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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第一章 赤い糸と夜会
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恋愛相談と夜会6

「―――環嬢」


 少し掠れた声が私の名を呼ぶ。

 私は声の主の方を振り返った。


「これからは僕が君を守る。だから、安心して生活をするといい」

「い、いえそんな…恐れ多いですわ」

「言っておくが、これは決定事項だ。君に拒否権はない」


 遠回しな断りをバッサリと斬られてしまう。

 言葉に詰まる私に、帷さまは口角をあげて私を見つめた。


「君は黙って僕に守られていればいい。―――わかったか?」

「は、はい…」


 帷さまの勢いに押されうっかり返事をしてしまい、しまった、と私が思った時、私と帷さまの間にすぅっと白い糸が通った。

 そしてその糸は私と帷さまの左手の小指に結ばれた。


「これは…?」

「…(えにし)が結ばれたか」

「縁、ですか?」

「そうだ。この糸は、人と人を繋ぐもの。どうやら僕たちは縁によって繋がれたようだ」


 帷さまはなんでもないことのように仰るが、私にとっては大事だ。

 私はただお父様の手伝いをするだけのつもりで夜会に参加したのに、それがなぜか皇子殿下との婚約に結びついてしまうとは、世の中なにが起こるか全くわからないものだ。

 私は帷さまに繋がった白い糸を見つめた。

 今はまだ白い糸。白は何にでも染まる色。この白い糸も、いつか違う色に染まるのだろうか。

 縁で結ばれた白い糸に赤い色が着いたものが、運命の赤い糸と呼ばれるものなのではないだろうか。

 ならば、縁こそが運命と呼べるのではないか。

 その縁で結ばれた私と帷さまも、運命ということになるのだろうか?

 私と帷さまを繋ぐ白い糸が、その問いに答えるように、ゆらゆらと揺れる。



「―――帷様」

睦月(むつき)か。なんだ」

「お怪我をされているのでは」

「これくらい大したことはない。僕よりも彼女の手当てを頼む」


 睦月と呼ばれた人は、お兄様の隣で控えていた人だ。

 睦月さんは帷さまの言葉に頷き、何処かから持ってきたらしい薬箱から軟膏らしきものを取り出した。


「手当てをさせて頂けますか」

「ええ、お願いいたします」

「では、失礼」


 彼はそう言って私の首に触り、患部に軟膏を塗る。ツンとした薬品の匂いが鼻につく。丁寧に手当てをしてくれ、私は彼にお礼を言う。彼は律儀に「いえ」と答えた。

 そんな彼の様子を帷さまは変な顔で見つめていた。


「…帷様、なにか、言いたそうですね?」

「おまえのその丁寧な言葉遣いに物凄く違和感があるだけだ。気にするな」

「やだなぁ、帷様。私はいつもこんな感じでしょう?」

「…いつも“オレ”と言っていなかったか?」

「そうでした?」


 私は二人の軽口にぽかん、とした顔をする。二人はどうやらとても親しい間柄らしい。


「…お二人はとても仲良し、ですね?」

「仲良しではない」

「仲良しじゃありません」


 二人揃って否定してくる。どこからどう見ても仲良しにしか見えないのだが、二人が仲良しじゃないというなら、そういうことにしておこう。


「それよりも、帷様。ご婚約おめでとうございます。帷様は一生独り身の方にオレは賭けていたので残念ですが」

「…なんだその賭けは。それにまだ正式に婚約したわけでは…」

「やだなぁ。あの(、、)閣下が認めた時点で決定したも当然ですって」

「………」


 帷さまは黙り込む。そんな帷さまを気にした様子もなく、睦月さんはペラペラと一人で喋り続けている。色んな意味で、すごい。


「あの」


 私は意を決して二人に話しかける。二人は一斉に私を見つめた。


「帷さまにお聞きしたいことが…」

「…まあ、そうだろうな。ここでは落ち着かない。場所を移そう。睦月、朔夜か西園寺公爵に伝言を頼む。『黎明の間にて待つ』と」

「承知しました」


 睦月さんはピシっと敬礼をして、立ち去る。

 帷さまは私を見つめ、こちらへ、と言って歩き出す。私は慌てて帷さまの後を追った。




 帷さまによって案内されたのは、夜会の開かれた館の一室だった。

 私の憧れの洋室で、ソファーやベッドが置かれている。ここが客間に当たるのだろう。

 帷さまは一人掛け用のソファーに座り、私も座るように促す。私は帷さまの目の前の席に腰を下ろした。


「それで、なにが聞きたい?」

「帷さまは、なぜ私の力の事をご存じだったのですか?この事は家族しか知らないはずです。それに、帷さまと私は初対面ですよね」

「君の力のことは君の父上から聞いた。………覚えていないのか」

「はい?」

「…なんでもない」


 帷さまそう言って、私から視線を逸らした。

 どこかで私は帷さまと会ったことがあっただろうか?

 私が首を傾げて記憶を辿っていると、帷さまが話の続きをし出した。


「君は、君の父上と兄上がどんな仕事をしているか、知っているか?」

「いいえ。聞いても教えていただけないので…」

「そうか…。今回の件で君も無関係とは言い難くなってしまった。だから、知っておいてほしい。僕たちの仕事の内容を」


 そう言って、帷さまはぽつりぽつりと話し出す。

 帷さまが所属している部隊は特殊な部隊で諜報などの役割を担っているそうだ。

 しかし、彼らが担うのは諜報だけでない。その部隊の中でも十人程度で編成された小隊――柊班は国内の怪奇事件の調査・解決を主な仕事として行っている。

 というのも、文明開化してからというもの、怪奇事件や猟奇事件が相次いでいるためだ。


「…そういうのは、警察の仕事なのでは?」

「本来ならばそうなんだが…まあ、いろいろ事情があるんだ。警察だと誤魔化しきれないこととかな…それ故に、僕たちのことは軍の機密となっている」

「まあ、そうだったのですか。でも、そんなことをただの女学生である私に言ってしまっても大丈夫なのですか?」

「本来なら、厳罰ものだろうな。だが、君は今後、妖怪などの類に狙われる可能性が高い。君のその力は妖怪なんかが喉から手が出るほどほしいものだろうからな」

「…私の力が、ですか?」

「そうだ。君のその力は特殊なものなんだ。自覚はないとは思うが」


 私は帷さまの言葉に目を丸くする。

 確かに私は人とは違う力を持っている。だけど、たが赤い糸が視えるだけのものだ。それが特殊なものだなんて、信じられない。


「君が糸として視えているものは、人と人を繋ぐ縁と呼ばれるものだ。糸を視ることができる者は稀にいるが、触れることができる者は滅多に現れない。僕も糸を視ることはできるが、触れることはできない。糸に触れることができるということは、それを操ることができるということ。現に、君は糸をほどけただろう?」

「…ですが、私にできるのはほどくことだけですわ。操ることなんてできるはずがありません」

「いいや、君ならできるはずだ。できないのは、本能的にしてならないと感じているからだろう。それは、君自身にも負荷のかかることだろうしな」

「…よく、わかりません」


 私が固い口調でそう答えると、帷さまは困ったように眉をひそめた。

 私はそんな帷さまの顔を見ていられなくて俯く。実際、私はとても混乱していた。頭の整理整頓が追いつかないのだ。

 今日は信じられないことばかり起こった。妖怪に襲われたり、皇子殿下と婚約することになったり。これを全部一気に受け入れられるほど、私の頭は柔軟ではない。


「…環嬢?」


 ふいに帷さまが心配そうに私の名を呼び。

 私が返事をしようと顔を上げた時、視界が突然暗転した。


 ―――なに、これ。気持ち悪い…。


 上手く体に力が入らなくなり、私はそのまま前に倒れ込みそうになるのを、誰かが支える。

 ふわりと香るしっとりとした香水の匂いと、錆びた鉄のような匂い。


「…力を使いすぎたせいだな。すまない、配慮が足りなかった」

「いいえ…ちょっと休めば良くなります…私、健康だけが取り柄なのです…」

「君は…。ともかく、少し休まないと…そのためには、できればこの帯を取ってしまった方がいいんだろうが…」


 帷さまが困ったようにしているのがわかる。なんとか自力で帯を取りたかったが、思っているよりも具合が悪く、体が言うことを聞かない。

 どんどんと具合が悪くなっていく私に、帷さまは固い声で「すまない。帯を取るぞ」と言って私の帯に手を掛けた。

 その時、扉を叩く音が聞こえ、間を置かず誰かが入って来た。


「帷様、環を迎えに……」


 この声からして、お兄様だろうか?私はお兄様がいると思われる方を見る。視界が暗くてよくわからないが、お兄様の表情は固まっている気がする。どうしたのだろうか。


「こ、これは…」

「帷様?」


 帷さまが慌てたように言うが、お兄様がそれを遮る。


「まだ正式に婚約すらしてないのに、手が早いのではありませんか?―――ウチの妹になにしてやがんたテメエ」

「いや、だからこれは、環嬢の具合が…」


 帷さまが状況を説明しようと奮闘するが、お兄様は聞こうとしてくれない。

 しかし、そろそろ私も限界が近い。私はか弱い声でお兄様に話しかける。


「…お兄様」

「環、ちょっと待ってくれ。俺は今からここにいる害虫を駆除しないと…」

「…害虫って僕のことを言っているのか?」

「お兄様。帷さまは具合の悪くなった私を介抱しようとしてくださっただけです…誤解しないでくださいまし」

「…具合が?大変だ。待っていてくれ、すぐ医師を呼んでくる…!」


 お兄様はそういうと、慌てて部屋を飛び出していく。その様子に帷さまが呆れたようにため息を漏らす。


「…帷さま、申し訳ありません。お兄様が、とんだ無礼を…」

「いや、気にしなくていい。それよりも、帯を緩めるぞ」

「ええ、お願い致します…」


 帷さまがぎこちなく私の帯を緩めてとる。帯を取るだけでも随分楽になった。私がふう、と息を吐く。

 そんな私に帷さまが「歩けそうか?」と心配そうに尋ねる。頷きたいところだが、今こうして座っているだけで精一杯だった。なので、私は正直に首を小さく横に振る。

 帷さまは少し悩んだあと、「失礼する」と言って私を抱き上げ、ベッドまで運ぶとゆっくりと慎重に私をベッドに下ろした。


「…ありがとうございます、帷さま。ご迷惑ばかりお掛けして申し訳ありません」

「いや…僕のせいでもあるわけだからな。僕にもっと力があれば、君がこんな風に体調を崩すこともなかった。こちらが謝りたいくらいだ」

「そんなこと…」

「環!医師を連れてきたぞ!」


 バン!と勢いよく扉が開き、お兄様が部屋に入って来る。お兄様の後ろには医師らしき人がぜえぜえと肩で息をしていた。どうやらお兄様が医師に無理をさせてしまったようだ。

 医師は息を整えると、すぐに私を診察しだす。

 その時に「私のせいで申し訳ありません」と医師に謝ると、その人は優しい笑みを浮かべて「具合の悪い人がいたら何処でも駆けつける、それが医師の仕事ですのでお気になさらず」と言ってくださった。優しい人なようだ。

 医師の診察が終え、診断結果“貧血”だった。私はそうだろうな、と思っていたが、お兄様はその結果に大層驚いていた。「あの環が、貧血…?」と、もしかしたら私よりも顔を青ざめさせていた。

 確かに私は滅多に体調を崩さないがなにもそこまで驚かなくても、と思う。


 私は体調が少し回復してから、お兄様に連れられて家に戻った。

 帰る際に、もう一度帷さまにお礼を言った。帷さまは眉間に皺を寄せて「礼は要らない。それよりも、早く帰って休め」と仰った。心配してくださっているのだろう。私は出来るだけの笑顔で頷いた。


 翌日、私が目を覚ますと、体調はすっかり良くなっていた。しかし、一応念のため、今日一日は部屋でゆっくり過ごすように、とお父様とお母様から言われたので、私は大人しく部屋で読書を楽しむことにした。

 今読んでいるのは流行りの恋愛小説である。身分の高い貴族の令嬢が、身分の低い平民の男性に恋をして駆け落ちをする話だ。しばらくの間、本の世界に没頭していると、部屋の外が騒々しくなった。

 私は読書を一時やめて本に栞を挟み、部屋の外に出る。

 すると、お兄様が誰かと言い争っていた。


「俺は認めません!同じ屋根の下に男女が一緒に暮らすとか、絶対認めませんから!」

「おまえが認めなくても、父親である西園寺公爵から許可は貰ってあるんだ。諦めろ」


 なにやら聞き覚えのある声に、私は恐る恐るお兄様に声を掛けた。


「お兄様?どうかされたのですか?」

「ああ、環。具合が良くなったそうだな。もう平気なのか?」

「はい、お兄様。すっかり良くなりました。ご心配をお掛けしました」

「環にならいくら心配を掛けられてもいいよ」


 にこにことお兄様は上機嫌に笑う。先ほどまで怒鳴っていたような気がしたのだが、それは私の気のせいだったのだろうか?


「―――環嬢」


 お兄様の後ろから、少し掠れた声が聞こえた。その人物はお兄様をすり抜けて私の前に立つ。

 私はその人物の顔を見て、驚きに目を見開く。


「具合が良くなったそうだな」

「え、ええ。お蔭様で…」


 良かった、と目を細める帷さまの姿に、私は戸惑いを隠せない。


「あの…帷さま?」

「なんだ」

「なぜ、うちに?」

「ああ…今日からここにお世話になることになった」

「え?」


 私は帷さまの言葉が信じられなく、思わず聞き返す。

 帷さまはにやりと笑い、私の手を取った。


「今日からよろしく、婚約者殿?」


 そして手の甲に口づけをする。私は思わず手を引っ込めて後ずさった。

 きっと私の顔は真っ赤になっているに違いない。口づけなんてされたのは初めてだったのだ。だから、顔が赤くなるのは仕方ない。

 帷さまの後ろでお兄様が憤怒の形相を浮かべていたが私はそれどころではなく、ただ面白そうに笑う帷さまの顔と、手の甲の熱さに、頭が混乱していた。





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