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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
間章 雪に糸は解けて
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白い雪と赤い糸3

「……なるほど、話はわかった。君が何に悩んでいたのかも」


 昨晩のことを洗いざらい話し終えたあと、帷さまはそうおっしゃった。

 しかし眉間に皺を寄せて怖い顔をして私を睨んでいる。


「君に言いたい事は山ほどある」


 びくり、と私の体が震える。

 帷さまに怒られることをした自覚のある私は、帷さまの雷が落ちるのをぶるぶると震えて待った。怒られるのは仕方がない。これは確実に私が悪いのだから。


「だが、今はそれを置いておこう」


 帷さまのその言葉に私はほっと胸を撫で下ろす。

 その様子を見ていた帷さまは「『今は』だからな?」とぎろりと私を睨んだ。

 『今は』ということは、やはりあとで怒られるのだろうか。私が悪いとわかってはいるのだけれど、怒られなくて済むのなら怒られたくはない。


「君の力の事だが…昨晩は赤い糸が視えていたんだな?」

「はい。触れることも出来ました」

「しかし今は視ることができないと…」


 帷さまは悩むように眉間に皺を寄せ、腕を組んで顎に手を置いた。


「一度視えなくなったものが視えることになる要素は、二つある。

 一つは自然にその力が回復した場合。

 もう一つは、何らかの強い力の影響で、力が強制的に目覚めた、という場合。

 前者の場合ならば完全に力がもとに戻ったということ。後者の場合は強制的に力が目覚めただけで、完全に戻ったとは言い難い。よって、時間が経てばまた力を失う可能性もある。

 …恐らくだが、君の場合は後者だろう。あの晩、君は何らかの強い力の影響を受けた。それが何なのかはわからない…いや、なんとなく推測はできるが」

「推測…ですか?」

「ああ。だがしかしあくまで『推測』だ。……その小屋のある場所を教えてくれないか」


 少し悩むように告げた帷さまに私は目を見開いた。


「どうしてでしょうか?」

「確かめたいことがあるんだ。君の名は出さないと約束するし、誰にも見つからないようにこっそりと行く」


 頼む、と言った帷さまの目は真剣そのもので、その顔つきは仕事をしているときの顔に近いと感じた。

 もしかして、私が糸を視えるようになったのは、妖怪が関わっているのだろうか。しかし私は妖怪に接触した覚えはない。ならばいったいどこで?

 私は悩んだのち、帷さまをじっと見つめて「わかりました」と答えた。

 私の答えに帷さまはほっとしたように表情を和らげた。


「では場所を───」

「私が案内をします」

「……は?」

「私が案内をしますわ。道は覚えていますし、今はまだ昼間ですもの。私が一緒に行っても問題はないでしょう?」

「だがしかし…」

「それに帷さまと一緒ならば、私は安全です。そうでしょう?」


 にっこりと微笑んでそう言った私を帷さまは唖然とした顔をして見つめ、言葉を失った。

 いつもならすぐに表情を取り繕うのに、今はそれすらするのを忘れるくらい驚いているようだ。そんな表情のまま固まった帷さまに、何かそんなに驚かれるような事を言ったかしらと不安になった私は「帷さま?」と呼びかける。それでも反応がないので、帷さまに更に近づき帷さまの顔を覗き込む。

 

 そして、気付いた。

 ついこの間までは私と帷さまの目線は変わらなかった。なのに、今では帷さまの方が目線が高い。私が少し顔を上げないと、帷さまと目線が合わない。


「……っ!す、すまない。そうだな、確かに僕がいれば大丈夫だろう…」


 我に返った様子の帷さまが少し体を引き気味に体を反らせ、答えた。帷さまの顔はほんの少しだけ赤くなっている。寒いのだろうか。でも、先ほどまではそんな様子はなかったのに。

 その事に首を傾げていると、帷さまは私の背後を凝視して、なぜか険しい表情を浮かべていた。背後に何かあるのだろうかと振り返ろうとした時、帷さまは少し硬い声音で私の名を呼んだ。


「…環」

「はい、なんでしょう?」

「……これを」


 そう言って帷さまは懐から小箱を取り出して私に渡した。

 それは綺麗な包装紙とリボンで飾られており、如何にも贈り物といった風の箱だった。

 突然の事に私は戸惑う。今日は私の誕生日でも、なにかおめでたいことがあったわけでもない。なのにいったいなぜ?


「…あの、とても嬉しいのですけれど…どうしてこれを?」

「君に詫びなければ、と思っていたんだ」


 気まずそうにそう答えた帷さまに私は首を傾げた。

 帷さまからお詫びをされるようなことをされた覚えはない。いったいこれはなんのお詫びだと言うのだろう。


「君のその髪」


 そう告げた帷さまの瞳が切なそうに揺れる。

 髪?と私は自分の髪に触れる。以前は腰あたりまであった髪は今は肩くらいまでしかない。先日の事件の時に事故で中途半端に一部だけ切れてしまった髪を揃えて切ったらこれくらいの長さになってしまったのだ。

 そういえば、帷さまはそのことをとても惜しんでいるようだった。帷さまは髪の長い女性の方が好きなのだろうか。


「髪は女性の命だと聞いた。君の髪を切ったのは僕だ。意識がなかったとはいえ、そんなことは言い訳にすらならない。その詫びになにかできないかと、ずっと考えていたんだ」

「帷さま…そんな。お気にならずとも良かったですのに…髪なんてすぐにまた伸びますわ」

「君はそう言うが、それでは僕の気が済まないんだ。だから、受け取ってほしい」

「…ありがとうございます、帷さま。大切に使わせて頂きますわ」

「あ、ああ。そうしてくれ」


 微笑んでお礼を言った私から帷さまは視線を逸らした。

 私はそうっと帷さまから頂いた物を懐へしまう。帷さまはなにをくれたのだろう。部屋に戻ったら開けてみよう。

 帷さまの贈り物はこれで二つ目だ。一つ目は壊してしまったから、今度の物は大切に使いたい。


「では小屋に案内してくれ、と言いたいところだが」


 帷さまは私の背後をぎろりと睨んだ。

 何かあるのかと今度こそ私は振り返ってみたが、そこには何もない。

 少なくとも、私の目には何も視えなかった。


「…夕鶴と睦月だな。まったく、面倒なことを…」

「あの、帷さま…?」

「少し下がっていろ」


 よくわからないながらも私は頷き、帷さまの後ろに下がる。

 帷さまは肌身離さず持っている愛刀を抜き、力を込めるように大きく一振りした。

 するとザッと薄い物が斬れる音がし、その瞬間に睦月さんが現れた。睦月さんはパチパチと拍手をして「さすが帷さまですね」とにやにやして言った。

 そんな睦月さんを帷さまはぎろりと睨んだ。


「お前の仕業か、睦月」

「まさか。オレはこんな手の込んだことできませんし、できたとしてもしようと思いませんよ」

「では、夕鶴か」

「その通りです、帷様」


 私たちの後ろから夕鶴君が現れ、柔和な笑みを浮かべて近づいてきた。


「仲直りができたようですね、環様」

「ええ。夕鶴君たちのお蔭だわ。ありがとう」

「いいえ。環様の役に立てるのなら、これくらい幾らでもしますよ」

「…どういうことだ?」


 私と夕鶴君の会話に訝しげな顔をした帷さまが首を傾げた。

 夕鶴君と顔を見合わせ、私は帷さまに夕鶴くんに協力して貰うことになった経緯を話した。


「…そういうことだったのか。ということは兄上も…」

「はい、桐彦さまにも協力して頂きました」

「そうか。それにしても、手の込んだことをしたな、夕鶴。これほど強度な結界を作るとは」

「環様と帷様のためですから」

「あの…結界とは…?」


 おずおずと質問をすると、睦月さんがにかっと微笑んで饒舌に説明をしてくれた。


「環様は気付いてなかったかもしれませんが、いやオレもよくわかってませんでしたが、ここの一帯に夕鶴が結界を張っていたんですよ。それも強力な奴をね。よほど霊力のある者が壊そうとしない限り壊れないような、強度なやつを。その結界の効果として、結界内にいる人間の事をは結界の外にいる者は視えなくなるし、結界内に侵入することもできないもので、夕鶴の家にしか伝わらない秘術中の秘術を使ったんですよ」


 あ、結界の中にいる者も外のことを視えなくなるんですけどね、と実に分り易く説明をしてくれた睦月さんに私は感心した。よくはわからないがとても大変な術らしい。そんな術を私のために使ってくれた夕鶴君に感謝をしなければ。


「ありがとう、夕鶴君」

「いえ、お礼を言われるほどのことでは…。それにこの結界では帷様を止められないことはわかっておりましたし…帷様はいとも簡単に結界を壊してしまったでしょう?」


 そう言って苦笑した夕鶴君は、帷さまは結界を壊して逃げようとした場合、夕鶴君と睦月さんが帷さまの足止めをする手筈だったのだと告げた。

 それで睦月さんは前方から、夕鶴君は後方から現れたのだと納得した。


「では、そろそろ中に…」

「いや、僕たちは少し外へ出掛ける」


 きっぱりとそう告げた帷さまに夕鶴君と睦月さんが目を丸くした。

 そして私と帷さまを交互に見つめ、二人は顔を見合わせた。

 そんな二人の様子など気にせずに帷さまは「だがおまえたちは…」と続けようとしたのを、睦月さんが手で制す。


「言われなくてもわかっていますって。大丈夫ですよ、そんな野暮なことはいくらオレでもしませんから」

「は?」

「どうぞ、お二人でごゆっくりお過ごしください」


 ではこれで、と睦月さんと夕鶴くんは駆け足で去って行った。

 その様子に帷さまは顔を顰め、「あいつら何か勘違いをしているんじゃないだろうか…」と呟いた。


「…まあ、いい。好都合だ。環、さっそく案内を頼む」

「はい、お任せください」


 私は帷さまと共に歩き出す。

 昨晩歩いた道のりを、ゆっくりと歩く。雪の話や温泉の話、そして先ほどの睦月さんと夕鶴君の話など、他愛のない会話をしながらの和やかな道のりとなった。

 こんな風に帷さまと過ごす時間が私はとても好きだ。こうして過ごす時の帷さまの表情はとても柔らかく、きっと帷さまも私と同じ気持ちなのだろうと思えた。


「あの、帷さま」

「なんだ?」

「先ほど言おうと思っていたのですが…帷さま、背が伸びましたね」


 その言葉に帷さまは分り易くびくりと反応をした。

 あまり表情の変わらない帷さまとしては珍しく、見ていてわかるほど劇的に表情を変えた。穏やかな顔から誇らしげな顔に。その黒真珠のような瞳はきらきらと輝いていた。


「そうだろう。これでも二寸ほど伸びたんだ。もう君を見下ろせるぞ」


 誇らしそうにそう告げる帷さまが年相応の少年に見えて微笑ましい。

 私は微笑んで「ええ、そうですね」と頷くと、帷さまはその面を喜色に染めた。


「今に兄上のような長身になれるに違いない。環、覚えているだろうか。僕たちが出会ったばかりの頃、僕は君に告げたな。君を絶対見下ろしてやる、と。どうだ、宣言通りになっただろう?」


 いつになく帷さまは饒舌だ。よほど身長が伸びたことが嬉しかったのだろう。


「ええ、宣言通りですね。さすが帷さまですわ」


 そう褒めると、帷さまはフフン、と言うように笑う。

 そんな会話をしているうちに、目的の場所である小屋へ到着した。

 私と帷さまが顔を見合わせて、扉を叩く。

 すると中から「どうぞ、お入りください」というおゆきさんの声がした。

 私たちが揃って中に入ると、相変わらず雪のように儚い美しさのおゆきさんが微笑んでいた。


「…きっと来るのではないかと、思っておりました。そちらの方は、初めまして、ですね? 私の名はおゆきと申します」


 まるで私たちが来るのをわかっていたかのようなおゆきさんの台詞に、私は戸惑った。

 そんな私の戸惑いを察したのか、帷さまが私の前に出てじっとおゆきさんを見つめた。


「僕の名は帷だ。あなたは…雪女、だな」


 帷さまが言ったその言葉に、私は息を飲んだ。

 しかしおゆきさんはそれに動揺することなく、先ほどと変わらない笑みを浮かべていた。




※一寸=約3センチ


あと一話で環視点が終わり。

最後にもう一話帷視点を入れて、間章終了です。

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