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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第四章 赤い糸と因縁
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しあわせの証3



「帷さま。結局、子どもの声や笑い声がするというのは、あの子のことだったのでしょうか?」

 家へ帰る途中、気になっていたことを私が尋ねると、帷さまは眉間に皺を寄せた。

「…恐らく、あの座敷童が原因だろう。座敷童は悪戯が好きだからな。あと、寂しかったのもあるのかもしれない」

「まあ…。だとしたら、やはりまたあの屋敷に行かなくては。幸福の象徴ですもの、いなくなってしまうのは悲しいですわ。それに…一人でいるのは寂しいですものね」

「そうだな…」


 帷さまはどこか遠くを見つめ、目を細めた。

 そんな帷さまの様子に戸惑う。私はなにか変なことを言っただろうか。

 先ほど自分が言った言葉を思い返しても特に思い当たらなくて、私は不安になる。

 思い当たらないということは無自覚ということだ。無自覚に帷さまに嫌な思いをさせているのでは、と思い、すっと血の気が引いていくのを感じた。

 帷さまに嫌われたら、どうしよう。

 帷さまに嫌われるなんてことを考えたこともなかった。なぜなら、帷さまはいつでも優しく私に接してくれて、穏やかな表情をしてくれていたから。

 私はそんな表情をして貰えるのが当たり前だと考えていたのだ。なんて、図々しい思い込みなのだろう。


「僕は今まで一人でいいと思っていた」


 不意に告げられた帷さまの台詞に、私ははっとなった。

 どうやら物思いに沈み過ぎてしまっていたようだ。


「寂しいと思ったことはなかった。それが当たり前だと」

「帷さま…」

「だが、今はわかる。僕は気づいていなかっただけで、寂しかったんだろうな」


 遠くを見つめたまま話す帷さまは、昔のことを思い出しているようだった。

 先ほど目を細めたのは私の台詞を不快に感じたわけではなく、ただ昔の事を思い出しただけなのだろう。その事に少しだけ安堵してしまう。


「もう帷さまに寂しい思いはさせませんわ。だって、帷さまには睦月さんも夕鶴くんも…私もいますもの」


 胸を張って告げた私に帷さまは一瞬目を見開き、そしてふっと表情を緩めた。


「そうだな…その通りだ。今は煩いくらいだ。……睦月のせい(、、)でな」

「ふふ。違いますわ、帷さま。睦月さんのおかげ(、、、)でしょう?」

「それは…肯定し難いな…」


 帷さまは眉間に皺を寄せて、険しい表情を浮かべた。

 本当に私の言葉を肯定するのが躊躇うようだ。きっとそれだけ帷さまと睦月さんの仲が良いということなのだと思うと、微笑ましい。

 未だに顔を顰めている帷さまに私がくすくすと笑い声をあげていると、ヒヒンという馬の鳴き声が聞こえた。

 私と帷さまは同時に足を止めて、前方を見つめる。

 私と帷さまの真正面には立派な馬車が停められていた。きっとどこかの名のある家のものだろう。見覚えはないけれど、家紋らしきものが小さく彫られていた。


「あの、家紋は…」


 小さく呟いた帷さまの声は、心なしか硬かった。

 家紋がどうかしたのかと尋ねようとした時、馬車から人が降りてきた。

 その人物は私たちを見つめ、穏やかに微笑んだ。


「こんにちは、お二方」

「あなたは……司さん?」

「久しぶりだね、環さん。それに、そちらの方も」

「君は…宿で会った」


 帷さまが驚きに目を見張っている。

 司さんと帷さまはお知り合いだったのだろうか。いつ、出会ったのだろう。

 宿で会った、と仰ったから、きっと宿に泊まっている間に出会ったのだろうけれど…。


「こんなところで立ち話をするのもなんだし、良かったら僕の家に来てくれないかな?二人に話したい事もあるし…それに僕の家はこのすぐ近くなんだ」


 どうだろう、と誘う司さんの言葉に、私たちは顔を見合わせた。

 帷さまの表情はどこか迷っているような顔をしていた。帷さまがそんな表情をするなんて、珍しい。


「…これから何か予定があるのかな?」


 申し訳なさそうに尋ねた司さんに、私は思わず「予定は特にありませんわ」と答えてしまい、後悔した。

 そう答えたら彼の家に行く以外の選択肢がなくなってしまう。帷さまの予定や意見も伺っていないのに。これでは私が勝手に決めてしまったようなものだ。


「なら、良かった。美味しいお茶とお菓子をご馳走するよ」


 嬉しそうに笑って言う司さんに、家に行けませんなどと言えるはずもなく、私と帷さまは成り行きで司さんの家に行くことになってしまった。

 馬車に乗る際にちらりと盗み見た帷さまの表情はいつも通りだった。だけど、勝手に決めてしまった形になって不快に思っていないかと、私は内心びくびくしてしまう。

 そんな私の気持ちに気付いたのか、帷さまは安心させるように微笑んでくださり、私はその笑顔に強張りかけた心が解けていくのを感じた。


 司さんに案内された家は、ごく一般的な造りの家だった。いや、一般的な家よりも少し広いくらいだろうか。

 お金持ちの家の別荘、という感じはしない。司さんはどこかの名家の人だと思っていたけれど、それは私の勘違いだったのだろうか。

 だけど、普通の家に家紋なんてあるだろうか。それとも、あの馬車に彫られていた家紋はただの飾りだったのだろうか。

 そんなことを考えながら、家の中を進んでいく。司さんの家はなんだかとても懐かしく感じで、なぜこんなに懐かしいと感じるのかと不思議に思った。

 この家に私は来た事がない。なのに、どうして懐かしいと感じるのだろう?

 私が首を傾げている間に客間につき、私たちに座るように言うと司さんは席を立った。そして自らお茶とお菓子を手に持って帰ってきた。


「突然の誘いで申し訳ない。大したもてなしはできないけれど、ゆっくりしていってほしいな」

「ありがとうございます」


 礼を言ってお茶を手に取り、一口飲む。

 美味しいお茶、と豪語していただけあって、お茶の香りが高く、渋いけれど甘味を感じる深い味わいがするお茶だった。熱いお茶が体を温めて、私はほっと息を吐いた。


「とても美味しいですね、このお茶」

「そうだろう?このお茶にこのお菓子がとてもよく合うんだ。良かったら是非お菓子も食べて欲しい」

「頂きます」


 お菓子はどうやら生菓子のようだった。綺麗な花の形に作られていて、見た目も楽しい。

 そのお菓子の一つを手に取り、口に含む。すると口の中で餡子が溶けて、お茶の渋みと合わさってとても甘く感じた。けれどその甘味は口には残らず、すっと消えていく。これでは油断をしていたらお菓子を食べ過ぎてしまいそうだ。


「…美味しい。まるでこのお茶に合わせたかのようなお菓子ですね」

「気に入って貰えたようでなによりだよ」


 心から美味しいと告げると、司さんはとても嬉しそうに笑った。

 そんな司さんの表情を見て、既視感を覚えた。以前にどこかで見たような…。

 だけど、司さんと会ったのはこれが二回目なはずだ。それ以前に会ったことはない。ならば私はどこで見たのだろう。

 私が記憶を辿ろうと物思いに沈みかけた時、ずっと黙っていた帷さまが口を開いた。


「…それで。僕たちをここへ案内した理由を聞かせて貰おうか」

「そうですね。なにから話せば良いのか…」


 司さんは俯き、何を話すのかを考えるような仕草をした。

 そして顔を上げた時、司さんの表情から笑みが消えていた。


「…宮様には自己紹介をしておりませんでしたね。改めまして、僕の名前は司。大神司と申します。以後お見知りおきを」

「君は僕のことを知っていたのか?それに、大神という姓…まさか」

「はい。僕は以前より宮様のことを存じ上げておりました。そして、環さんのことも」

「私の事も…?」


 司さんはあの宿で出会う以前から私の事を知っていたとはどういうことだろう。

 私の事を知っていたのに、どうしてあの宿で出会った時に教えてくれなかったのだろう。

 様々な疑問が私の中で渦巻く。それが表情に出ていたのか、司さんは苦笑を漏らした。


「…やはり、環さんは知らなかったようですね。宮様はご存じだったようですが」

「何のお話ですか?」


 司さんの台詞にますます謎が深まる。

 困惑した私は帷さまと司さんの表情を交互に見つめた。穏やかな雰囲気の司さんとは対照的に、帷さまの雰囲気は固く、その表情は強張ってすらいた。

 やがて帷さまは険しい表情を浮かべ、私の腕を引く。


「……帰るぞ。彼の話を聞く必要はない」

「え…?」


 いつになく強引な帷さまの態度に私は戸惑う。

 いったい帷さまはどうされてしまったのだろう。帷さまは決して人の話を聞かずに帰るような方でないのに。


「それは、困ります。僕が今日お二人をこの家に招いたのは、環さんに話があったからなのですから、その目的すら果たせずにお二人を帰らせるわけにはいきません」

「僕たちは君の話を聞かなくても別段困りはしない。そこをどけ」

「お断り申し上げます」

「ならば、力づくでも…」

「あの、帷さま…話を聞くくらいならば、してもいいのではありませんか…?」


 私たちの行く手を阻む司さんを睨み、強引にでも出て行こうとする帷さまを見かねて、私はそう提案した。

 私の提案に司さんはとても嬉しそうに、反対に帷さまは忌々しそうな表情を浮かべた。

 帷さまのその反応に、私はなにか間違ったことでも言ってしまったのだろうかと不安になる。でも、ああ言わなければ帷さまはきっと司さんに怪我をさせてしまっていただろう。

 司さんはどこからどうみても鍛えているように見えない。反対に帷さまは見た目はそうでもないけれど、軍人として日々体を鍛えていらっしゃる。どちらが怪我を負うかは目に見えていることだ。

 それに、軍人が民間人に怪我をさせるは良くない。それが皇族の方であれば尚更である。


「ありがとう、環さん」

「……話を聞くだけだ」


 帷さまは渋々、と言った様子で引き下がり、元の席に戻った。

 帷さまのその様子に私はひとまず胸を撫で下ろす。


「環さんは僕の家──大神の家の事を知らないようだから、そちらから説明をするよ」


 穏やかに微笑んでそう告げた司さんの顔に、やはり既視感を覚える。

 この既視感がなんなのだろう。

 その問いの答えは、司さんの次の台詞の中にあった。


「大神家は代々、この国を護る結界としての役目を担っているんだ。それ故に大神家は皇家との関わりが深いけれど、あまり表には出てこない。何百年も前から影に徹し、この国を護ってきた。そう言われてもあまり実感が沸かないかもしれないけれど…大神家は環さんとも関係深い家なんだよ」

「私と関係深い…?」

「そう。君の祖母──珠緒様は大神家の生まれで、歴代の中でも随一の霊力と異能を誇る巫女だったんだ」





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