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とある少女と現の狭間

前々話の『運命と別れ1』を改稿しております。

話の流れに大きな変わりはありませんが、説明文を少し付け加えましたのでご報告させていただきます。

そして今回は短めです。



 気付いたら私は“そこ”にいた。

 薄暗い闇の包まれたそこはとても寂しく、とても心地が良い場所。

 私はどうしてここにいるのだろうと記憶を辿り――思い出す。


(あぁ…私は帷さまを助けたくて…使ってはいけない力を使ったのだわ)


 おばあ様に何度も何度も言われていたこと。

 それは人の運命を変えてはならない、ということだった。


 縁を操ることは時に人の運命を変えてしまうこともある。

 だから使うのには慎重にならなくてはならない。それは言霊の力にもいえたことだ。

 本来、大神家の巫女に備わる異能は、縁を操るものか言霊を操るかのどちらかだけなのだという。

 稀に両方使える者もいたようだけれど、その使える割合というのはどちらかに傾いており、一方が強ければもう一方はほんの小さなことしか使えなかった。

 例えば、縁を操る力の方が強ければ、言霊を操ることはとても簡単なこと…例えば動くなとか、止まれとか、そういう動きを制限することだけしか使えない。

 そして逆に言霊の力が強く縁を操る力が弱ければ、複数の人に対して言霊の力を使える一方で、縁を操るのは絡まっている糸を解いたり、その糸が繋がっている相手が誰なのかを知る程度しかできない。


 そんな中で、おばあ様はやはり特別だった。

 おばあ様はこの二つの力に加えて予知の能力まで兼ね備えていた。

 しかし、二つの力も同じくらい使うことができた巫女はおばあ様が初めてだったらしい。


 そして、私もおばあ様と同じく二つの力を同じくらい使うことが出来る。

 しかしその一方で私は霊力をまったくと言っていいほど扱えなかった。

 だけど私の異能の力はおばあ様よりも強力なものであるらしい。そのせいで霊力が使えないのではないかとおばあ様は推測していたようだ。


(私は…死んでしまったのね。ということは…ここは黄泉の国?)


 人の運命を無理やり変えることができるのは、神の所業。

 人が決して犯してはいけない領域に足を踏み込んだ私が、その代償として命を失ってしまったとしても仕方のない事だ。

 それだけのことを私はしてしまったのだから。


 それにしても、死後の世界というのは、こんなにもふわふわとして気持ちの良いものなのだろうか。

 だんだんと眠くなってきた私は目を閉じる。そして心地よい微睡みに身を任せた。

 浅い眠りと覚醒を何度も何度も繰り返し、幾度目かの微睡に身を任せようとしたとき、優しい声が私の意識を留まらせた。


 ―――環、起きて。


 一度は閉じた瞼をゆっくりと開ける。

 まだ寝ていたいのに、どうして起こすのだろうかと、その声の主を少し恨みがましく思った。


『起きて。もうあなたは十分眠ったはずだわ。さあ、目を開けて』

(でもまだ眠いの)

『お寝坊さんねぇ…誰に似たのかしら』


 呆れた声をしながらも、その声はとても優しい。

 どこかで聞いたことのある声だと思い、私はしっかりと目を開いた。

 そこにはとても懐かしい、私の大好きだったひとが、思い出のままの笑みを浮かべて私を見つめていた。


「……おばあ…さま…?」

『ええ。お久しぶりね、環。随分と大きくなって…とても美人さんになったわね』

「おばあ様……!」


 私は思わず自分の目の前にいる人に抱き着いた。

 おばあ様は私の幼い頃と同じように、優しく私を抱きとめた。


「おばあ様、私…私…!」

『ええ、ええ。ずっと見ていたわ、あなたたちのこと。あなたはとてもよく頑張ったわ。あなたはわたくしの誇りよ』


 帷さまを守ってくれてありがとう、とおばあ様は私の頭を優しく撫でながら言った。

 その言葉で、私の選択は間違っていなかったのだとそう心から思えて、ほっとして涙が零れた。

 嗚咽を漏らして泣く私を、おばあ様は優しく見つめ、よしよしと慰めてくれた。


『ねぇ、環。ひとつ、聞いても良いかしら?』


 私が落ち着いたのを見計らっておばあ様は私の顔を覗き込んで聞いてきた。

 戸惑いならがらもこくりと頷くと、おばあ様は笑みを深めた。


『あなたは、帷さまに恋をしているの?』


 直球な問いかけに私は目を見開いた。

 おばあ様は笑みを浮かべたまま、私の答えをじっと待つ。

 おばあ様に隠し事をするのは無意味なような気がして、私はしっかりと頷いた。


「ええ、おばあ様。私は帷さまが好き」

『そう…そうなの。ふふっ…とても嬉しいわ』


 おばあ様は心から嬉しそうに表情を綻ばせて笑った。

 そして私の左手をそっと取る。


『なら、あなたはここにいるべきではないわ』

「え…?どうしてですか、おばあ様。私、おばあ様と一緒に居たい…」

『あらあら…嬉しいことを言ってくれるわねえ…わたくしも同じ気持ちよ。できることならずっと環と一緒に居たいわ。だけど…あなたには帰る場所があるでしょう?』

「帰る場所…?」


 そんなところなんてない。

 だって私はもう死んでしまったのだから、おばあ様と一緒に居てもいいいはずだ。

 なのになぜおばあ様はここにいてはいけないと仰るのだろう。


『わたくしの最後の贈り物が役に立って良かった。さあ、お行きなさい、環。あなたに結ばれた赤い糸が、あなたを導いてくれるわ』

「待って、おばあ様…!私は…」

『わたくしはここから、あなたと帷さまの幸せをずっと祈っているわ』


 戸惑う私の背中をおばあ様が軽く押す。

 一瞬だけ振り返った時に見たおばあ様の顔は、まるで神様のように慈愛に満ちた表情を浮かべていた。

 おばあ様のもとへ戻ろうとしたとき、ぐいっと左手が引っ張られる感覚がした。

 なに、と思って左手を見ると、赤い糸が私の小指から伸びていて、どこかへ向かってピンと張っていた。


『帷さまと共に、幸せにおなりなさい、環』


 優しいおばあ様の声に重なるようにして聞こえたのは、もう聞くことがないと思っていた大好きなひとの声だった。

 そして糸に引っ張られるように、私の意識が飛んだ。




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