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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第四章 赤い糸と因縁
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因縁を、解く6



「―――かけまくもかしこきいざなぎのおほかみ」


 シュン!と何処からか矢が飛び、物の怪たちを滅していく。

 私が呆気に取られている間にも清らかな声は響き続ける。


「つくしのひむがのたちばなのをどあわぎはらに

 みそぎはらへたまひしときに

 あれませるはらひとのおおかみたち。

 もろもろのまがつごとつみけがれあらむをば。

 はらひたまへきとえたまへともうすことを

 きこしめせとかしこみかしこみもうす」


 その言葉と共に矢が次々と放たれ、物の怪を滅していく。

 突然の出来事に司さんも呆然とその光景を眺めているようだった。

 滅しきれなかった物の怪が呆然としている司さんを襲う。

 しまった、という顔を司さんがした時、気合の入った叫び声が聞こえ、見覚えのある白い軍服姿の男性が蹴りをいれて物の怪を蹴散らしていく。

 その光景に、司さん同様に呆気に取られていた私は、自分に迫る物の怪に気付くのが遅れてしまった。

 気づいた時にはその物の怪はすぐ傍にいて、私に襲い掛かってくるところだった。

 ニタアと嗤い、私を襲う妖怪に思わず両手で頭を庇い、目を瞑って衝撃が来るのを待った。

 しかし衝撃は一向に訪れず、代わりに物の怪の呻き声が聞こえた。

 前にも一度体験したことのあるような、この感じ。

 私はハッして両手を下ろして目を開けると、目の前にはすっかり見慣れた背中があった。


「と、ばりさま…?」


 信じられない思いで婚約者の名を呼ぶと、彼が振り向いた。

 彼は私を優しい目つきで見つめた。

 間違えるはずもない、私の大好きなひと。


「助けに来るのが遅くなって済まない」


 出逢った頃よりも低くなり、大人の男性の声となった帷さまの声。

 私の心を一喜一憂させる言葉を紡ぐ声を久しぶりに聞いて、私の胸は歓喜で震えた。

 喜びで言葉の出ない私に帷さまはふっと一瞬だけ微笑んだ。


「待っていてくれ、環。すぐに片づける」


 そう言って帷さまはいつもよりも少しだけ険しい顔をして正面を向き、物の怪の群れの中に飛び込んでいった。

 三人はあっと言う間に物の怪の群れを蹴散らして行った。

 睦月さんが拳を振るい、夕鶴君が弓を引き、帷さまが刀で薙ぎ払う。

 まるで芝居のようにあっさりと、彼らは物の怪を滅していく。


「せい!」


 物の怪の群れに囲まれながら、睦月さんが拳と振るい、物の怪を蹴りつける。

 四方から攻撃されるのを避けたり受け止めたり流しながら攻撃を繰り出す睦月さんだったけれど、ほんのわずかな隙をつき、物の怪が睦月さんの背後をとった。

 しまった、という顔を睦月さんがした直後、シュッと矢が物の怪に刺さり、物の怪が消えた。

 睦月さんはほんの僅かに安堵の表情を浮かべ、「ありがとな、夕鶴」と夕鶴君の方を一瞬だけ見て言い、またすぐに顔を引き締めて物の怪と対峙をした。

 一方の夕鶴君は弓矢で睦月さんと帷さまの支援をしつつ、祝詞を唱える。

 しかし後方支援型の夕鶴君には隙ができやすい。その隙を狙った物の怪が夕鶴くんを襲おうとするが、それを帷さまが庇う。


「大丈夫か、夕鶴」

「はい。助かりました、帷様」


 ふっと笑みを交わし合った二人はすぐにまた物の怪たちへと意識を戻す。

 三人の連携は見事、の一言だった。

 お互いの不足しているところを補い合い、時には庇い、敵を蹴散らす。

 三人はあっと言う間にたくさんいた物の怪を滅してしまった。

 それぞれの実力が高かいというのもあるのだろうけれど、これほど短時間であれほどの物の怪を滅ぼすことが出来たのは、三人の連携が見事だったからというもの大きいはずだ。

 呆然と三人の様子を眺めていた私に帷さまが近づいてくる。


「…帷さま…」

「怪我はないか、環」


 帷さまはあれほどの動いていたのに、息一つ乱れていなかった。

 倒れている大神家の人たちを介抱している夕鶴君や睦月さんも同様で、さすがだわ、と私は感心した。

 帷さまは私を上から下まで眺めた後、「…特に大きな怪我はなさそうだな」と安心したように呟いた。

 そんな帷さまの顔を見て、私の胸がカッと熱くなり、気付いたら帷さまに駆け寄って抱き付いていた。

 はしたない、という言葉は私の中から完全に抜け落ちていた。

 ただ、嬉しかった。

 帷さまに逢えたことが。

 まるで物語のように私の危機に駆けつけてくれたことが。

 恋い焦がれている人に救われて、胸がときめかない女性は恐らくいない。

 私の胸は喜びと感動でいっぱいになった。 


 今の帷様はまるでお姫様の危機に颯爽と現れて、お姫様を救う王子様のようだった。

 いや、実際に帷さまは皇子なのだけれど。

 そんな風に危機を救ってくれる人のことを、外国の言葉でなんというのだったか。

(えぇっと…確か、ひぃろぉ(・・・・)だったかしら…)

 そう、ひぃろぉ。まさに、帷さまは私のひぃろぉだ。


 抱き付いたままそんなことを頭の片隅で考えながら、私はぎゅっと帷さまに縋り付いた。

 帷さまに逢えた安心感で、緊張して強張っていた心が緩むのを感じた。

 それと同時にぽろりと涙が零れた。

 一度涙が零れると止まらなくなる。とうとう私は嗚咽を漏らしだしてしまう。

 泣いたら帷さまが困ってしまう。わかっていたけれど、止まらなかった。

 決して、帷さまを困らせたいわけではないのに。


「環…」


 予想通りに帷さまは戸惑った声をしていた。

 帷さまに抱き付いているので帷さまの顔は見えないけれど、恐らく困ったように眉を落としているのだろう。

 そんな帷さまの表情がありありと脳裏に浮かんだ。

(早く泣き止まないと…そして、お礼を言わなくては…)

 助けてくださってありがとうございます、と。泣くよりもお礼を言う方が先なはずなのに、私の声は言葉を発してくれなかった。

 情けないと自己嫌悪に陥って、余計に涙が出そうになった時、帷さまがそっと私を抱きしめてくださった。

 え、と私が驚いていると、帷さまは優しい声音で私に話しかけた。


「怖かっただろう。無理に泣き止もうとしなくていい。怖かったなら、思う存分泣いていいんだ」


 よしよし、と子どもをあやすように帷さまが私の背を撫でる。

 ぎこちない手付きながらも、とても優しいその仕草に私は心が段々と落ち着いていくのを感じた。


「…宮様」


 宥めるように私の背をさする帷さまに、司さんが近づいてくる。

 こんな泣いている顔を司さんに見られたくない。

 そう私が思ったのが帷さまに伝わったのか、帷さまは自分に私の顔を押し付けるようにして、私の顔を隠してくださった。


「…申し訳ありませんでした。宮様の大切なご婚約者をこのような目に遭わせてしまい…なんとお詫びをすれば良いのか…」


 悔やむように呟く司さんに、帷さまは聞いたこともないくらい冷たい声で答えた。


「ただ詫びただけで済むと?環に無理やり協力させておいて、この様とは。大神家も落ちぶれたものだな」

「…滅相もございません」


 帷さまの容赦ない台詞にも、司さんは反論ひとつすることなく受け止めた。

 ようやく涙が収まった私は帷さまの腕の中からそっと抜け出した。

 「環…!?」と帷さまが私を引き止めたけれど、私はその声に振り返ることなく神木に近づき、その幹に触れた。

 意識を集中させ、この神木と他の結界の要を結ぶ糸を辿る。

 そして、それ綻んでいる箇所を見つけた。 

 これが司さんの言う、結界の穴なのだろうと見当をつけた私は、縁を視つつ、言霊の力を使う。


国の護りを(、、、、、)強固に(、、、)綻んだ箇所は(、、、、、、)元通りに(、、、、)


 私がそう唱えると神木がうっすらと淡く光った。

 そして神木と結界の要を繋ぐ糸の綻んだ箇所がゆっくりと修正されていくのを確かに感じた。

 そのことにほっと胸を撫で下ろし、私は背後を振り返った。

 そこには私を追いかけてきた帷さまと司さんの姿があり、帷さまはぎろりと私を睨んだ。


「まだ物の怪が潜んでいるかもしれないというのに、いきなり走り出すとは…危ないだろう」

「ごめんなさい、帷さま。私、まだお役目を果たせていなかったので…」


 しゅんとなる私に、帷さまはまったく…と呆れた顔をした。

 そんな帷さまの後ろから司さんが「環さん…」と、今にも泣きそうな顔をして私を見つめていた。


「司さん。私の役目は無事果たしましたわ。安心なさって」

「…ありがとう、環さん。僕は君に酷い事をしてきたのに…なんて言えばいいのか…」


 司さんは俯き、唇を噛みしめた。

 ほんの少しの時間そうしたあと、そして顔を上げ、宣言をした。


「環さん、僕はもう君に近寄らないと誓おう。大神家は今後一切、君に近づかない。次期当主として、それを誓う」

「司さん…」


 毅然とした声音とは裏腹に、司さんの目は切なそうに揺れていた。

 私は思わず司さんに近づき、強く握り締めている手をそっと取った。


「いいえ、そのようは誓いは不要ですわ」

「環」

「環さん…」


 咎めるような帷さまの声と、呆然としたような司さんの声が重なる。

 私は心の中で帷さまにごめんなさい、ともう一度呟き、司さんを見て微笑む。


「私に出来ることなら、これからも力になります。今回のように強引なやり方はもう勘弁して頂きたいですけれど…きちんとした方法で頼んでくだされば、引き受けますわ」

「……どうして…どうして、君はそんな…」


 司さんの顔が今にも泣きそうに歪んだ。

 正直に言って、無理矢理帷さまと引き離されたことと、帷さまを人質にとったやり方を許せないという気持ちは今も変わらない。

 だけど、困った人を見かけたら手を差し伸べるのは、人として当然の事だと私は思っている。


「困っている人がいたら放って置けない性分ですの。それに、私たちは二従兄妹なのですもの。せっかく会えた親類ともうこれっきりなんて、寂しいですわ」

「環さん…」

「だから、たまには私に顔を見せてくださいね」


 にっこりと笑ってそう告げると、意識が段々と遠のいていくのを感じた。

 倒れそうになる私を誰かが抱き止める。ふわりと香る、帷さまの匂い。

 帷さまはしかめっ面をして私を見つめ、「…本当に君は、甘い」と苦言を言う。そんな帷さまに私は思わず、ふふ、と笑いを零した。

 意識を失う前にちらりと見た司さんの顔は、泣き笑いのような表情を浮かべていた。





次はまた帷視点になります。

ころころ視点変わってすみません…。

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