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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第三章 赤い糸と歌劇
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糸の行方

環視点です

「―――これが、僕が犯した罪だ」

「そんなことが…珠緒と聞いた時に祖母と同じ名だとは思っておりましたけれど、まさかおばあ様と、帷さまにそんな関係があったなんて…」


 そう言って私を見つめた帷さまの瞳には、強い自責の念が浮かんでいた。

 話を聞く限り、おばあ様は帷さまにとって母代わりのようなものだったのだろう。そんな存在を、自分の意思とは関係ないとはいえ、自分の手で殺めてしまった帷さまはどれほど辛く苦しい想いをしてきたのだろか。

 今、こうして話せるようになるまで立ち直るのに、どれくらい時間がかかったのだろう。いや、きっとまだ完全に立ち直れてはいないのかもしれない。


「…これでわかっただろう。僕は、本来なら君の婚約者として収まるべきではない存在なんだ。君の祖母を殺したのは、僕なのだから」

「帷さま…」


 私は帷さまを支える腕に力を込めた。

 帷さまは悪くないと、思う。お父様もお母様もそう考えているからこそ、帷さまを私の婚約者として認めたのだろう。きっとその事件は事故のようなものに違いない。

 でも私が帷さまの立場に立てば、きっと同じように思うはずだ。「帷さまは悪くない」なんて、気休めにもならないだろう。

 私は、帷さまになんて言えばいいのだろう?


「だから、僕との婚約を…」

「帷さま。私たちは、幼い頃に会っていたのですね?」


 帷さまの言葉を遮るように私は言った。帷さまは私を訝しげに見つめ、「ああ…」と頷く。

 私は初めて帷さまに出会った時のことを思い出した。あの日、帷さまは「覚えていないのか」と私に質問をしてきて、私はあの時はその意味がわからなかった。けれど、その台詞は幼い頃に会った時のことを言っていたのだろう。

 私は帷さまの話を聞いて、まるで糸を解くかのように、するすると記憶が蘇ってきた。

(そうだわ。私、お父様に連れられて、おばあ様の住んでいるお屋敷へ遊びに行ったことがあった…そこで、綺麗な男の子に助けられて…)

 その男の子が、帷さまだったのだ。なんで今まで思い出せなかったのだろう。


「…あの時はありがとうございました。私はそんな昔から、帷さまに助けて頂いてばかりですね…」

「…いや、そんなことは、ない」

「…私は、帷さまにその恩を何も返せていません。恩を作るだけ作っていなくなってしまうなんて、ずるいですわ」

「…しかし、僕は危険で…」

「帷さまは危険ではありませんわ」


 きっぱりと言い切った私に、帷さまは目を見開く。

 そしてすぐに私を睨み、「どうしてそう言い切れる?」と言う。


「おばあ様はおっしゃっていたのでしょう?『あと数年もすれば完全に制御できるようになる』と。あれから数年、もう経っているのでは?」

「確かに経っているが、僕はまだ…」

「帷さま。そんなに自分を責めて続けても、おばあ様は帰ってきません」


 帷さまの目を見てしっかりと言った私の視線から逃れるように、帷さまは視線を動かす。

 私は帷さまの目を見たまま、続けた。


「本来なら、帷さまはもうすでに力の制御ができるようになっているのではありませんか?だけれど、また力が暴れたらと考えると怖くなって…」

「……君に、僕の何がわかると言うんだ」


 感情を抑えるように呟く帷さまの声は、震えていた。

 キッと私を睨む帷さまの視線を、私は受け止める。


「この力のせいで、何人も傷つけた。珠緒の言う通りに力の制御ができるようになると、自分を信じて鍛錬だって欠かさなかった。それでもこの有り様なんだ。僕は危険な存在だ。その事実は変えようが…」

「…そうやって、帷さまはすぐご自分を否定なさるのですね」

「…なに?」

「私はずっと見てきましたわ。帷さまが努力なさっている姿を。それを見ているから、胸を張って帷さまは危険な存在ではないと言い切れるのです。自分を信じられない気持ちはわかりますわ。私もそうですもの。ですから帷さま、どうか、おばあ様を信じてあげてください」

「珠緒を…?」

「おばあ様は最期に帷さまに『すぐに制御できるようになる』とおっしゃったのですよね?そのおばあ様の言葉を信じてください。帷さまは悪くない、とそう言ったおばあ様を信じてください。私は、帷さまを信じていますわ。帷さまを信じる、私を信じてください」

「……」


 帷さまは目を大きく見開き、呆然とした面持ちで私を見つめた。そして困ったように眉を落とした。


「……君には、敵わないな…」


 そう小さく呟いた帷さまの言葉は私には届かなくて、私は首を傾げた。力が抜けたのか、帷さまの体が大きく傾く。私は全身で帷さまを支えた。

(そうだわ。帷さまは、お熱が…!)

 帷さまの体は先ほどよりも熱い気がする。熱が上がったのかもしれない。


「帷さま、お部屋に戻りましょう。待っていてください、今、睦月さんを…」

「待ってくれ」


 帷さまの体を横たえて睦月さんを呼びに行こうとした私の腕を引いて、帷さまが引き留める。その力はとても弱々しく、帷さまの体調の悪さが伺えた。


「…帷さま?」

「君は……僕で、いいのか?」


 何が、という部分を飛ばしてに帷さまが言う。なんのことだろう、と一瞬考えて、婚約の話だと思い至った私は微笑んだ。


「帷さまが、いいのですわ」


 帷さま()いいのではなく、帷さま()いいのだと伝える。私は帷さま以外の誰かと結ばれる自分の姿を想像することができない。それくらい、帷さまで頭がいっぱいだった。

 きっぱりと答えた私に帷さまは弱々しく「そうか…」と呟いて私の腕を離す。私は「睦月さんを呼んできますわ」と帷さまに断りを入れて部屋を出ようとした時、帷さまが私に声を掛けた。


「環。婚約のことは、またあとで話そう」

「……はい」


 私は頷いて部屋を出て、睦月さんを呼ぶ。睦月さんはすぐに来てくれて、帷さまの肩を支えて部屋へ連れていってくれた。その際に「無茶をするからこうなるんですよ」と小言を言うのを忘れない辺りが睦月さんらしい、と思った。

 部屋に戻って一人になって、先ほど帷さまが話してくださった過去の話を反復する。


 ―――帷さまに、そんな辛い過去があったなんて…。


 人に言いたくない過去があるのだろうとは思っていた。だけれど、こんなに辛いものだとは思わなかった。そして、おばあ様と帷さまの関係も、知らなかった。

 お父様やお母様はもちろんの事、きっと、お兄様も知っているだろう。おばあ様が亡くなった時、お兄様はもうすでに軍に入っていたのだから。知っていて、敢えて私に話をしなかったのは、帷さまのことを慮ってのことに違いない。

 帷さまにはああ言ったけれど、あのような過去があるのならば、自分の力を信じられなくて、自分の力を恐れるようになって当たり前だ。帷さまがそのことを乗り越えるのはとても時間がかかるのだろう。

(…それに、帷さまは婚約を解消するという言葉を、取り消さなかった…あとで話そうとおっしゃったけれど、それはきっと私を説得させるための話ね)

 私はぎゅっと手を握り締めた。

 受け入れるしか、ないのだろうか。帷さまとの婚約解消を。

(それでも、私は…)




 帷さまはそれから三日間寝込んだ。帷さまには睦月さんが付きっきりで看病をし、私は夕鶴君に付き添われて学校へ通った。

 私はあれから一度も帷さまに会っていないし、お父様とも話せていなかった。

 学校が休みの今日、なにをしようかと考えていると、青葉に帷さまが私を呼んでいると伝えられた。

 どくん、と高鳴る胸に私は思わず胸元をぎゅっと掴んだ。しかしそんな内面を表情には一切出さず、「わかったわ」と微笑む。

 行きたくない。そんな想いに蓋をして、私は帷さまの部屋へ足を運んだ。


「帷さま、環です。入ってもよろしいでしょうか?」

「――どうぞ」


 失礼致します、と私は帷さまの部屋に入ると、帷さまは起き上がり本を読んでいたようだった。顔色も大分良くなっていて、私はほっと胸を撫で下ろす。

 帷さまの体調が良くなって良かったと心から思って微笑む。けれど、これから話されることを考えると、どうしてもぎこちない笑みになってしまう。

 帷さまは本に栞を挟み、顔を上げると目を見開いた。


「環、その髪は…?」


 呆然としたように帷さまは呟いた。

 私は先日の一件で、髪が中途半端に切れてしまった。なので、思い切って短く切り揃えてみることにした。

 腰あたりまであった髪は肩くらいまでの長さにしたお蔭で随分と頭が軽くなった。少し首元が寒いような気もするけれど、それは仕方がないことなので我慢をする。


「思い切って短くしてみましたの」

「…僕の、せいだな」


 似合いますか、と言う前に帷さまは表情を硬くして言った。


「せっかく綺麗な髪だったのに…」

「いいのですわ、髪ならすぐ伸びますもの。それに、ちょうどよい機会でしたから」

「ちょうどよい機会…?」

「はい」


 私は帷さまを見つめてにっこりと笑う。上手く笑えているか、自信はない。けれど、どうしても帷さまに伝えたい言葉があった。髪を切ったのは、その言葉を絶対に伝えるという、自分への戒めでもある。髪まで切ったのだから、ちゃんと言わなくては。

 ―――帷さまが、好きです、と。


 婚約の話がどうなるにしても、後悔しないように自分の想いを伝えたい。それが例え帷さまの負担になってしまうとしても、この気持ちを知ってほしい、と思ったのだ。

 私なりにあれから色々と考えて出した結論。今こそ、伝える時に違いない。


「帷さまに、どうしてもお伝えしたいことがあるのです」

「僕に伝えたい事…?」


 訝しげに私を見つめる帷さまの視線に震えそうになる。

 すごく緊張して、怖い。だけど、言うと決めたのだ。だから、ありったけの勇気を振り絞って言わなくては。


「私は、帷さまが、好きです」


 口から出た声は微かに震えていた。

 帷さまの反応を見るのが怖い。だけどもう後には引けない。


「それだけは、どうしても伝えたくて…私…」

「…環」


 なんとか自分の想いを声に出すと、そのあとなんと言えばよいのかわからなくなって、どうしよう、と混乱する。そんな私に、帷さまが優しく呼びかけた。私がビクリと体を震わせ、いつの間にか俯いていた顔を上げると、帷さまは微笑んでいた。


「君の気持ちは、わかっている」

「帷さま…」


 私のこの想いは、わかりやすいものだったのだろうか。ならば、恥ずかしい。改めて言うようなことではなかったのかもしれない。恥ずかしくて、顔がとても熱い。


「僕の事を、弟のように好いてくれているんだろう?」

「………はい?」


 間抜けた声が私の口から零れた。

 しかし、帷さまはわかっている、とばかりに頷き、柔らかい微笑みを浮かべて私を見つめている。

(…もしかして、私の“好き”を家族に対する“好き”と勘違いしていらっしゃるの…?)

 私が呆然としていると、帷さまは私に追い打ちをかけるように言葉をつづけた。


「僕も君のことは、姉…とは少し違う気もするが…妹……そう、妹のように好ましく思っている」

「は、はあ…」


 妹と言った帷さまの言葉に、私は少なくない衝撃を受けた。姉ではなく、妹。私は帷さまよりも年上なのに、帷さまに妹のように思われていたなんて…!なんて、情けない。

 帷さまの無自覚な言葉の刃で私の小さな自尊心がずたずたになった。


「君は僕よりも年上なのに僕がこんなことを言うのはおかしいのかもしれないが、君はとても無邪気で、時折子供のように喜ぶ姿を見ると可愛らしく思う」

「子供…」


 可愛らしいと褒められているはずなのに、傷つく一方なのはなぜなのだろう。

 そのあとも帷さまは私がいかに幼く見えるかを淡々と語り、逆にその淡々とした口調が真実を物語っているように思えて、私はどんどん落ち込んでいく。


「帷様…!そのくらいで勘弁してあげてください…!」


 バン!と勢いよく帷さまの部屋の戸が開いたかと思うと睦月さんが堪えきれないような顔をして現れた。


「環様が可哀想ですので、どうかその辺りで…!」

「…そうか?それよりも睦月。君は、僕たちの会話を盗み聞きしていたな?」

「ぎっく。盗み聞きなんて人聞きの悪い…たまたまですよ」


 あはは、と空笑いをした睦月さんはすぐに顔を引き締めて、「それではお二人でどうぞごゆっくり」と言って俊敏な動作で部屋の戸を閉めた。

 そんな睦月さんを見て帷さまはため息をつく。


「…話が逸れたな。今日、僕が君を呼んだのは婚約の件についてだ」

「…はい」


 私は緩みそうになっていた気持ちを引き締め、姿勢を正した。

 帷さまに伝えることは伝えた。完全に伝わったとはとても言えないけれど、私が帷さまを大切に想っていることは伝わったと思う。それだけで、十分だ。私は返事が欲しくて伝えたわけではないのだから。


「あの日、君と話をしてから僕なりに考えた。考えて、結論を出した」


 私は息をするのも忘れて帷さまを見つめた。

 次に帷様が言う言葉がどんな言葉であれ、私は帷さまの出した結論を受け止めよう。私はぎゅっと拳を握り締めて帷さまの言葉を待った。


「―――環、どうか僕にもう少しだけ、猶予を欲しい」

「…猶予、ですか…?」


 想像していたのと違う言葉に、私は目を丸くして呟く。そんな私の言葉に帷さまはしっかりと頷いた。


「君の婚約者でいられる猶予だ。もう少しだけ、僕に君を護らせて欲しい。…いや、違うな。僕が、君を護りたい。僕を信じてくれる、君を」

「帷さま…」

「あの日、君に信じていると言って貰えて、嬉しかった。僕を信じる君を、信じたい。君は、僕が力を完全に制御できると信じてくれているのだろう?そんな君を、僕は信じる。まだ本調子ではないが、本調子に戻ったらすぐに力の鍛錬を再開する。そして一年以内にこの力を制御できるようになってみせる。だからそれまで…」

「―――いいえ。いいえ、帷さま。そのあとの台詞は必要ありませんわ」

「…なぜ?」

「だって、帷さまは一年後には力を制御できるようになっておりますもの。私にはわかります」

「環…そうか。では、君のその言葉を信じよう」

「…ええ、信じてください」


 私は涙が出そうになるのを堪えて、微笑んだ。

 とても嬉しい。これからも帷さまの傍にいられることが。


「…西園寺公爵には僕から話をしておく。環、もう一度聞きたいのだが」

「なんでしょう?」

「本当に、僕でいいんだな?」

「はい。帷さまが、いいのですわ」


 私がしっかりと頷くと、帷さまは安心したように息を吐いた。

 その時、私はふと左手の小指に違和感を覚えて、左手の小指を見つめた。

 そして、私は目を見開く。


「え…」

「環…?」


 左の小指にしっかりと結びつけられていたはずの白糸が、ゆっくりと消えていく。

 私はそれを止めようと糸に触れようとしたが、糸は私の指をすり抜けた。

(どうして…?)


「環、どうしたんだ?」

「帷さま…糸が。私たちを結ぶ糸が…」

「糸…?」


 帷さまが自分の小指と私の小指を見つめ、私を不思議そうに見つめた。


「何も変わりはないと思うが…」

「え…そんな…だって、私には…」


 そう言って、私はふと思いつく。そしてその思い付きのままに立ち上がり、帷さまの部屋を飛び出した。帷さまの私を呼び止める声が聞こえたが、私はそれに構わず走った。

 そして青葉を見つけると、青葉に駆け寄って青葉の左手の小指を見つめた。青葉は私の突拍子もない行動に戸惑った顔をしていたが、私はそれどころではなかった。


 ―――ない。赤い糸が、ない…!


 つい先ほどまで、確かに結ばれていた赤い糸が消えている。いったい、どうして。

 私はそれからすれ違う人を見つけるたびに左手を見つめた。だけど、誰一人として、糸が結ばれていなかった。


 ―――違う、結ばれていないのではなくて…視えない(、、、、)のだわ…!


 私はへろへろとその場に座り込む。少しして私に影がかかる。


「環、一体急にどうしたんだ?」


 私を心配そうに見つめる帷さまと、睦月さんの姿に私は泣きそうになった。

 そして震える声で、答えた。


「わたし……糸が、視えなくなってしまいました…」




次からほのぼの話! と思っていましたが、もう一話だけ帷視点を挟んで、第三章終了となります。もう一話だけお付き合いください…。

ころころと視点変わって申し訳ありません。次からは第一章や二章と同じような感じに戻ります。

次の話はそんなに重い話にならないと思います。

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