因縁を、解く4
環視点です。
司さんによる異能の訓練の過程で、私は今まで気付かないうちに言霊による力を使っていたのだと知った。
振り返れば、思い当たる節があった。
春日さんが文車妖妃に取り憑かれた時。あのとき、私は彼女に「眠って」と言った。そして、それに従うように春日さんは眠りについた。
あれは、知らず知らずのうちに言霊を操っていたのではないかと、思い至った。
それは恐ろしい事だ。もしあの時力の使い加減を間違えて、春日さんが一生目を覚まさなかったらと考えると、恐怖で体が震えた。
結果として彼女は目を覚ましたから良かったものの、春日さんが一生目を覚まさなかった可能性は高かったのだ。
私は春日さんが目を覚ましてくれたことに、心から感謝をした。
司さんによる訓練の最初は、中々上手く進まなかった。
上手く異能を扱えない私は、いつか経験したように、司さんの指示に従い異能を使うと激しい眩暈に襲われ、悪い時には気を失うこともあった。
それは司さん曰く、急激に異能を使ったことによる反動なのだという。
本来、大神家の巫女は幼少期から少しずつ異能に馴らすものらしい。幼い頃から異能を使えば、それだけ異能に対する耐性のようなものが付きやすい。
しかし私が異能を使うようになったのはここ最近であり、異能に対する耐性というものが全くなかった。それ故に反動が起きるのだと。
それでも一週間も経てば、少しずつ異能に慣れ、軽い眩暈を覚える程度で異能を扱えるようになった。
「環さん。あそこに雀がとまっているのがわかるかな?」
「はい」
「なら、あそこにいる雀をしっかりと見て命じてごらん。こちらに来なさい、と」
「…はい」
私はすぅっと息を吸い込み、塀の上にとまっている雀をじっと見つめた。
全身の神経を集中させ、“言葉”を意識する。私の言葉が相手に届くように、私の言うことを聞いて貰えるように。
「こちらに来なさい」
静かに私が告げると、雀はチュン、と鳴いて私の目の前に降り立った。
可愛らしく羽をしまい、こて、と首を傾げる雀に思わず笑みが零れる。
「ありがとうね」と呟き、ご褒美の代わりに用意された饅頭を細かくちぎり、雀に差し出す。すると雀は喜んで饅頭の皮をつついた。
「…体調ももう悪くならないようだね」
「ええ、そのようですわ」
「これならば、大丈夫かな」
穏やかに呟いた司さんの言葉に、私は背筋を伸ばした。
私の仕草に司さんは苦笑をする。
「そんなに気を張らなくても大丈夫だよ、環さん」
「それは無理です。だって、私がやらなければならないのは、国にとっても重大なことで、失敗は許されないのでしょう?」
「失敗したら後がないことは確かだけれど、本来ならばこれは環さんには関係のないことだ。だから環さんがそんなに責任を感じる必要はないんだよ」
「…それでも、無理ですわ。私の性分ですの」
「それは、確かにどうしようもないね」
司さんは困ったように笑ったあと、真剣な顔をした。
「環さん、三日後が満月だ。その日に結界の補強を行う。手順は以前に説明した通り。覚えているかな?」
「ええ、勿論です。結界を結ぶ縁を視て、穴が開いている箇所を確認し、『護りを強固に』と唱える。その時には穴を塞ぐ様を想像する。……でしたよね?」
「その通り。うん、大丈夫そうだ」
司さんはにっこりと微笑み、頷いた。
私はほっと胸を撫で下ろし、合っていて良かった、と小さく呟いた。
その時、饅頭の皮を食べ終わった雀がチュンと鳴いた。
まるで「もう帰ってもいい?」と言っているようで、私は慌てて「ごめんね」と雀に謝った。
「もう仲間の元へ帰っても大丈夫よ。さあ、お行き」
雀をしっかりと見つめて私がそう呟くと、チュンチュン!と鳴いて、雀が元気よく飛び去った。
それを司さんと共に雀が見えなくなるまで見つめた。
訓練を終え、与えられた部屋に戻ると、ため息が零れた。
それは知らない場所で生活をしていることに対する緊張と、人の目から解放されたことによる安堵から零れたものだった。
訓練をするようになってから、家の人たちの私を見る目が変わったように思う。
訓練をする前までは、ただの客人としか私を見ていなかったのに、訓練をするようになり、私の異能の力が確かなものであるとわかった途端、彼らは私を敬うようになった。
決して訓練をする前の時点で敬われていなかったわけではない。敬うの種類が違うのだ。
今の彼らの目は、環を尊い存在だと崇拝しているような節があった。
その視線がどうにも居心地が悪く、変に緊張をしてしまう。
だから一人になるとほっとして気が緩み、ついついため息を零してしまうのだ。
(ため息をつくと幸せが逃げると言うわ。だから、ため息をつくのは駄目だってわかっているのだけれど…)
それでも気が緩むとため息が自然に出てしまうのだから、手に負えない。
ほぼ一日気が緩める時間なんてないのだ。だから、ため息をついてしまっても仕方のない事だと、自分で自分を納得させた。
寝支度を整え布団に入る前に、帷さまから頂いた髪飾りを見つめた。
(もうすぐ…もうすぐですわ。もうすぐ帷さまを解放して差し上げられる…)
帷さまにお会いするのが、待ち遠しかった。
もう半月近く帷さまのお顔を見れていない。ここ最近は毎日顔を合わせていただけに、帷さまの姿を、声を聞くことが出来ない事が、寂しくてたまらない。
早く終われせて帷さまに会いたい。その想いは日ごとに強くなっていった。
*
ふと気が付くと、私は見覚えのない場所にいた。
そこは一面の闇の覆われていて、だけど不思議と怖いとは思わなかった。
なぜ私はここにいるのだろうと、疑問に思い首を傾げていると、目の前がぼうっと明るくなった。
明るくなった箇所を見つめると、そこには誰かの姿があった。
ボロボロになって、地面に座り込む姿。見覚えのある姿に、私の心臓が嫌な音を立て始めた。
(あれ、は……帷さま…?帷さまが、どうしてあんな目に…)
手を伸ばそうとしても、帷さまに触れることは適わない。まるで見えない壁があるかのようだった。
その壁に触れ、私は帷さまの姿を良く見ようと目を凝らす。
なぜ、帷さまはあんなにボロボロな姿になっているのか。帷さまに何が起こったのだろう。
帷さまは愛刀を地面に刺し、それを支えに体を起こそうとしている。
その表情は険しく、体のあちこちが痛むのか、辛そうでもあった。
それでも必死に立ち上がろうとする帷さまに駆け寄り、体を支えて差し上げたいのに、それも見えない壁に阻まれてできない。
見ていることしかできないもどかしさに、私は下唇をぎゅっと噛んだ。
なんとか立ち上がった帷さまの目線の先には、見覚えのない男の人が立っていた。
銀色の髪の背中まである長い髪をなびかせ、ボロボロの帷さまを見つめて面白そうに微笑む男の人の姿に、嫌な予感を覚えた。
動かない体を無理に動かし、刀を構える帷さまに、男の人は容赦なく襲い掛かった。
目には見えないほどの早い攻撃をする男性に、満身創痍の帷さまは成す術もなくどんどんと怪我を負っていく。
(―――やめて…もう、やめて…)
このままでは、帷さまが死んでしまう。
何とかしなくては。そう思うけれど、帷さまに近づくことすらできない私は見ていることしかできない。
私がもどかしい想いをしている間にも、どんどんと帷さまは傷ついていき、そして―――
「いやあああああああ!!!」
*
自分の叫び声にハッとなり、目を開くとそこは司さんの屋敷の与えられた部屋だった。
慌てて体を起こすと全身汗でべっとりとして、着物が肌に張りついていた。
息も乱れており、涙さえ流していた。私は額に玉になっている汗を手で拭う。
とても嫌な夢を見た。だけどその夢の内容はさっぱり覚えていない。
一体なんの夢を見たのだったろうか。思い出そうとしてもそれは煙のように掴めず、思い出すことは出来ない。
(前にもこんなようなことがあったような…いつだったかしら)
記憶を辿り、あれは帷さまに出逢ってすぐのことだった、と思い出す。
最もあの時は今回のような嫌な夢ではなく、もっと温かい夢だったような…。
記憶は定かではないため、気がする、程度のことなのだけど。
ともかく、汗でびっしょりとなってしまって気持ち悪いので着替えようと、立ち上がる。
その時、一瞬くらりとしたが、ただの立ちくらみだろうと気にしなかった。
訓練を始めてからはよくあることだった。
今の時刻は寅の刻くらいだろうか。起床するにはまだ早い時間だけれど、目が冴えて寝れそうもないので、そのまま起きていることにした。
手拭いで汗を拭い、銘仙に着替える。
今夜で、この生活ともおさらばだ。
やっと、家に帰ることが出来る。そして、帷さまたちに会える。
そのためにも、今夜の儀式は絶対に成功させなければならない。
私は気合を入れて、帯をぎゅっと締めた。




