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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第五章 赤い糸と運命
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恋愛相談と運命8




 あの日以降、帷さまからお父様に話が回ったのか、それとも他の理由があるのかはよくわからなかったけれど、私は学校を休むように、と言われた。

 日に何度も胸の痛みと苦しみに襲われ、学校でそれを隠し通すのも難しいと思っていたところだったので、私にとっては渡りに船な提案だった。

 その提案を受け入れた日に、我が家に司さんが訪れた。


「今日からしばらくこちらにお邪魔することになったんだ。よろしく」


 司さんは穏やかな笑みを浮かべてそう言った。

 私は戸惑い、司さんの隣に立つお父様を見つめると、お父様も穏やかな笑みを浮かべていて、その表情から感情を読み取ることができなかった。

 次に私の隣に立つ帷さまを見つめると、帷さまはほんの少しだけ不本意そうな表情を浮かべていた。けれど、私の視線に気づくと罰の悪そうな表情をした。


「…仕事が立て込んでいて、僕たちが君の傍につくのが難しい状況なんだ。だから、不本意だが彼の力を借りることにした」


 それに彼なら君の力のことにも詳しいからな、と帷さまは小さく呟いた。

 それには私の体調のことも含まれているのだろう。司さんを見ると司さんは安心させるように微笑んだ。


「そうなのですか。司さん、しばらくお世話になります」

「こちらこそ」


 簡単な挨拶を終えると、忙しいのか帷さまとお父様はすぐに部屋から出ていった。

 その時、帷さまが心配そうに私を見ていたので、私は大丈夫だとわかってもらえるように微笑んで頷いてみせた。

 そんな私たちの様子を見ていたらしい司さんが、穏やかに「…相変わらず仲が良いね」と微笑んだ。


「環さん、例の手紙にあったことだけど…症状は良くなってきた?」

「…いいえ。むしろ、悪くなっているような気がします」

「そう…そうか…」


 司さんは眉間に皺を寄せて腕を組んだ。

 私のことで悩んでいる司さんに申しわけなく、「…申し訳ありません」と視線を落として謝ると司さんは励ますように、優しく私の肩を叩いた。


「環さんが悪いわけじゃない。だから謝る必要はないよ。それにもしかしたら…」

「…司さん?」


 司さんは何かを言いかけ、やめた。

 そして目を細めて私を見たあと、ふんわりと笑みを浮かべた。


「…あの…?」

「とにかく、環さんはあまり無理をしないこと。症状が出たらすぐに僕を呼んでほしい」

「は…はい。わかりました」

「あまり大したことは出来ないかもしれないけれど…ほんの僅かだけでも症状を良くすることはできるはずだから」

「はい…ありがとうございます」

「これくらい、当然のことだよ。僕が君にしてしまったことを考えれば、足りないくらいだ」


 司さんは頼りない、少し弱ったような笑みを浮かべた。

 その笑みを見てふと思い付く。

 今まで困惑の方が大きくて気が回らなかったけれど、司さんは仕事の方は大丈夫なのだろうか。

 司さんは大神家の次期当主となる方だ。きっととても忙しいはず。それなのに、私のためにここに留めてしまっていいのだろうか。


「あの…司さん、お仕事の方は大丈夫なのですか…?」

「環さんが気にする必要はない。…と言っても環さんは気にしてしまうんだろうね。でも本当に気にしなくて大丈夫だよ。僕はあくまでも次期当主というだけで、当主ほどの責任も仕事もない。父も西園寺公爵家には負い目を感じているらしくてね、快く行ってこいと言ってくれたよ」


 だから心配ないのだと、私を安心させようとしてくれているのが伝わった。

 それなのにいつまでも不安そうな顔をしているのはよくないと思い、私は微笑んで「それを聞いて安心しました」と言えば、司さんも表情を緩めた。

 その時、私はまたいつもの発作に襲われて、咄嗟に胸を押さえて蹲った。

 いつものように痛みをやり過ごそうとすると、司さんがすっと私の傍に来て、背中を優しくさすった。そして低い声で何事かを呟くと、背中から温かいものが流れてくるような感覚がして、いつもよりも短い時間で痛みが治まった。


「…つ、かささん…?」

「環さん、痛みは?」

「もう平気、です…今、いったい何を…?」

「そうか。ということはやはり…」

「司さん…?」


 説明を求めて司さんをじっと見つめると、司さんは困ったような表情をした。


「今のは…そう、おまじないみたいなものなんだ。大神家に昔から伝わるものでね、痛みを和らげる作用があると言われている。本当に効くとは思わなかったけれど、試してみるものだね」

「そう、ですか…ありがとうございます」


 司さんは何かを隠している。

 そう感じたけれど、聞いたところで司さんが教えてくれるとは思えず、私はお礼をいうだけにとどめた。

 お礼を言った私に司さんはやはり困ったような表情を浮かべていた。




 司さんが家にやってきて、一週間が経過した。

 その間、帷さまや睦月さんの姿を見かけることはごく稀で、夕鶴君にいたっては姿を見かけることすらなかった。

 いったいなぜ、と疑問に思うけれど、誰に聞いても教えてもらえない。

 それはきっと私のためを思ってのことなのだろう。だけど、それが逆にもどかしく感じてしまうのは、きっと子供じみた疎外感を感じているからだ。

 それがわかっているから口には出さず、青葉や司さんとの他愛のない話をしてそれを誤魔化していた。


 そんな日々を送っていたある日のことだった。

 司さんと一緒に部屋でお茶を飲んでいたとき、チリンと鈴の音が聞こえた。

 切なく甘い音色。それはまるで誰かを誘うかのような、誰かを恋い慕うかのような音色で、私はふらふらと部屋から出た。

 突然の私の行動に司さんは戸惑っているようで、「環さん…?」と私を呼ぶ声にも戸惑いが滲んでいた。

 しかし私はそんな司さんのことを気に掛けることなく、まるで何かに操られるかのようにふらふらとそのまま外へ向かって歩き出した。

 ―――誰かが私を呼んでいる。

 そんな気がした。


 玄関を出ようとしたとき、司さんが私の肩を掴んだ。

 私はゆっくりとした仕草で司さんを見つめると、司さんは険しい表情を浮かべていた。


「環さん、どこへ行くの」

「…私…行かなくちゃ…」

「環さん?」


 繰り返し虚ろに行かなくちゃ、と呟く私を司さんは怪訝そうに見つめる。

 私の肩を掴んでいた手の力が緩むと私はゆっくりと歩き出す。

 ―――早くここまでおいで。

 そんな風に、誰かに呼ばれているような気がする。


「環さん、待って」

「……」


 司さんの呼びかけにも答えず、私はただ黙々と、おぼつかない足取りで歩を進めた。

 司さんはすぐに私に追いつき、私の前に回り込む。そして両肩を掴んで私の歩みを止めた。


「だめだ、環さん。家に戻ろう」

「でも…私、行かなくちゃ…」

「だめだ。家に戻るんだ」


 いつになく厳しい口調で言う司さんを、私は虚ろな目をして見つめた。

 司さんが険しい顔をしていることも、厳しい口調で私を呼び止めることも、私は気にならなかった。


「私、行かなくてはならないの…そこを退いてください」

「行かせない」

「そこを退いて(、、、)


 私の言葉に司さんは目を見開く。そして、驚愕の表情を浮かべたまま、不自然に横へ動く。

 力を使った。そのことにいつもなら恐怖を感じるのに、今はなにも感じない。

 ただ行かなくては、という思いが私を支配していた。

 横へずれたまま動けなくなった司さんをそのままに、私はまた歩き出す。

 私を導くかのように、一歩進むたびに鈴の音が聞こえる。その音は次第に大きくなっていき、私が意識を取り戻した時には来た記憶のない、開けた場所に私はいた。

 たくさんの木々が覆い茂り、辺りは薄暗い。私のちょうど目の前には大きな石があって、その石には不気味な札が幾つも貼られていた。

 よく石を見るとその石は不気味な札以外にも何かが貼られていたような跡があり、じっと見つめるとまるで心臓のようにドクンと脈打っているように見えた。

 とても不気味で、そして恐ろしいもの。私はぶるりと体を震わせた。

(…この石の感じ…どこかで覚えがあるような…)

 以前に感じたことがあるような、既視感。どこで感じたことがあったのかと思い出そうとしたとき、チリン、と軽やかな鈴の音がすぐ傍で聞こえた。

 はっとして鈴の音がしたほうを振り向くと、そこには狐のお面を被った、銀色の髪の青年が立っていた。


「やあ、ようこそ。遊戯の舞台へ」

「あなたは…」

「誘いに応じてくれて嬉しいな。キミと遊べることができて、ボクはとても嬉しいよ―――巫女姫サマ?」

「あなた…どうして、私の事を」

「ボクはキミのことをよく知っている。だって、ねぇ…?」


 何が楽しいのか、彼はフフッと笑った。

 私が困惑していると彼はさらに楽しそうに笑う。


「まだわからない?酷いなあ。今まで同じ屋根の下で勉学に励んだ仲だというのに」

「…なにを言っているの…?」


 彼の言葉の意味がわからず戸惑っていると、彼は「仕方ないなぁ」ととても愉快そうに呟き、その狐のお面をゆっくりと外した。

 そのお面の下から現れた顔は、私の良く知る人の顔だった。


「あなたは……どうして、あなたが…?」

「どうしてかって?答えは簡単」


 にぃっと彼は口元を歪めて嗤う。


「―――それはボクが鬼だから、だよ」


 わかってくれたかな、西園寺さん?

 彼―――鬼灯銀之助さんは、私がよく知る彼の顔のまま、とても愉しそうに、しかしその瞳はとても残虐さを滲ませて、自身の正体を告げた。


「さあ、遊戯の時間だよ、西園寺さん」


 彼は愉しそうに私に言う。


「遊戯の時間…?」


 鬼灯さんの台詞を私はおうむ返しに繰り返す。

 彼が何を言っているのか、私にはまったく理解できない。


「そう。これからボクと楽しい事をしよう」


 にっこりと笑う彼に私は知らず知らずのうちに後ろへ下がっていた。

 そんな私を鬼灯さんは余裕の笑みを浮かべて、とても楽しそうに見つめる。


「ねぇ、西園寺さん。この石の名前を知っている?」

「…石の名前…?いいえ、知らないわ…」

「そうか。じゃあ、教えてあげる。この石の名前はね、『殺生石』というんだよ」

「『殺生石』…?」

「そう。むかし、むかし、とんでもない力をもった妖怪がいてね、その妖怪を封じ込めた石だとか、その妖怪の怨念が石の形になったとか、そんな風に言われている石さ」

「そんな石がなぜここに…?」

「なぜって、それはもちろん、ボクがここへ運んだからさ。ボクの目的を果たすためにね」

「目的…?」

「ボクの目的はね、この石に封じられている妖怪をもう一度復活させること。そのためにはキミの力が欲しい」


 鬼灯さんはすっと目を細めて私を見つめた。

 その目はまるで獲物を見つけた肉食動物のような獰猛さを宿していた。

 鬼灯さんの視線に射抜かれ、私はブルリと体を震わせて、固まった。


「キミの力は人の身に余る力。だから、反動が起こるし体が蝕まれていく。ボクがちょっと手を加えただけでキミは簡単に弱っていった。キミのその力はキミにとって毒でしかない。なら、ボクが貰っても構わないと思わない?キミのその力があれば彼女を復活させることができる。他の人間から集めた分だけじゃ、彼女を復活させるのにかなりの時間を要する。ボクはもう、それを待てない」

「…彼女?」

「…キミにいつかボクは言っただろう?逢いたい人がいると。それが彼女なんだ。キミも会ったことがあるはずだよ。彼女―――凪に」


 鬼灯さんから出た名前に、私は息を飲んだ。

(凪…その名は、まさか)


「まさか…ありあえないわ。だって、あの時、帷さまが…」

「宮様が滅したはずだって?彼女はそう簡単にやられはしないさ。彼女は国を揺るがすことだってできるほどの力のある妖怪だからね。さすがの宮様でも完全に滅しきれなかった。その証拠がこの石だ。この石がある限り、彼女は滅びない」

「そんな……そんなことって…」


 凪さまが―――九尾が生きていた。

 その事実に私は目の前がぐらぐらとするような錯覚に陥った。

 衝撃的なその事実に私が呆然と立ち尽くしていると、いつの間にか鬼灯さんが私のすぐ近くまで来ていた。それこそ、目と鼻の先くらいの距離に。


「辛いんだろう?その力のせいで、辛い思いをしているんだろう?だから、その力をボクにくれないか」


 にやっと嗤う鬼灯さんから逃げようと私は後ろへ下がる。

 しかし鬼灯さんは私の手首を掴み、私が逃げることを許してくれなかった。


「いやっ…!助けて、帷さま…!」

「助けを呼んでも無駄だよ。残念だけど宮様はここには来ない。そういう風に仕掛けたからね」


 さあ、観念しなよ。

 そう呟いて、鬼灯さんは私にゆっくりと顔を近づける。

 私はぎゅっと目を瞑り、心の中で帷さまの名を叫んだ。

(助けて…帷さま…!!)


 もう少しで鬼灯さんの顔が私に触れるという距離になった時、私たちのすぐ横を何かがひゅっと掠めた。

 鬼灯さんが忌々しそうな顔を浮かべたのと同時に、彼は素早く私から離れた。

 私から少し距離を離れた位置に行くと、彼は「なんでキミたちが…」ととても苦々しい声で呟く。

 何が起こっているのかと、私がぼんやりとしていると、私の目の前に見慣れた三人の姿があった。


「大丈夫ですか、環様」

「オレたちが来たからもう大丈夫ですよ!」

「夕鶴君、睦月さん…」


 彼らは私の方を向くと、安心させるかのように笑う。

 その頼もしい笑みに、私は恐怖で震えていたものが治まっていくのを感じた。


「環」

「帷さま…」


 私を呼ぶ帷さまの声に、私の心は歓喜で震えた。

 私の危機に来てくださった。そのことがとても嬉しくて堪らない。


「君は、僕たちの後ろに。安心しろ、君には指一本触れさせない」

「……はい」


 しっかりと頷いた私を見て、帷さまは一瞬だけ表情を緩めた。

 そして鬼灯さんに視線を戻すときには、険しい表情を浮かべて彼を睨んでいた。


「―――さあ、僕たちが相手だ。覚悟をしろ」




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