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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第四章 赤い糸と因縁
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因縁を、解く5



 私は白い巫女装束に着替えさせられ、司さんと共に馬車に乗っていた。

 私たちが向かっている場所は、樹齢が五百年を超えると云われる大樹のある場所だ。

 その大樹は国を護る結界の要の一部を担っており、結界の綻びのある箇所に一番近いのだと説明をされた。

 私の目的は二つ。結界の穴を塞ぐことと、その大樹と他の結界の要を繋ぐ糸を強化することだ。

 結界を塞ぐためには言霊の力を使い、糸を強化するためには縁の力を使う。

 手順は前もって司さんに教えて貰い、何度も予行練習をしているので、よほどのことがない限り失敗はしないだろう、と司さんは言っていた。

 もうその司さんの言葉を信じ、やるしかない。 

 私は膝の上に置かれた拳をぎゅっと握り締めた。


「緊張をしている?」


 柔らかい司さんの声に、私ははっとして、握り締めていた拳の力を緩めた。

 司さんに顔を向けると、司さんは心配そうな顔をして私を見ていた。

 そんなに心配されるほど私は思い詰めていた表情をしていたのだろうか、と自分の余裕のなさに苦笑した。

 心に余裕がない時ほど失敗が続く。そのことは、訓練の初日で痛いほど味わった。


「緊張をしていないと言えば嘘になりますけれど…でも、大丈夫です。必ず成功をさせてみせますわ」

「心強い台詞だね。だけど、あまり自分を追い詰めないように。無理だけはしないで」

「はい。お気遣いありがとうございます」


 司さんを安心させるようにしっかりと頷くと、司さんの表情も緩んだ。

 その時、馬車が激しく揺れ、私は前へ体が倒れそうになる。それを目の前に座っていた司さんが私を抱き止めてくれたので、倒れるのを免れた。


「気を付けて。ここは道がまだきちんと整備されていないから」

「は、はい。ありがとうございます…」


 司さんに抱えられて、意外にも司さんの体はしっかりとしていることに驚く。

 運動などをしているようには到底見えないのに。

 司さんの腕の中にいることが落ち着かなくて、私は司さんから離れようとした。

 しかし司さんがしっかりと私のことを抱きしめているので、離れられない。

 司さんからはどこか懐かしい匂いがした。

 どこでこの匂いを嗅いだのかしら、と記憶を辿るとおばあ様に辿り着く。

 司さんは本当におばあ様によく似ている。その雰囲気も、仕草も、匂いも。

 大神家の人は皆、司さんのような方ばかりなのだろうか。司さん以外の大神家の人に会った事がないので、私には判断がつかない。


 ガタガタと馬車が揺れる間、司さんは私をずっと抱きしめていた。

 恐らく私に怪我をさせないようにという配慮なのだ思う。

 けれど、異性に抱きしめられているというこの状況に、不覚にも私はドキドキしてしまった。

 こんな風に異性に抱きしめられたのは、お父様やお兄様を除けば帷さまだけ。

 帷さま意外の男性に抱きしめられているというこの状況が、帷さまに対する裏切り行為のような気がして後ろめたい。

 私としては不可抗力で、司さんからしてみればただの親切心からしたことだということはわかっているのだけれど。


 司さんの腕の力が緩んだと同時に、馬車の揺れも収まった。

 緩やかに進んでいく馬車に私はほっと息を吐き、司さんにお礼を言おうと司さんの顔を見上げ、息を飲んだ。

 司さんは今まで一度も見せたことのない、苦しそうな表情を浮かべて私を見ていた。


「司さん…?」

「環さん…もし、もしも―――」


 司さんが何かを伝えようと口を開いた時、馬車が停まった。

 それに司さんは苦笑を浮かべ、私をそっと離した。


「あの、司さん、今なにを…?」

「…気にしないで、環さん。今は儀式の事だけを考えて」

「は、はい…」


 釈然としないものを感じながら、私は頷く。

 司さんが何を伝えようとしたのか気にはなるけれど、今はそれに気を取られている場合ではないのも確かだ。

 私は気持ちを切り替えて、「庇ってくださりありがとうございました」と司さんに告げ、馬車から降りた。

 そんな私を司さんが苦しそうな顔をして見ていたことに、私は気付かなかった。




 たくさんの白装束の人に囲まれ、司さんに先導されて辿り着いた先にあったのは、とても立派な榊の木だった。

 太い幹に無数に別れた枝。そしてなによりも、その存在感があり、とても神々しく感じる木だった。まさに神が依代とするに相応しい存在だ。

 榊という木の由来は神と人の境であること、“境木”から来ているのだという。

 また榊という字は神の木と書くことから、古来より神木として親しまれいるのだと司さんから教えて貰った。

 ぼうっと榊の木を見つめていると、無数にある木の枝から糸が伸びていることに気付く。

 とても繊細で細い糸。その糸が伸びている様は、まるで蜘蛛の巣のように見えた。

 

「環さんはあの神木の根元に行ってほしい。そして直接神木に触れて、あとは教えた通りにしてほしいんだ」

「わかりましたわ」

「大神家も全力で君を支援するから、環さんは環さんの作業に集中して。途中何があっても、作業を中断しないように。作業を中断してしまった場合、環さんに負荷がかかる可能性が高いということを頭の片隅に入れて置いて」

「はい。畏まりました。では、行って参ります」

「…申し訳ないけれど、どうかよろしく頼むよ」


 私はしっかりと頷き、微笑んでみせた。大丈夫だと司さんにわかって貰えるように。

 それが伝わったのか、司さんの表情がほんの少しだけ和らいだ。

 私は司さんに見送られながら、神木の根元へ向かった。

 そこは小さな祭壇のようになっていて、この樹は神木として崇められているのだと改めて実感した。

 根元から神木を見上げると、他の木とは違い、神聖な氣のようなものが発せられているような気がした。この樹には神様が宿るんだよ、と言わられたら、ああ、確かにそうかもしれない、とすんなりと納得できるような雰囲気がその樹にはあった。


 神木にそっと触れ、司さんの方を振り返ると、司さんが頷く。

 それに私も頷き返し、そっと神木の方に視線を戻した。

 そして大神家の方たちが一斉に祝詞を唱え始めた。

 祝詞を聞きつつ、私は目を瞑る。

 本来縁は見るものではなく感じるものなのだという。異能の訓練を受けた私は、視覚に頼らなくても縁を感じることができるようになった。

 “糸”として視るよりも、ただ感じる方がより多くのことが視える。それは人との繋がりであったり、その人の想いであったりと、以前よりもより明確にわかるようになった。

 

 私が意識を集中させようとした時、辺りが騒然とし出した。

 一体何が起こったのかと目を白黒させていると、司さんが大声で私を呼んだ。


「環さん!」

「司さん…?」


 司さんが慌てて私に駆け寄り、私の手を掴んだ。

 いつになく焦っているような司さんの様子に私は戸惑った。

 ほんの少し前まで、司さんに焦った様子など見られなかった。なのに、いったいどうして?


「どうされましたの?」

「…説明している間が惜しい。とにかく急いでここを出よう」

「え…?あ、あの…?」


 慌てた様子の司さんに何かが起こったのということだけ察した。

 しかしその肝心の何か、という部分がわからない。

 私が詳しく尋ねようとした時、ひと際大きな音が当たりに響いた。


「…もう、こんなところに…」

「若様!早く巫女様をお連れしてお逃げ下さい!!」


 誰かの声が響く。

 それに司さんはハッした表情を浮かべ、私の手を引っ張った。


「環さん、とにかくここから離れ…」


 司さんは最後まで台詞を言い切ることはなかった。

 変わりに私を強く引っ張り、私を抱き寄せた。

 それと同時にギィイイイイという、動物の鳴き声のような不気味な声がする。


(リン)(ピョウ)(トウ)(シャ)(カイ)(ジン)(レツ)(ザイ)(ゼン)!」


 司さんはそう唱えながら九字を切った。

 するとギャン!と悲鳴が聞こえ、私は声のした方を見ると、物の怪らしきものが倒れていた。

 すぐにそれはすっと消え去り、ほっとしたのも束の間、次々と物の怪が現れ、いつの間にか私たちの周りを囲んでいた。

(どうして、物の怪が…?ここには物の怪が入れないようになっていると聞いていたのに…!)

 私がぶるりと体を震わせると、司さんが私を抱きしめる手に力を込めた。


「環さん、よく聞いて」

「司さん…」

「今から僕が奴らを引き付ける。その間に環さんはここを離れるんだ」

「え…」

「こんなことになってしまって、申し訳ない。僕が今出来るのは、環さんのために逃げ道を作るくらいだ。君は僕のことを気にせず、逃げて」

「で、ですが、司さんが…」

「僕は大丈夫だから」


 司さんは私を見つめ、柔らかい笑みを浮かべたあと、私から離れ物の怪たちに近づく。

 それを好機とみなしたのか、物の怪たちは一斉に司さんに襲い掛かった。

 目を覆いたくなるような光景に、私は思わず顔を両手で覆った。

 しかしそんな私に司さんは声を張り上げて、「環さん、今のうちに逃げて!」と叫んだ。

 私はすぐにその言葉に動けなくて、ほんの少しぼんやりとしていると、更に司さんから叱責が飛ぶ。


「僕は大丈夫だから!さあ、環さん。お行きなさい!」

「は、はいっ…!」


 司さんの力強い台詞に後押しされる形で、私は走り出した。

 しかし着慣れない衣装のせいで、思うように走れない。

 もどかしく感じながらも懸命に足を動かした。

 あちこちから争っているような音が聞こえ、そちらに気を取られそうになるたびに、いけないと自分を叱る。

 ここで気を取られ物の怪に捕まったら、身を挺して私を逃してくれた司さんの行為が水の泡になってしまう。そんなことはあってはならない。

 とにかく、逃げないと。

 そう思い、力強く地面を蹴りつけた時、「ぐぁっ…!」という司さんと思われる人の呻き声が耳に届いた。

 その声に私は思わず背後を振り返った。その先には、司さんがぼろぼろの姿になって、物の怪に襲われている場面が広がっていた。

 足を止めて司さんを見ている私に気付いたのか、司さんが険しい表情を浮かべて叫んだ。


「環さん、僕のことはいいから、早く逃げ…!」


 そう叫ぶ間にも物の怪たちの攻撃が司さんに襲う。

 「司さん!」と思わず叫んだ時、清らかな声が響いた。




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