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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第二章 赤い糸と恋文
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恋愛相談と恋文7

「…よく来たな、帷、環嬢も」

「兄上、状況は?」


 少し疲れた様子で桐彦さまは私たちを出迎えた。

 ここは雪乃さまのご実家である、綾小路家の本宅である。

 帷さまに連れてかれるがままについてきた私は困惑していた。


「変わらない。医師に診て貰ったが、原因は不明だと言われた。ただ眠っているだけだと」

「…そうですか」


 歯がゆそうにおっしゃる桐彦さまをよそに、帷さまは考え込むように俯き、そしてすぐに「とにかく、彼女のもとへ案内をして頂けますか」と桐彦さまに言う。

 桐彦さまは静かに頷き「こちらだ」と自ら先頭に立ち案内をしてくださった。

 雪乃さまのお屋敷は重い雰囲気が漂い、すれ違う家の人たちの表情も暗い。なにかあったということはわかるが、そのなにかがわからない。

(桐彦さまがいらっしゃる、ということは雪乃さまに関することなのだろうけど…。なにがあったのかしら)


 やがて部屋の前に桐彦さまは立ち止まり、扉を叩いたあと開ける。私と帷さまは桐彦さまの後に続いて部屋に入った。

 そこは、とても可愛らしい西洋風の部屋だった。お洒落なアンティークが品よく置かれ、可愛らしい小物で溢れている、如何にもお嬢様のお部屋、といった感じの部屋だった。

 部屋の片隅に置かれた大きめのベッドに桐彦さまは近づく。私と帷さまもベッドに近づき、そこで眠る人物を見つめた。


「雪乃さま…?あの、雪乃さまはどうかされたのですか?見たところ外傷はないようですが…もしかして、なにか重い病に罹ってしまわれたのですか?」

「病、か…。そうだな、これは病なんだろう」


 桐彦さまは顔をしかめて頷く。しかし、桐彦さまのおっしゃっている意味がよくわからず、私は隣に立つ帷さまに説明を乞うように見つめた。

 私の視線を受けて帷さまは詳しい状況説明をしてくださった。


「…雪乃嬢は、昨日の夜、原因不明の病に罹った。君も噂は耳にしていただろう?」

「噂…?もしかして、昨日の…?」

「ああ。恐らく、雪乃嬢も噂の病と同じものを患っている」

「そ、そんな…!それでは雪乃さまは…」

「…なにもしなければ、恐らくこのまま眠り続けるだろうな」


 私は目を見開く。桐彦さまは悔しそうに俯いた。


「なぜ雪乃がこんな目に…」

「桐彦さま…」

「こんな時になにもできないとはな…情けない」

「兄上。雪乃嬢のことは僕にお任せください」

「帷…なんとかなる手立てがあるのか?」

「ええ。雪乃嬢から微かに呪力を感じます。先ほど僕は同じ呪力を感じました(、、、、、、、、、)。きっと、彼女を救ってみせます」

「……そうか。おまえを信じよう。頼んだぞ、帷」

「ええ」


 帷さまはしっかり頷き、そして私を見つめた。


「環、頼みたいことがある」

「なんでしょうか?」

「雪乃嬢になにか糸が絡んでいないか視てほしい」

「ええ、それくらいお安い御用ですけれど…帷さまが視た方が早いのでは?」

「僕は君みたいにはっきりと視えるわけではないんだ。強い縁や呪術のものなら視えるが、そうでない細い糸は視ることができない」

「そうだったのですか。わかりましたわ、お任せください」


 私はしっかりと頷き雪乃さまの手を取り、まじまじと綺麗な白い手を見つめる。

 そして、見つけた。本当に細く、よく視ないとわからないくらいか細い黒い糸を。


「…ありましたわ、黒い糸が絡んでいます」

「そうか、やはりな。では、この手紙を視てくれ」


 そう言って帷さまが私に差し出したのは、先ほど帷さまに手渡した春日さんの手紙だった。

 私は首を傾げながら手紙を受け取り、言われた通りに手紙をまじまじと視た。

 すると、先ほどまでわからなかった、なにか黒い糸のようなものが輪になって手紙に巻き付いているのを見つけた。

 私は驚きに目を見開く。この糸は雪乃さまに絡んでいる黒い糸と同じ糸のように視えた。

 思わず私は帷さまを見つめる。すると帷さまがやはりな、という顔をした。


「…これは、どういうことですか、帷さま?」

「つまり、雪乃嬢がこうなった原因は、春日嬢に憑いている妖怪にあるんだろう。雪乃嬢がこうして眠りにつく前、雪乃嬢は手紙を出しに行っていたそうだ。手紙を出しに行って帰って来てから倒れたと聞いている。恐らく、手紙を出す時に知らず知らずのうちに妖怪に呪術を掛けられたのだろう」

「では、ここ最近流れていた、手紙を出すと倒れるという噂は…」

「これも原因は同じだろうな」


 帷さまは難しい顔をして頷く。


「…兄上、来て早々ですが、やることができたので僕たちは失礼します」

「ああ。わざわざすまなかった。俺はもうしばらく雪乃の傍にいる。ちょうど、謹慎中でやることもないしな」


 弱々しく笑みを浮かべた桐彦さまに、帷さまは痛ましそうな表情を一瞬だけ浮かべた。

 だが、すぐに毅然とした表情に戻り、桐彦さまに一礼をすると扉に向かって歩き出す。

 私も慌てて桐彦さまに一礼をし、帷さまの後を追う。

 雪乃さまのお屋敷から出たところで、帷さまは立ち止まり、私を見つめた。


「環、すぐに家に帰るぞ。睦月も今はいないし、僕もやらねばならないことができた。少しの間、大人しく家に居てくれ」

「…そういえば、睦月さんはどちらに?」


 車に乗り込む前までは一緒にいたはずなのに、いつの間にか睦月さんの姿が消えていた。


「睦月にはやってもらいたいことができたので、そちらをやって貰っている」

「そうだったのですか。…なにか、私にも手伝えることはありませんか?」

「無いな。あったとしても、君に手伝ってもらうことはない。君を危険な目には遭わせられない」

「…そうですか。わかりましたわ。雪乃さまと春日さんを、どうか助けてあげてください」


 私は大人しく引き下がる。

 そんな私に、帷さまはしっかりと頷き返した。

 二人のために何かしたいけれど、ただの女学生である私にできることなんてない。

 今私に出来ることは祈ることだけだ。

 私は帷さまに連れられるがまま、大人しく家に帰った。




 私が家に帰り部屋に戻ると、少し前に買った物が部屋の片隅に置かれていた。

 きっと睦月さんが届けてくれたのだろう。

 私は買った物を手に取る。そして銀糸がよく映えそうだと思って購入した黒い生地を取り出す。

 きっと、帷さまはこれから危険な目に遭う。私が直接できることはないけれど、御守りを作ることくらいはできる。

 こんなに早く作るつもりはなかったけれど、少しの間家で大人しくしていなければならないのだから、丁度よい暇つぶしにもなる。

 そう考えて、裁縫箱を取り出そうと立ち上がったところで、戸が叩かれ、青葉が部屋に入って来た。


「お嬢様、お客様がお見えになっております」

「お客様?今日はそんな予定はなかったはずだけれど…どなた?」

「望月春日さまですわ。なんだか酷く慌てた様子で…どうなさいますか?」

「春日さんが?」


 青葉の質問に、私はすぐに答えず少し考え込む。

 春日さんには妖怪が憑いている。今は家に帷さまも睦月さんもいなく、妖怪が憑いている春日さんに私が会っても大丈夫なのだろうか。だけれど、これが良い機会なのも間違いない。

 私は決意をし、青葉に答える。


「お会いするわ。春日さんはどちらに?」

「客間の方に案内しておりますわ」

「そう、すぐ向かうわ。それと、帷さまを呼びに行ってもらえないかしら?」

「帷さまを、ですか?」

「ええ。どこにいるのかはわからないけれど…出来るだけ早く来て頂きたいの。頼める?」

「かしこまりました。すぐに人をやります」

「お願いね」


 青葉はしっかりと頷く。そして一礼をしてどこかに踵を返し立ち去る。

 私はそんな青葉の姿を見送ったあと、客間に向かう。

 戸を叩いたあと、部屋に入る。

 部屋には先ほど会った時よりも蒼白な顔をした春日さんがちょこんと座っていた。


「春日さん、いらっしゃい」

「環さま…突然、申し訳ありません」

「いいのよ。それで、どうなさったの?」

「私…最近おかしいのです」

「おかしい?」

「ええ…時々記憶がなくなったり、感情的になってしまったり…私、どうしてしまったのでしょう…?まるで、自分が自分でないような気がするのです」

「春日さん…」

「環さま…助けてください…!」


 縋るように私を見つめる春日さんに、私は違和感を覚えた。

 そして直感的に感じた。

 これは春日さんではない、と。


「…春日さん。外に行きましょうか。春日さんは混乱されているだけですわ。気分転換をすれば少しは落ち着くと思うの」


 私は優しく春日さんに話しかけ、出来るだけ彼女を刺激しないように接する。

 春日さんは微かに頷き、私は彼女を伴って外に出る。

 あまり家から離れないように気を付けて、あまり建物のない場所へと彼女を誘導する。

 特に良い考えがあったわけではなく、先ほどの強風を家の中で起こされたら家にいる人が怪我をしてしまうかもしれない、と思っての行動だった。

 家から離れなければ、なにかあったとき帷さまがきっと気づいてくださるはず。

 そう考えた私は家の近くの少し開けた場所へ彼女を導く。

 ここには建物がなく、あるのは木だけだ。ここなら強風が起こっても大した被害を出さずに済むだろう。


「春日さん、少しは気分が落ち着いて?」

「…ええ。少し落ち着けました」

「そう、良かったわ。ねえ、春日さん。先ほど郵便箱の前でお会いした時、なにをなさっていたの?」

「あの時は…冬弥さまに手紙を出そうと思って…っ!?」


 私の質問に春日さんが答えた時、彼女は突然頭を抱えだす。

 私は慌てて彼女に近づく。


「春日さん?どうなさいましたの?」

「ああっ…いや、やめて……!」

「春日さん」

「いやああああ!私はっ…私は……っ!環さま、私から離れて!!」

「春日さん!?」


 彼女は思い切り私を突き飛ばし、突き飛ばされた私は地面に倒れる。

 体に痛みが走る。けれど、それを無視し、私は慌てて起き上がり、春日さんを見る。

 春日さんは、額を片手で押さえ、俯いていた。


「ふ…ふふふ」

「春日さん…?」

「やっと…やっと、おまえを食べられる(・・・・・・・)


 そう言って顔を上げ私を見た春日さんの目は紅く輝いていた。

 春日さんらしくない、おぞましい表情をして私を見つめる彼女に、私は後ずさる。


「…ふふ、この女を操りおまえと二人きりになる機会を作ったのは、正解だったようだな。おまえ、とても美味しそう」

「あ、あなた…あなたはいったい…」

「私の名など、知る必要はない。なぜなら、おまえはもうすぐ私に食べられてしまうのだから」


 そう言って口角を上げた春日さんに、私は目を見開く。

 私は逃げようとするが、あり得ないほど素早い動きで彼女は私の前に回り込む。


「逃がさない」

「………っ!」


 じりじりと縮んでいく距離に、私は焦りを覚える。

 どうしよう。どうすればいい。

 必死に考えるがなにも案は浮かばず、やがて私のすぐ目の前に春日さんが迫って来た。


「ふふ、これでおまえは私のもの」

「……あ…」


 私は恐怖に顔が引きつる。

 春日さんの腕が私に伸びてくる。

 私は咄嗟に腕で顔を覆いかぶせ、叫ぶ。


「いやあ!!助けて、帷さま……!」


 にやりと春日さんが笑い、私に触れようとしたその時、なにかがバリンと割れる音が懐からした。

 そして春日さんが低い悲鳴を上げる。

 私が腕を下げ、恐る恐る彼女を見つめると、彼女は私に触れようとしていた手首を押さえ、呻いていた。

 よく見れば、彼女の片手が黒くなっていた。


「おまえ…何を仕込んで…」


 ギロリと私を睨みつける春日さんに、私は懐に帷さまから頂いた鏡をしまっていたことを思いだし、懐から鏡を取り出す。鏡は割れてしまっていた。

 もしかして、この鏡が私を守ってくれたのだろうか。


「ぐっ…だがこれで、おまえに…」

「環!」


 聞き慣れた、掠れた声に私は顔を上げ、声のした方を見る。

 そこには刀を手に持った帷さまが立っていた。


「帷さま!」


 帷さまの姿を見て、私は心から安堵した。

 帷さまは私に駆け寄り、私を庇うように立つ。


「無事か?」

「はい。帷さまに頂いた鏡が護ってくれたようです」

「…そうか。色々言いたい事はあるが、話はあとだ。こいつを片づけなければ」


 そう言って帷さまは春日さんを睨みつけた。




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