかりに閣下が声をあげて笑う。

 そんな閣下を帷様はしばらく呆然と見たあと、不意にオレを見た。

 それにとてつもなく嫌な予感を覚えた。そう、なんか以前もこんなようなことがあった気がしてならない。確か以前は…。


「…斎はいいとしても、朔夜はそれでは気が済まないだろう」

「勿論です」

「そこで提案がある。君の気が晴れるまで、そこにいる睦月を貸す」


 あああ、やっぱり以前と同じ展開になった!!

 朔夜様はオレを見て、にやりと人の悪い笑みを浮かべた。

 …どうやらオレの嫌な予感は外れなかったらしい。外れてくれてよかったのに…。


「煮るなり焼くなり好きにこき使ってくれて構わない」

「……わかりました。仕方がないのでそれでいいにしましょう」

「ちょ、ちょっと待ったあ!!別にオレじゃなくても良くないですか?あ、オレよりも夕鶴の方が優秀ですから、夕鶴の方がいいんじゃないかなあって…」

「残念だが、夕鶴は仕事が詰まっているんだ。夕鶴にしかできないことが、な」

「お役に立てず申し訳ありません」


 困ったように夕鶴が謝る。

 なら仕方ない…なんて諦められない!!


「さ、朔夜様には優秀な部下がいらっしゃるでしょう。桜子嬢。うん、彼女はとても優秀だ。彼女がいればオレなんて必要ないですよね!!」

「彼女は彼女で忙しいんだよ。またおまえと一緒に仕事が出来るとは、嬉しいな。明日から一緒に頑張ろうか」


 にこっと笑った朔夜様から逃れらないことをオレは悟った。

 誰もオレを助けてくれない。帷様は清々しい笑みを浮かべているし、閣下は楽しそうに見守っているだけだし、夕鶴は困った顔をしている。

 ああ…なんでオレがこんな目に遭わなきゃならないんだ…?これって完全にとばっちりってやつですよね!?酷い!オレが何をしたって言うんだ!

 誰かオレを助けてー!!!





 その後、オレはしばらく朔夜様に馬車馬のごとく働かされた。

 そんなオレを唯一慰めてくださったのが、環様からの温かい手紙だけだった。

 オレは誓った。環様を女神として崇めようと。

 




以前にあった~というのは、この後の小話集にある「恋愛相談と恋文5.5 お説教」のことになります。

赤い糸の話はこれで一応、おしまいとなります。続きとか書いてもいいんですが、お月さま路線まっしぐらになりそうなので、自重します(笑)

環と帷の話は終わりですが、お兄様の話を書きたいな~と思っております。

公爵令息×女剣士とか美味しくないですか!!←


評価・ブクマ・ご感想ありがとうございました、とても励みになりました。

これまでお付き合いいただき、ありがとうございました!!

次話から活動報告等であげていた小話集です。ほっこりしていただけたら、嬉しいです。

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