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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第一章 赤い糸と夜会
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恋愛相談と夜会2


 その日、私はとあるご令嬢の相談に乗っていた。

 お父様公認となった恋愛相談は、現在は家の客間で行われている。


「辛いのです…あの人の心はもう私にはないとわかっているのに、この想いを捨てることができないのです…環さま、私はどうすればいいのでしょうか?」


 私は彼女のその問いに、戸惑った。

 今まで私が受けてきた相談は、どちらかと言えば、気になる人と両想いなのかを知りたい、というものばかりだった。

 しかし、今回の相談は毛色が違う。

 私は戸惑ったまま、彼女の小指を見る。

 か細い赤い糸が彼女の小指に絡んでいた。糸の先は切れてしまっている。これは、行き場のない彼女の想いそのものだ。

 私は少し悩んで、彼女を見つめた。


「…ごめんなさい、少し、左手の小指を見せて貰えないかしら」

「え?あ、はい…どうぞ」


 彼女は突然の私の申し出に戸惑った顔をしつつも、素直に私に小指を差し出す。

 白くきれいな指。そんな指にきつく絡んだ赤い糸。

 私は試しに赤い糸に触れてみた。どうやらちゃんと触れるようだ。ならば、この絡まった赤い糸をほどくこともできるのではないだろうか。絡まった赤い糸をほどけば、彼女は前を向けるようになるのでは。

 そう考えた私は、彼女の小指に絡んだ赤い糸をほどき始める。


「あの…環さま?」


 戸惑った彼女の声を無視し、私は赤い糸をほどくことに集中する。

 私は手先が器用だ。だから、複雑に絡んだこの赤い糸をほどくことができる自信があった。

 少しずつほどけていく赤い糸。

 あともう少し。私は集中力をさらに高めて赤い糸をほどく。

 するり、と赤い糸がほどけ、彼女の小指から消えた。

 私はそれを確認したのち、戸惑っている彼女を見つめ、微笑んだ。


「…まじまじと見てしまって、ごめんなさい。とても綺麗な指ね」

「いえそんなこと…」

「ところで先ほどの相談の内容なのだけど…貴女、まだ彼が好き?」

「え…?あ、あら…?どうしてでしょう…先ほどまで彼を想うと苦しくて仕方がなかったのに、今はその苦しみがありません…」


 彼女は胸を押さえて、不思議そうに瞬きを繰り返した。

 私はそんな彼女の様子を見て、微笑む。

 ―――どうやら私の推測は正しかったようだ。


「まあ、そう。きっと、貴女の小指に絡んだ赤い糸がほどけたのね。だからこれから貴女は新しく恋をして、先に進めるわ」

「そうでしょうか…」

「ええ、そうよ。だから、顔を上げて、しゃんと胸を張って歩くといいわ。だって、貴女はこんなにも魅力的なんですもの、今度こそ運命の赤い糸で繋がった方と出会えるわ」

「不思議ですね…環さまにそう言って頂くと、なんだかそんな気がしてきますわ。ありがとうございます、環さま」

「いいえ。またいつでも話をしにいらしてね」


 少しすがすがしい顔をした彼女に、私は貴女に素敵な出会いが訪れますように、と言った。



 彼女を見送ったあと、私は急な眩暈を感じ、倒れそうになる。

 それを慌てて私付きの侍女である青葉が支える。


「お嬢様!」

「青葉…ごめんなさい。急に眩暈が…」

「無理をなさらないでください。さあ、こちらへ」


 青葉に支えられて、私はゆっくりと畳の上に腰を下ろす。

 すかさず青葉が座布団を敷き、横になるように言う。私は青葉の言葉通りに横になり、目をつむる。その間に、青葉は少しでも楽になるように、と私の服を寛がせてくれたり、毛布を持ってきてくれたりと、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。

 しばらくそうしていると、少し気分が落ち着いてきて、起き上がったところで青葉がすっとお茶を出してくれる。少し渋めの濃いお茶を飲み終わると、ほっと息をつく。


「大分良くなったわ。ありがとう、青葉」

「いいえ、お嬢様。これくらい当然です。ですけれど…珍しいですね。お嬢様が眩暈を起こすなんて…」

「そうね…」


 私は顎に手をやり、考える。

 私は健康だ。風邪も滅多に引かないし、貧血にもならない。

 先ほどまではまったく具合も悪くなったのに、突然起こった眩暈。

 なにかいつもと違うことでもしただろうか、と今日の出来事を振り返り、ふと思いつく。

 もしかして、これは赤い糸をほどいた反動だろうか。

 考えてみれば、意識して(・・・・)赤い糸を視る時は疲れを感じるような気がしていた。気のせいだと思っていたが、私のこの考えが合っているならば、それは意識して(・・・・)赤い糸を視たからなのではないだろうか。

 普段から意識しなくても赤い糸は視える。だけど意識して赤い糸を視ると、その赤い糸の繋がった相手の姿が思い浮かぶのだ。今までの恋愛相談は、そうして思い浮かんだ相手の特徴を言ってみてそれが想い人かどうかを確かめていた。

 だけど今回はそうではなく、その赤い糸をほどいたのだ。私になんらかの負荷がかかり、それが原因で眩暈が起こったのではないだろうか。そう考えれば辻褄は合う。

 確かめねば、と私は決意した。


 その日以降、私は赤い糸をどうすることができるのか見極めるべく、積極的に赤い糸に触れていった。

 その結果わかったことは、赤い糸を意識して視れば、その繋がった相手の姿が思い浮かぶということと、切れて絡んだ赤い糸をほどくことができるということの他に、切れかかった糸に触れるだけでその糸を修正することができるということと、赤い糸を千切ったり結んだりということはできないことが判明した。

 これだけ私の力の使い道があるということだ。

 けれどそのうちの、意識して赤い糸視る、以外を行うと必ず眩暈などの体調不良に襲われるため、使いどころを見極めて使わないといけない。

 気を付けよう、と私は改めて思った。



 ある日、私が家に帰ると珍しいことに、お兄様がいた。


「お帰り、環」

「ただいま戻りました、朔夜(さくや)お兄様。…お兄様が家にいらっしゃるなんて、珍しいですね。お仕事が片付いたのですか?」

「ああ、そうなんだよ…って言いたいところだけど、違うんだ。今日は父上に相談事があってね…話が終わり次第、また出るよ」

「まあ、そうなのですか…残念です。久しぶりにお兄様と食事ができると思いましたのに…」

「ごめんな、環。また今度、どこかに食べに行こうか」

「まあ!嬉しいですわ。約束ですよ、お兄様?」

「ああ。俺は約束を守る男だ。どこでも好きなお店に連れていってやる」


 そう言ってお兄様は私の頭を撫でたあと、お父様の書斎の方へ向かって歩き出す。

 お兄様と私は6つ年が離れている。そのためなのか、お兄様は私をとても可愛がってくださり、私もすっかりお兄様っ子になってしまった。

 今はお仕事の都合で滅多に家にいないので、とても寂しい。

 お兄様は現在、軍に勤めている。お父様も軍に所属しており、お兄様はお父様の部下でもある。詳しいことは知らないが、どうやら特殊な部隊にいるようだ。お父様は中央にいて指示を出したり伝令を受け取ったりする役目があるので家にいることが多いが、逆にお兄様はあちこちへ移動することが多いようだ。体を壊してしまわないか、妹としては心配である。

 そしてもうひとつ心配なのが、女性関係である。

 お兄様は妹の贔屓目なしにしても、とても顔立ちが整っている。キリリとした精悍な顔立ちをしており、たまにお兄様が見知らぬ女性に声を掛けられている場面を見かけることもあった。お兄様なら大丈夫だとは思うが、変な女性に引っかからないか気が気ではない。


 お兄様の心配をしつつ私室に入り、小袖に着替える。臙脂色の袴は学校の制服でもあるので、汚したり皺にならないように気を付けている。

 私がほっと一息をついた時、襖を叩く音がしたあと「お嬢様、旦那様がお呼びです。書斎まで来るように、と」という青葉の声が聞こえた。私は「わかったわ」と答え、部屋を出てお父様の書斎に向かう。

 例のお手伝いの話かしら、と考えつつお父様の書斎の扉を叩く。


「お父様、環です」

「ああ、待っていたよ。入りなさい」

「はい。失礼致します」


 私が書斎に入ると、椅子に座ったお父様とお父様の向かいに立っているお兄様がこちらを振り向く。

 なぜお兄様が、と一瞬考えたが、そういえばお父様の書斎にお兄様が向かっていくのを先ほど見かけたばかりだった、と思い出す。

 お父様はにっこりと私を見て笑い、お兄様は反対に渋面を作る。私はそんな対照的な二人の表情に首を傾げながらお父様に問いかける。


「お父様、お話とはなんでしょうか」

「ああ、手伝って貰いたいことがあるって言っただろう。その話だ」

「父上。やはり環に頼むのは…」

「朔夜、そう心配するな。万が一にもないようにきちんと手は打ってある」


 お父様とお兄様の間で交わされるやり取りに私は困惑する。

 お兄様はまだ納得してなさそうな顔をして俯き、お父様は困ったような笑みでお兄様を見つめたあと私を見た。


「…とにかく、これを」


 お父様がそう言って私に手渡してきたのは夜会の招待状だった。

 皇家主催のもので、日付は二週間後になっている。

 この夜会でなにかあるのだろうか?お兄様やお父様が動かないといけないようなことが。


「…これは?」

「おまえにはこれに参加してもらう。そこで、桐彦(きりひこ)様とその婚約者であられる雪乃(ゆきの)嬢に赤い糸が結ばれているか、確かめて貰いたい」

「桐彦さまというと…皇太子であられる、あの桐彦さまですか?」

「ああ、そうだ。最近少し桐彦様の周りに不穏な気配があってね…」

「不穏な気配…?」


 私が首を傾げると、お兄様が補足するように仰った。


「どうやら桐彦様とその側近になる予定の子息たちが一人のご令嬢に揃って執着しておられるようなんだ…皆、婚約者がいるというのに、何をしているのだか…」


 お兄様はため息を吐き、頭が痛そうに額に手を当てる。

 彼らは国の未来を担う若者たちなのだ。そんな若者たちが一人の令嬢に揃って執着しているなどと、あってはならないことだ。婚約者がいるなら、尚更のことである。


「環には、できればそのあたりの様子も見てきてほしいんだ。頼めるかな?」

「ええ、お父様。わかりました」

「雪乃嬢も随分と心を痛めているようだ…あまり交流はないかもしれないが、彼女を励ましてあげておくれ。悪いけど頼んだよ、環」

「はい、お父様」

「環、俺からも頼む。俺もこの夜会に行くつもりだが、仕事の都合上行くのが遅くなりそうなんだ」

「はい、お兄様。私にできることを精一杯やらせて頂きますわ」


 私はしっかりと二人に頷くとお兄様は柔らかく微笑み、私の頭を撫ぜた。そして「無理はしないように」と仰った。

 お父様とお兄様はまだ話があるそうなので、私は一人でお父様の書斎をあとにした。

 そして自分の部屋に戻り机の前に座る。


(雪乃さま、か)

 私は雪乃さまの姿を思い浮かべる。

 雪乃さまは伝統ある華族、それも公爵家のお生まれで、私と同じ公爵令嬢という身分だ。もっとも、家格は雪乃さまの家の方が高い。

 雪乃さまのご実家である、綾小路(あやのこうじ)家は、皇族の流れを汲む家系で、先代の当主の妹君が皇家に嫁がれている。桐彦さまと雪乃さまは従兄妹にあたるのだ。

 お二人と交流はなかったけれど、よくお二人が仲睦まじく一緒にいる場面を度々見かけた。


(最近はお二人が一緒にいる姿を見かけないと思っていたけれど、まさか、桐彦さまが雪乃さま以外の方に懸想をされているなんて…信じられないわ)


 雪乃さまは女の私から見ても美人だ。

 みどりの黒髪を腰まで伸ばし、黒い真珠のような瞳と、右目の下にある黒子がとても色っぽく、色気とは無縁な私にとっては憧れの令嬢だ。

 人望もあり、まるでお手本のようなお嬢様、という印象がある。

 そんな雪乃さまを差し置いて桐彦さまが現を抜かす令嬢というのは、どのような方なのだろうか。



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