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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第二章 赤い糸と恋文
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災い転じて福と成す

 あの事件から何日か経ったあと、雪乃さまと春日さんが私を訪ねて来てくださった。

 本来ならば私が二人の元へ伺うべきなのだろうけれど、外出禁止を帷さまに言い渡されてしまったため、外出ができない。

 その事を知った雪乃さまと春日さんが気を遣って訪ねて来てくださったのだ。

 自分たちの体調はすっかり良くなったから、とおっしゃって。

 雪乃さまたちが訪ねて来て下さるまでの数日、外出できない私は御守り作りに没頭した。

 丁寧に刺繍を施して完成した御守りの出来ばえはなかなかのものだと自画自賛している。


「雪乃さま、春日さん、ようこそいらっしゃいませ」

「お邪魔致します、環さま」


 玄関で二人を出迎えた私に、二人は柔らかく微笑む。

 私は二人を客間に案内し、そのあとすぐに青葉がやってきてお茶とお菓子を出してくれた。

 私たちは温かいお茶を飲みながら、近状を話した。


「春日さん、あのあと、南条さまとどうなさいましたの?」


 気を失った春日さんを南条さまが連れ帰ってくださった。

 そのあと、どうなったのか気になっていたのだ。


「あの時の記憶はあまりないのですけれど…冬弥さまが気を失った私を家まで運んでくださり、私が目を覚ますまで傍にいてくださいましたの。そして…仲直りをしました」

「まあ、そうだったの。それは良かったわ」


 少し恥ずかしそうに私に報告した春日さんに、私は心から安堵した。

 すれ違っていた二人。そのすれ違いにも終止符が打たれたようでなによりだ。


「環さまのお蔭です。環さまが私たちに助言をしてくださったから…冬弥さまも環さまに感謝しておりましたわ。本当に、ありがとうございました」

「いいえ。私はお二人の話を聞いただけですもの。仲直りが出来たのはお二人が歩み寄ったからだわ」


 おめでとう、と私は心から春日さんたちを祝福した。

 春日さんは少し照れながらも、とても幸せそうに微笑み、ありがとうございますと言った。

 二人が丸く収まり、本当に良かった。


「だけど…不思議なことがひとつだけありますの」

「不思議なこと?」


 雪乃さまが聞き返すと、春日さんは小さく頷く。


「ええ。少し前まで冬弥さまと素直に話ができなくて、手紙なら素直な気持ちを伝えられると思って何通か手紙を冬弥さまに送ったのですが、それが最近になって冬弥さまのもとに届いたそうなのです…」

「まあ…」

「不思議ですよね…冬弥さまもなぜ今頃、と首を傾げておりました。ですが、その手紙の返事をするとおっしゃってくださって…」

「あらあら。お二人は以前よりも仲良くなられたようね?」


 からかうようにおっしゃった雪乃さまに、春日さんが顔を赤く染め狼狽える。

 元気な二人の様子に私はふふ、と笑みを零した。


「…以前、雪乃さまも桐彦さまに手紙を出すとおっしゃっていましたけれど、それはどうされましたの?」


 涙目になって狼狽える春日さんが少し可哀想に思い、私は助け船を出す。

 雪乃さまは私のその話に「よくぞ聞いてくれました!」と言わんばかりに目を輝かせ、話し出した。


「ふふ、少し前に手紙を出しましたの。そのあと謎の病に罹ってしまいましたけれど…その時、桐彦さまがすぐに駆けつけてくださって…わたくしが目を覚ますと良かったとおっしゃって、とても安心したように笑ってくださいましたの」

「…あの時、桐彦さまはとても憔悴している様子でしたから…雪乃さまが目を覚まされて、とても喜ばれたと伺っておりますわ」


 あまりの喜びように大変だった、と愚痴をこぼした帷さまの姿が脳裏に浮かぶ。

 桐彦さまは雪乃さまの病が妖怪によるもので、その妖怪を退治したのが帷さまだと知っているので、帷さまにとても感謝されたそうだ。それもう、鬱陶しいくらいだった、と帷さまがついつい愚痴を零してしまうくらいに。

 雪乃さまは私の言葉に少し恥ずかしそうにした。


「環さまと帷さまもお見舞いに来て頂いたと伺っておりますわ。改めて、わざわざありがとうございました」

「いいえ、雪乃さまが元気になられて、本当に良かったですわ」


 私は心からそう言うと、雪乃さまがはにかむ。


「…わたくしが目を覚ましてすぐに、桐彦さまの元へ手紙が届いたそうなのです。桐彦さまはその手紙にすぐ返事をくださって…ふふ、とても嬉しいことばかり書いてありましたわ」


 そう言って惚気話をする雪乃さまに、私と春日さんは顔を見合わせて笑う。

 やがて春日さんも雪乃さまに便乗する形で惚気話をし、私たちは笑い合った。

 そして、雪乃さまは私を見つめ、二人の話を聞いているだけの私に話題を振る。


「…環さまは帷さまへ手紙は…?」

「ああ…私も帷さまに手紙を書きましたわ。日頃お世話になっているお礼を。…きっと今頃帷さまのもとへ届いている頃だと思いますわ」

「え?同じ家に住んでいらっしゃるのに、わざわざ手紙を出したのですか?」


 春日さんの驚いたような表情に、私は苦笑して首を振る。


「いいえ、手紙を出したわけではないの。帷さまは今、少し忙しくしていらっしゃるから、あまり家でも会うことがないのよ。だから、手紙を渡すようにたまたま会ったお兄様に頼んだの」

「…お兄様に、ですか?」

「ええ。最近では、帷さまは私よりもお兄様と顔を合わす時間が長いみたい」


 そう言うと、雪乃さまと春日さんが互いの顔を見合わせ、私の方へぐいっと身を乗り出した。

 そして二人そろって私の手を握る。


「環さま、愚痴があるのならおっしゃってください。貯め込むのは良くないですわ」

「私も、愚痴くらいなら聞けますわ…!」

「え…?あ、あの…?」


 どうしよう。二人はなにか誤解をしているようだ。

 私が戸惑って二人の顔を見比べていると、二人は目合わせをして話し出す。


「環さまは婚約されてから帷さまといつも一緒でしたものね…いつも一緒にいる帷さまが傍にいなくて寂しい気持ち、わかりますわ…」

「はい?」

「私も…冬弥さまと距離ができてしまった時、とても寂しくて哀しくて…辛かったですわ」

「わたくしもそうだったわ…」

「…ええっと。なにか誤解をされているようですが…」

「いいえ!皆までおっしゃらなくても、わかります!今は女しかいないのですもの、この際に婚約者への不満や愚痴を言って、すっきりしましょう。もちろん、言ったことはお互いの心の中にしまって」


 そうして始まった、婚約者への不満大会。

 内容はとても可愛らしいものばかりだったが、これと言って不満が思いつかない私はただ一方的に二人の話を聞いているだけだった。

 もう少し二人で会う時間を作ってほしい、とか、手くらいならば繋いでくれてもいいのではないか、とか、そんな小さな不満を口にする二人の姿は、不満を言っているはずなのにとても幸せそうだった。

 恋し恋される、二人の婚約者との関係。それが少しだけ羨ましい、と私は感じた。


(私と帷さまの関係は、どんな関係なのかしら)

 私たちの関係は、二人のそれとは違うものだと思う。

 少なくとも、私たちの間に恋愛感情はない。

 友人たちに感じる感情とも、家族に感じる感情とも少し違うこの気持ち。

 この気持ちの名はいったいなんと言うのだろう。


 ―――わからない。わからないけれど、これだけは言える。


 私は帷さまを信頼している、と。




 雪乃さまと春日さんが帰られて少しした頃、帷さまが帰宅された。

 少し疲れた様子の帷さまに「ご苦労様です」と声を掛ける。

 帷さまはいつになくのろのろとした動作で私を見つめ、「…ああ」と返事をする。

 なんだろう。なにか、いつもと様子が違う。


「…どうなさいましたの?なんだかとてもお疲れのようですけれど…」

「…少し厄介な…ああいや、なんでもない。大したことではないんだ」


 何かを言いかけてやめた帷さまに私は首を傾げる。

 帷さまは話を逸らすように私に話しかける。


「大分仕事が落ち着いてきた。この分なら二、三日すれば僕の手が空く。そうしたら、君の行きたいところに付き合おう。しばらく不自由な思いをさせたせめてもの詫びだ」

「まあ、本当ですか?嬉しい…」


 私が顔を綻ばせると、帷さま少し口角をあげ、「行きたい所を考えて置いてくれ」と私に言う。

 私はしっかりと頷き、頭の中でどこに行こうかと考え出す。

 少し遠出するのもいいかもしれない。

 私は廊下を歩きながら、帷さまに今日あった出来事を話す。帷さまは静かに私の話を聞いてくださった。

 そして縁側に差し掛かった時、ちょうど綺麗な三日月が空に浮かんでいた。

 気づけば星が輝いていて、日が沈むのが早くなったな、と感じた。

 私が立ち止まり空を眺めていると、帷さまも空を見上げる。


「…もう、冬ですね」

「ああ、そうだな」


 ひんやりと冷たい風が吹く。私はもう少し空を眺めていたくて、帷さまに言う。


「帷さま。私はここで少し夜風に当たります。帷さまは部屋でゆっくりと…」

「いや。僕もここで空を眺めていたいと思っていたところだ」


 そう言って帷さまは縁側に腰を下ろす。私も帷さまの隣に座り、帷さまと共に空を眺めた。

 そしてふっと帷さまが笑いを零した。


「…帷さま?」

「ああ…すまない。少し、昔のことを思い出してな」

「昔のこと、ですか?」

「ああ。幼い頃はよくこうして空を眺めていたんだ」

「まあ、そうでしたの」


 懐かしいな、と目を細める帷さまの横顔は、とても穏やかだった。


「…帷さまは、昔はどのような子どもでしたの?」

「どのような子、か。そうだな…」


 帷さまは私の質問に少し考え込むように俯き、考えがまとまったのか顔を上げて私を見つめると、にやり、と笑った。


「一言で言えば、可愛くない餓鬼(ガキ)だったな」

「可愛くない餓鬼…」


 私が反応に困っていると、帷さまはそれを面白そうに見つめた。


「僕は幼い頃から人には視えないものが視えた。それゆえに、周りから遠ざけられていて、少し人間不信になっていたんだ」


 なんでもないことのように告げた帷さまの台詞に、私は目を見張る。


「そんなある日、とある人物がやって来て、僕に色んな事を教えてくれた。今こうして僕があるのはその人のお蔭だ。僕の恩人とも呼べる人だな。その人と、よくこうして縁側に座って空を眺めた。その時間が、幼い頃の僕は好きだったんだ」


 懐かしそうに目を細めて空を見つめる帷さまに、私の胸が切なく締め付けられた。

 初めて聞いた帷さまの過去の話。

 帷さまは何でもないことのように話したが、幼い頃にそんな仕打ちを受ければ人間不信になるのも当たり前だ。きっと、それは帷さまの心の大きな傷になっているはず。

 帷さまが人と距離を置きたがるのは、そのあたりの過去が原因なのかもしれない。

 私は隣に座る帷さまの手を取った。

 突然の私の行動に、帷さまは目を見開いて私を見つめた。


「…私でよければ、いつでもこうして付き合いますから。空を眺めたくなったらおっしゃってください」

「環…ありがとう」


 帷さまは柔らかく微笑む。

 そうして笑うと、いつも大人びて見える帷さまが、年相応の少年のように見えた。


 ―――いつもそうして笑えば良いのに。


 そう思って帷さまを見つめていると、突然くしゅん、とくしゃみが出た。

 帷さまはくしゃみをした私を見て、少しだけ眉間に皺を寄せる。帷さまの少年らしい笑みが消えたことが私は少し残念に思った。


「…やはり冷えるな。風邪を引くと困る。そろそろ部屋に入ろうか」

「はい」


 私は素直に頷き、帷さまと共に立ち上がる。

 その時、チリン、と鈴の音が庭から聞こえた気がして、私は庭を見渡す。

 庭の方を見つめ動かない私を帷さまは訝しそうに見つめた。


「どうした?」

「今、鈴の音が聞こえた気がしたのですが…どこかの飼い猫でも庭に迷い込んでしまったのかしら…」

「鈴の音…?僕には聞こえなかったが」

「では、きっと私の気のせいですわね。ごめんなさい、早く部屋に戻りましょう」

「ああ」


 帷さまは険しい目で庭を一瞥したあと、歩き出す。

 私も気になったけれど、風邪を引きたくなかったので帷さまに続いて歩く。

 部屋の前で別れる前に、そういえば、と口を開き、帷さまに尋ねる。


「春日さんが以前に出した手紙が最近になって南条さまの元へ届いたそうなのですが…これはやはり文車妖妃のせいなのでしょうか?」

「恐らくな。春日嬢の書いた手紙を媒体にして出現したのだと僕たちは考えている」

「そうですか。それを聞けて、すっきりしましたわ」


 私はすっきりした気持ちで帷さまと別れる。

 部屋の戸を閉める直前、帷さまがぽつりと呟く。

 だけど、私はそれを拾うことはできなかった。





こっそり拍手を設置してみました。

お礼の小話は準備中です…。

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