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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第二章 赤い糸と恋文
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恋愛相談と恋文9

「帷様、睦月さん、ご無沙汰しております。ゆっくりと話をしたいところですが…そんな余裕はなさそうですね」


 そう言って夕鶴と呼ばれたその人は、呻き声を上げて肩に刺さった矢を引き抜こうとしている女性を見つめた。


「ぐっ…この矢は…」

桃木(もものき)から作られた破魔の矢です。そう簡単には抜けませんよ」

「この…っ!よくも…!」


 女性は恐ろしい形相で夕鶴さんを睨み、襲い掛かった。

 夕鶴さんは華麗に飛び上がり、その攻撃を避け、空中で一回転をしつつ矢を何本か放つ。

 女性はそれをなんとか避けるが、その表情は苦痛に歪んでいた。


文車妖妃(ふぐるまようび)


 澄んだ声音で夕鶴さんは呟いた。

 その言葉に女性がぴくり、と反応をする。


「それが貴女の名ですね?」

「……」


 女性は答えず、ただ夕鶴さんを睨む。


「文車妖妃…?」


 聞き慣れない名前に私が首を傾げると、帷さまが説明をしてくださった。


「女性の書いた恋文や手紙に込めたられた怨念が妖怪となり実態を持ったものだ。付喪神(つくもがみ)の一種だともと言われている。手紙が関わる一連の事件は、恐らく奴が引き越したものだ。手紙に込められた想いを喰らい、最初はその想いを叶え、段々と噂を実行する者が増えるに連れ手紙に込められた想いだけではなく、その手紙を書いた人物の精力を喰っていった。その結果、眠ったまま目覚めない者が続出したんだ」

「そうだったのですか…」


 私が感心して頷くと、帷さまは苦笑し睦月さんの傍へ歩み寄る。

 そして私を下ろすと、睦月さんに「環を頼む」と言い、睦月さんが「お任せください」としっかり頷いたのを確認してから私たちに背を向け、歩き出す。

 そして夕鶴さんの隣に並ぶ。


「帷様…」

「夕鶴、援護を頼む。君は本調子ではないのだろう」

「…気づいておられましたか…」

「ああ。霊力が普段よりも少ないからな。僕も君と同じく、本調子ではない。僕一人であれの相手をするのは厳しいが、君が援護をしてくれれば、なんとかなる」

「…承知致しました」


 夕鶴さんが頷く。帷さまは少しだけ口角を上げ、文車妖妃を見つめた。


「僕たちが相手だ。先ほどは後れをとったが、正体を現した今、先ほどのようにはいかない」


 帷さまはそう言うと、地面を蹴り文車妖妃に向かって斬りかかる。

 文車妖妃がそれをサッと避けたところに、矢が降り注ぐ。

 その矢を文車妖妃は避けきれず矢が何本か掠め、呻き声を上げた。

 帷さまはその隙を逃さず、文車妖妃を斬りつける。ギャアアアと悲鳴を上げる文車妖妃。


(―――すごい。息がぴったりだわ…!)


 見事な連携だ。私は目を見開き、帷さまと夕鶴さんの動きを見つめた。

 そんな私を見て睦月さんは文車妖妃と対峙していた時の表情が嘘だったかのように、にやりと笑う。


「息ぴったりでしょう、あの二人」

「ええ…!まるで申し合わせたかのような動きですね」

「付き合いが長いらしいですからね。オレが帷様付きになるより前からの付き合いらしいので…もう十年近い付き合いになるんじゃないですかね。オレも嫉妬するくらい、帷様と夕鶴の連携は素晴らしい。あの二人が組んで負けたところを見たことがないくらいです」

「まあ…それほどなのですか」


 私は睦月さんから帷さまたちに視線を戻す。

 帷さまと夕鶴さんは、まるで互いのしたい事がわかっているかのように動く。そしてお互いの足りない部分を補い合っている。

 阿吽の呼吸とはまさにこの事を指すのではないか、と思えるほどであった。


「帷様!」

「ああ、任せろ!」


 夕鶴さんが帷さまの名を呼び、帷さまはわかっていると言わんばかりに頷く。

 たったそれだけのやり取りで分かり合えるなんて、なんて素晴らしい関係なのだろう。

 私は二人を見て、少し羨ましい、と思った。


「これで止めだ…!」

「アアァアァァァアアア!!」


 帷さまは思い切り文車妖妃を斬りつけた。

 耳を塞ぎたくなるような悲鳴を文車妖妃はあげる。そしてよろよろと後ろに下がり、ぎろり、と帷さまと夕鶴さんを睨みつけた。


「おのれ…!まだまだ精気があのお方には必要だというのに…!おまえたちのせいで…ッ!」

「“あのお方”?」


 帷さまが訝しそうに文車妖妃を見つめる。

 しかし文車妖妃はそれに答えることなく、断末魔を上げて消え去った。

 文車妖妃が消え去ったのを確認すると、帷さまは刀を収める。夕鶴さんも、矢を矢筒へ戻した。


「“あのお方”とは…?黒幕がいるということか…?」


 帷さまはそう呟くと俯いた。私は帷さまに駆け寄る。


「帷さま!」


 帷さまは私の声に顔を上げ、そして駆け寄った私を驚いたように見つめた。


「大丈夫ですか?腕は痛みませんか?」

「あ、ああ…大丈夫だ」


 体を乗り出し帷さまの全身を確認する私に、帷さまは思わず、といった風に後ずさる。

 私は帷さまの全身を見つめ、新たに怪我をしていないことを確認すると、ほっと息を吐いた。

 私たちの様子を見てか、くすくすと笑う声が聞こえ、私は声がした方を振り返る。

 振り返った先には、微笑ましそうに私たちを見つめる夕鶴さんの姿があった。


「…なにが可笑しい」

「いえ…微笑ましく思いまして。帷様、こちらの方が帷様の…?」

「ああ…そうか。君たちは会うのが初めてだったな。環、紹介する。これは僕の古馴染みである雨宮(あまみや)夕鶴(ゆうづる)だ。夕鶴、こちらは僕の婚約者となった西園寺環嬢だ」

「初めまして、環様。夕鶴と申します。以後お見知りおきを」

「初めまして、夕鶴さん。これからよろしくお願い致しますね」


 にっこりと笑い、私たちは挨拶をする。

 そして改めて夕鶴さんを見つめ、本当に綺麗な人だと思った。

 長い睫毛に切れ長の瞳。どこも傷んでいなそうな、さらさらとした長い髪。

 女性なら誰もが羨む容姿を持ったその人を見て、私は聞き辛い疑問が思い浮かんだ。


(夕鶴さんって、男の人?それとも、女の人?)

 じっと顔を見つめても、夕鶴さんは中性的な顔立ちをしているため、顔だけでは性別の見分けがつかない。

 声も女性とも男性とも取れる高さで、私には性別の判断がつかなかった。

 他に性別が判断できそうなところ…と考え、夕鶴さんの全身を見つめる。

 服装は狩衣で、体の線がはっきりしたものではないので、判断はし辛い。

 身長も、一般女性の平均身長である私よりほんの少し高いくらいでとほとんど変わらないので、身長でも判断ができない。

 私が心の中でうんうん唸っていると、そういえば、と思い出したかのように帷さまが口を開く。


「…いつこっちに帰って来たんだ?」

「つい先ほどです。西園寺公爵に挨拶をし、帷様の居場所をお聞きしたところ、西園寺公爵のご自宅にお住まいだと伺いましたので、そちらに行けばお会いできるかと思いやって来たところだったのです」

「そのわりには用意が良いじゃないか」

「なにかあるといけないので。…ああ、そうでした。環様」


 突然名を呼ばれ、思考の海を漂っていた私はハッとして顔を上げる。

 すると、夕鶴さんと目が合い、夕鶴さんはにっこりと微笑んだ。


「本日付で帷様と共に環様の護衛の任に就くことになりました。至らない所が多々あると思いますが、どうぞよろしくお願い致します」


 そう言って夕鶴さんは私の前にかしずいて私の片手を取り、手の甲に口づけた。

 一瞬の出来事に、私は唖然とし、時間差で顔が熱くなる。

 それを見ていた帷さまと睦月さんも目を丸くした。


「なっ…」

「ひゅー。やるなぁ、夕鶴のやつ」


 帷さまは絶句し、睦月さんは感心したように夕鶴さんを見た。

(護衛の任に就くとこうして手に口づけをしなくてはならない決まりでもあるのかしら…?帷さまもそうだったし…)

 私は顔の熱を冷ますように片手で顔を仰いだ。

 そんな私たちの様子に、夕鶴さんは首を傾げて不思議そうな顔をした。


「…何かおかしなことでもしたでしょうか…?帷様が環様の護衛の任に就かれた時もこうしたと聞いたのですが…私の聞き間違いでしたか?」


 不安そうに私たちの顔を見る夕鶴さんに、私はなるほど、と納得をした。

 夕鶴さんは帷さまに倣っただけで、特に意味はないのだ。

 私はその事に安堵をしたのと逆に、帷さまの顔は強張る。

 そんな帷さまを見て睦月さんはにやにやと笑い、夕鶴さんに近づく。


「聞き間違いじゃないぞ、夕鶴くん。オレもそう朔夜様から聞いたからな!」

「そうですか…良かった。なにか失礼な事でもしてしまったのかと思いました」


 ほっと胸を撫で下ろす夕鶴さんに、帷さまは何か言いたそうな顔をして口を開きかけて、やめる。その代わりに無言で睦月さんの足を蹴った。

 睦月さんの足を蹴ったことにより、胸のつかえがとれたのか、ごほん、と帷さまは咳払いをして夕鶴さんと向かい合った。


「夕鶴」

「はい、なんでしょう、帷様」

「僕と君の間柄だから他意はないことはわかる。だが、僕たち以外の者が傍にいて先ほどの光景を見たら勘違いをしてしまう可能性がある。環は僕の婚約者だということを忘れないように」

「ああ…そうですね。申し訳ありません、帷様、環様」

「い、いえ…」


 しゅん、とした様子で謝る夕鶴さんに私は慌てて気にしないようにと言う。

 そして話題を逸らすために、私はにっこりと笑って夕鶴さんに話しかけた。


「ところで、夕鶴さんはおいくつなのですか?」

「私は帷様より一つ上ですので、十五になります」

「まあ、そうでしたの」

「はい。ですが、任務のため神代学園では環様と同学年として扱ってもらえることになっております」

「まあ」

「なんだと…?」


 夕鶴さんの言葉に帷さまはぴくりと反応をする。

 そして眉間に皺を寄せ、夕鶴さんを睨むように見つめた。


「なぜだ。僕の時はだめだと…」

「帷様は皇族の方ですから、そういう裏技を使えないのでしょう。皇家の方は皆の手本となるべき存在ですから。私はただの宮司の家系ですので、その違いではないかと」

「…いやしかし…なぜだろうか。そこはかとなく、誰かの陰謀を感じる…」


 帷さまは少し考えるように俯いたが、すぐに首を振り考えるのをやめたようだ。


「夕鶴の住居はどうするんだ?君も西園寺家に?」

「いえ。私の住まいは別に用意して頂きました。護衛とはいえ、さすがに一緒に暮らすのは外聞がよくないと」

「…なるほど」

「朝一番でお迎えに上がるつもりですが、夜間は帷様と睦月さんに頼ることになります。その代わり、お二人が環様の傍にいれない時は私が付くことになっております」


 どうぞご安心ください、とにっこりと夕鶴さんは笑う。

 帷さまもそれを聞き、「夕鶴が付くなら安心だな」と頷いている。

 私も先ほどの夕鶴さんの動きを見て、相当な弓の使い手であることは素人目ながらにわかったので、夕鶴さんが付いてくれるというのは、正直心強い。

 また今回のような事があった時、頼れる存在がいるというのは有難い。もうこのようなことはないとは、信じたいけれど。


「では、改めてよろしくお願い致しますね、夕鶴さん」

「はい、こちらこそよろしくお願い致します」


 夕鶴さんは礼儀正しく私にお辞儀をしてくれた。

 私もそれに倣い、一礼をして頭を上げた時、くらりとして倒れそうになる。

 それを傍にいた帷さまが支えてくださった。


「…申し訳ありません、帷さま」

「力を使った反動、か。仕方ないな」


 帷さまは苦笑を漏らす。

 いつも力を使うたびに帷さまに支えてもらい、申し訳なく思う。

 いい加減、この力に慣れて体調を崩さないようになりたいけれど、どうすればいいのかわからないし、慣れるのかどうかも謎だ。

 だけど、段々と貧血も軽くなっているので、いつかは体調を崩さなくなるようになる、と信じたい。


 体調を崩した私に気を遣ってくれた帷さまは私を横抱きして、そのまま家まで運んでくださった。

 有難いけれど、恥ずかしい。

 家に帰って出迎えてくれた青葉の、なんともいえない生温かい視線に、私は居たたまれなくなった。

 部屋まで運んでくださった帷さまは、絶対家から出ないようにと私に念を押して睦月さんと夕鶴さんを伴いどこかへ出掛けた。

 少し休んで体調が良くなった私は、今日のことを思い返し、春日さんと南条さまのことを想う。


(お二人は、どうなさったのかしら。後日、お話を聞きに伺おうかしら…)

 そうしようと決め、私は何気なく部屋を見回すと、今日買った物が目に入る。

 そういえば、買い物に行ったのはほんの数時間前のことだった。

 もう何日も前のことのように感じるのは、先ほどの事件がそれほど印象深かったからだろうか。

 日も沈みかけ、私は部屋の行燈に明かりを灯す。

 辺りが温かい、橙色に染まる。行燈の灯を見つめていると、なぜか手紙を書きたい気持ちに駆られた。


(―――今日買った便箋、さっそく使ってしまおうかしら)


 今日買った便箋のうち、一つだけ手に取り封を開ける。

 綺麗な和紙で出来た、可愛らしい装飾のされた便箋。

 私は万年筆を持ち、最初の一文である宛名を書く。

 堅苦しい挨拶は抜きにして、ただ宛名だけを。


『親愛なる私の婚約者さまへ』と―――






誰かの陰謀の『誰か=お兄様』です。

このあと事件の顛末と閑話を2~3話書いて二章終了です。

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