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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第一章 赤い糸と夜会
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恋愛相談と夜会5

 白い軍服の彼は九尾を睨みつける。しかし九尾は愉しそうに彼を見つめ返すだけだ。

 私と桐彦さまを人質にとられた彼は、迂闊に攻撃ができない。

 私が、彼の足を引っ張っているのだ。彼らにも赤黒い糸が絡んでいることを知っていたのに、なぜそれが桐彦さまと同じく九尾の呪術だと見抜けなかったのか。自分で自分が情けない。

 私は唇を噛みしめ、この状況でも私にできることがなにかないかと必死に考える。

 視界に映る赤黒い糸。これさえ断ち切れれば、彼らの糸をほどくことができるのに。


「ふふ…なにもできないようね?」

「………」


 彼は九尾の挑発にじっと耐えるように唇を固く結ぶ。

 その様子が可笑しいのか、九尾はくっくっと喉を鳴らす。


「貴様を生かしておくことは出来ぬ。なにもできないのならば、大人しくその命を妾に差し出せ」


 九尾はそう言うと、爪を長くのばし、彼に襲いかかる。

 彼は綺麗にそれを避けるが、九尾の速さが先ほどよりも格段に上がっていたため、九尾の攻撃が腕を掠めて白い軍服がすっと裂けた。そこから零れ落ちる、一滴の赤い雫。

 その雫が九尾の爪にもつき、九尾はその雫をペロリと紅い舌で舐めた。


「…なかなか、美味い」

「………」


 彼は腕の傷をそのままに、ただじっと九尾を睨む。

 私は息を飲んで彼を見守ることしかできない。ただ彼をじっと見つめていると、彼は一瞬私の方を見つめ、チラリとどこかを向いてすぐに九尾に視線を戻す。

 私は彼が視線を向けた方を見る。そこにあったのは、切れた糸だった。その糸の先を辿り、私ははっとする。

 もしかして。


「貴様を嬲り殺してしまおうかと思っていたが、やめた。その血、すべて妾が吸い取ってやろう」

「断る!」


 きっぱりと言った彼に、九尾は口角をあげる。

「貴様の許可など必要ないわ」と九尾は言うと、目にも止まらぬ速さで彼に襲いかかった。

 先ほどよりも素早い動きに、彼は一瞬戸惑ったようだが、すぐに冷静に対応する。

 キン!と刀と九尾の爪が当たる音がした。


「…ほう。これを止めるか。ならば、これはどうだ」


 そう言って九尾は自身の尾を使い、彼に四方八方から攻撃をする。

 その速さに対応しきれなかったのか、彼の服が裂ける。しかしそれでも彼は掠り傷程度しか負っていない。

 私の目にはもう見えないくらいの攻撃だが、それでも彼には視えていて冷静に対応し、大きな傷を負わないように動いている。すごい、と私は感心しつつ、自分の作業に集中する。


「…これも、対応できるか。人間にしてはなかなかやるな」

「おまえに褒められても嬉しくない」

「ふふ…賛辞くらい素直に受け取っておけ。妾が褒めることなど、滅多にないのだから」


 そう言い終わると九尾はさらに速度をあげて彼に攻撃をした。さすがの彼もこれには対応しきれず、あちこちに傷を負う。


「くっ…」


 彼が痛みに思わず、というように苦悶の声をあげる。

 その声を九尾はとても嬉しそうに嗤う。


「やっと良い声で啼いたな」


 そう言った次の瞬間、九尾は悲鳴を上げた。


「ギャアアアアアアア!!」


 九尾はよろよろとよろめき、後ろに下がった。そしてギロリと前を向き、私に目を向けた。


「小娘…どうやって呪術を解いた」

「僕がおまえに攻撃するふりをして、糸を断ち切った。その間に彼女が糸をほどいた。ただ、それだけだ」

「貴様ぁ……!」


 九尾はすごい形相で彼を睨んだ。彼はそんな九尾をただ冷静に見つめる。

 私はほっと息を吐き、私の周りで倒れ込んでいる子息たちを見つめた。

 彼らにはもう赤黒い糸は絡まっていない。彼が九尾に攻撃するふりをして彼らの赤黒い糸を断ち切り、私がほどいていった。私が慣れたのかそれとも呪術の力が弱かったのかはよくわからないが、桐彦さまほど時間をかけることなく彼らの糸をほどくことができたのだ。そして彼らは桐彦さまと同じように、糸をほどいた途端に意識を失って倒れた。


「よくも、妾を…!貴様らだけは赦さん!」


 九尾はそう叫ぶと、彼ではなく私に向かって攻撃を仕掛けてきた。

 突然のことに私は動けず、ただ九尾を凝視した。


「させない!」


 しかし彼が素早く私を庇い、九尾から私を守ってくれた。

 そして九尾は私たちから間合いをとると、ぜえぜえと肩で息をする。私が呪術を解いたことにより九尾に大きな損傷を与えられたようで、九尾は先ほどよりも格段に劣る速さで攻撃をしてくる。

 白い軍服の彼はそれを丁寧に防ぎ、返していく。

 私は彼の邪魔にならないように後ろに下がり、彼を見守った。


 それからは、圧倒的に彼が有利だった。

 九尾の攻撃すべてに対応し、攻撃を返す。

 怯み後ろに大きく下がった九尾の懐に入り、大きく刀を振るう。

 大きく縦に斬りこまれた九尾が、断末魔をあげる。


「よくも…よくも妾を…!貴様に呪いあれ…!」

「…呪いなら間に合っている。闇に帰れ、化け物め」


 そう言って彼が刀を鞘に収めると、九尾の姿が黒い影となりすっと消えた。

 それを確認したのち、彼は私の方に近づいてくる。


「怖い想いをさせてすまない。大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですわ」


 私はにっこりと彼に微笑みかけ、平気だということを訴える。

 そんな私に彼はほっとしたような顔をするが、私の首元を見て顔をしかめる。


「…すまない。傷が…」

「これくらい、平気ですわ。掠っただけですもの。傷薬を塗ればすぐ治ってしまいます。それよりも、危ないところを助けて頂き、ありがとうございました。えぇっと…」


 私はお礼を言おうとして、彼の名前を知らないことに気づく。

 彼はいまだに難しい顔をしていたが、名乗ってないことを思い出したらしく、口を開きかけた時、大きな拍手が鳴った。

 私と彼が拍手の聞こえた方を振り向くと、そこにはにこにこと笑顔を浮かべたお父様と、彼と同じ白い軍服を着た二人の男の人がいた。


(とばり)様。遅れて大変申し訳ありません。急いでやって来たのですが、どうやらもう解決したあとのようで」

「…西園寺公爵」

「さすが、帷様ですな。見事な腕前だ。私の出る幕はなかったようですね」


 にこにこと言うお父様に、後ろの二人が苦笑している。

 よく見ると、後ろの二人のうちの一人はお兄様だった。お兄様は私と目が合うと肩を竦ませてみせた。その様子で私は察した。

 お父様、もしかして、わざと?


「お父様、この方はいったい…」

「ああ、環。怖い想いをさせてすまなかった」


 お父様に彼の正体を聞こうとしたとき、桐彦さまが「うぅん…」と唸り声をあげ、目を覚ます。


「俺は…これは一体…」

「お目覚めですか、桐彦様」

「西園寺公爵…これは、どういった状況だ?」

「それは僕から説明します」


 帷、と呼ばれた彼が一歩前に進み出て、礼をとる。

 そんな彼を見た桐彦さまが驚いたような顔をした。


「帷…久しぶりだな。元気だったか?」

「はい、兄上こそ。もっとも、兄上の堕落っぷりは僕の耳にも入ってきましたが、とりあえずお元気そうでなによりです」

「ぐっ…相変わらず容赦ないな…」


 桐彦さまは顔をしかめる。

 しかし、それは事実だとわかっているのだろう。否定はしなかった。

 それよりも今、彼は桐彦さまのことを兄上、と呼ばなかっただろうか?


「あの…お父様?」

「なんだい、環」

「あのお方は…どういった方なんですの?」

「ああ…環は帷様に会うのは初めてだったね。帷様は桐彦さまの実弟で、とある事情により軍に所属している」

「軍に…?」

「ああ、まあ、いろいろ事情を抱えている方でね…私の直属の部下でもある」

「お父様の部下…」


 皇子殿下を部下にしてしまうお父様の厚顔さに私は感服した。

 私なら絶対にそんなことは恐れ多くてできない。


「兄上、今の状況を説明してもよろしいですか?」

「あ、ああ。頼む」

「まずは、兄上が惚れこんでいた紺野男爵令嬢ですが…」


 惚れこんでいた、と言う帷様の台詞のところで、桐彦さまは盛大にむせた。

 まあ、自業自得だろう。


「彼女の正体は、九尾でした」

「九尾?」

「はい。兄上は昔から憑かれやすい体質でしたが、今回は大物に憑かれましたね。まあ、兄上の他にも餌食になった子息はたくさんいたようですが」

「……」


 桐彦さまと帷さまは床に倒れている子息たちを見つめた。

 桐彦さまは彼らをなんとも言えない表情で見つめ、帷さまはすぐに彼らから視線を逸らして話の続きをしだす。


「今回、兄上は九尾の呪術にかかり、九尾に惚れこんでいました。しかし、九尾の餌食になる一歩手前で彼女――環嬢により正気を取り戻したことが幸いして、なんとか餌食になることは免れました。それに、婚約破棄も言い渡す前に彼女が割って入ってくれたので、雪乃嬢との婚約は続行されるでしょう。良かったですね、兄上。彼女に大いに感謝してください」

「ぐぅっ…。だが…そうだな。礼を言わせてもらう。ありがとう、環嬢」

「いえ…お役に立てたようでなによりですわ」


 桐彦さまは胸を押さえながらも、私に柔らかく微笑んで礼を言ってくださった。

 私は目を伏せて、一礼を返す。


「―――今回、正直、環嬢の助けがなければ、兄上を救うことは叶いませんでした。僕からも改めてお礼を言わせてほしい。ありがとう、助かった」

「い、いえそんな…大したことはしていませんもの…」

「いいや、十分大したことだよ」


 桐彦さまとは違い、どちらかと言うと冷たい印象を与える帷さまだが、そう言って微笑んだ顔は、桐彦さまに似ている。さすが兄弟だ。

 私が照れを隠すため俯くと、私たちの話を黙って聞いていたお父様が会話に割り込んできた。


「帷様。環の助けがどうと、私の耳には聞こえたのですが。それは一体どういうことでしょうか?それに、環の首元の怪我についても。ぜひ、ご説明頂きたい」

「あ、ああ。どうやら環嬢は呪術の糸も視ることができるようで、先ほど彼女に兄上たちに絡んでいた呪術の糸をほどいて貰ったんだ。首元の怪我はその時に…」

「―――ほう。そうでしたか」


 お父様は綺麗な笑顔を浮かべて帷様を見つめた。

 しかし、その目は笑っていない。

 お父様の後ろに控えているお兄様は帷さまを睨んでいる。なんて恐れ多い。


「確か、この会場に入る前、帷様は仰いましたね。『僕一人で片づける。誰の力も必要ない』と。ましてや私の娘の力など、借りる必要がないと」

「…確かに言った。だが、ああするしか兄上たちを救う方法が他になかったんだ」

「そうでしょう。聡明な帷様がそう判断したのなら、確かにそうだったのでしょう。しかし、この件で妖怪たちに環の力を知られてしまったのでは?今まで厳重に隠してきたものが水の泡になった私の気持ちを、わかって頂けますよね?」

「……」


 黙り込む帷様に、お父様はため息を漏らす。


 ―――ちょっと待って。

 今まで厳重に隠してきた、とお父様は仰った。

 ということは、お父様は私が自分の力のことをお父様に打ち明ける前に私の力の事を知っていた、ということなのだろうか?


「…なら、僕が彼女の傍にいて彼女を守れば問題ないだろう」

「え?」

「帷様が、環を守ってくださると?それが何を意味するか、わかっていますか?」

「…ああ。わかっている」


 帷さまは生真面目に頷く。

 だけど、私には話の流れがまったく読めていない。


「あの…私、話がよく…」

「…つまり、だ」


 黙って事の成り行きを見守っていた桐彦さまが、私にもわかるように、簡潔に教えてくださった。


「帷と環嬢が婚約する、ということだ」

「―――はい?」


 私は自分の耳を疑う。

 誰が、誰と婚約をすると言った?


「婚約者同士でもない男女二人がずっと傍にいるとなると、外聞が悪い。なら、婚約してしまえばいい、という訳だ。わかったか?」

「え、ええ…正直、わかりたくありませんが、わかりました」

「帷様は御年十四歳。対する環は今年十六歳になったばかりだ。年回りはちょうどいい。身分も釣り合う。

 ―――いいでしょう。環との婚約を認めましょう。陛下にもそのようにお伝えしますが、よろしいですね?」

「ああ、異存はない」


 きっぱりと帷さまが頷いたのをお父様は確認すると、「ではさっそく陛下にご報告に行って参ります」と言って、ビシッと敬礼をするとくるりと踵を返し歩き出す。

 桐彦さまも未だに気を失っている雪乃さまと子息たちを人に任せたあと、「俺も父上に報告に行く」と言って、お父様のあとに続いた。

 私が呆然とお父様を見ていると、お兄様が私の肩に手を置く。

 私はよく知ったその顔を、呆然とした顔のまま見つめた。


「おめでとう、環。これから大変になりそうだね」

「お兄様…」

「まあ、頑張りなよ。俺も出来る限り支援はするからさ」


 じゃあね、とひらひらと手を振り、お兄様は去っていく。

 なんて薄情な兄なのだろうか。呆然とした妹を残して去っていくなんて。

 仕事だから仕方ない、と頭の片隅ではちゃんと理解しているものの、お兄様への不満が私の中で渦巻いた。



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