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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第二章 赤い糸と恋文
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恋愛相談と恋文6

 いつものように目を覚まし、ふと隣を見てみると帷さまがすやすやと寝息を立てていた。

 私は帷さまを起こさないようにそっと布団から抜け出し、念のため衝立の陰に隠れて出来るだけ物音を立てないように着替えを済ませる。

 そして衝立の陰から出て、帷さまの様子を見ようと帷さまの顔を覗いた時、帷さまの目がゆっくりと開き、私と目が合う。

 しばらくぼんやりと寝惚けたように私を見ていた帷さまに、私はにっこりと笑って挨拶をする。


「おはようございます、帷さま」

「ああ、お早う……ではなく!」


 バサッと帷さまは掛かっていた衾を跳ね除け、勢いよく起き上がる。

 私は目をぱちぱちとさせ、首を傾げる。


「まあ。そんなに慌ててどうなさいまして?」

「『どうなさいまして?』じゃないだろう!なぜ君がここにいるんだ!?」

「なぜとおっしゃられましても…ここは私の部屋ですし…」

「君の部屋…?」


 帷さまは戸惑ったように呟き、急いで周りを見渡し、「なぜ僕が君の部屋に…」と呆然として言った。

 それから間を置かずハッとしたように私を見つめ、渋面を作る。


「…なぜすぐに起こさなかった?」

「起こしました。呼びかけても揺さぶっても起きてくださなかったのですわ」

「…そんなに深く眠っていたのか、僕は…」


 信じられないような顔をして帷さまは俯く。そしてパッと顔を上げ、しかめ面をして私を見つめた。


「君は危機感がなさすぎる!婚約しているとはいえ、年頃の男女が一緒の部屋で寝て、万が一間違いが起こったらどうするんだ?僕だったから良かったようなものの……おい、聞いているのか?」


 眉間に皺を寄せ私に説教する帷さまに、最初こそしおらしく聞いていたけれど、段々と可笑しく思えてきて、私は俯き笑いを堪えた。

 必死で笑いを堪えていると帷さまはさらに眉間の皺を深くして私を睨みつける。私は表情筋を必死に動かし真顔を作って、「聞いておりますわ」と頷いてみせた。

 しかし、帷さまの怒りはまだ解けないようで、くどくどと説教を続ける。

 ついに笑いを堪えきれなくなって、吹き出す。一度吹き出すと笑いが収まらなくなり、私はひたすら笑い続けた。

 そんな私を帷さまは睨む。


「…なにが可笑しい?」

「いえ…帷さまに怒られているのが、なんだかとても新鮮で…ふふ。ごめんなさい、気分を悪くされたでしょうか?」

「…もういい。僕は部屋に戻る」


 脱力したように肩を落とし、帷さまは立ち上がる。

 その時、ぽとん、と何か落ちる音がして私は下を見回す。帷さまのすぐ近くに金色の(ボタン)が落ちていたのを拾い、帷さまの服を見つめる。

 帷さまは白い軍服を着たままだった。その飾り釦が一つ取れたようだった。帷さまは私の手にある釦を見て、ため息を零す。


「またか。最近よく取れるな…」


 また釦を付けなければ、と億劫そうに呟く帷さまに私はおずおずと声を掛ける。


「あの、帷さま。よろしければ、私が釦を付け直して差し上げましょうか?」

「君が?」


 少し疑わしそうな目で私を見つめる帷さまに、心外だわ、と思いつつも自信たっぷりに頷く。


「ええ。こう見ても私、お裁縫は得意なのです。またお掛けになってくださいまし。今、裁縫箱を持って参りますから」


 私は帷さまに座るように言い、裁縫箱を取りに部屋の片隅にある箪笥(たんす)抽斗(ひきだし)を開ける。

 使い込んだ裁縫箱を手に持って私は帷さまの元に戻り、帷さまに軍服を脱ぐように言う。

 帷さまはまだ疑わしそうに私を見ていたが、大人しく軍服を脱ぎ、私に差し出す。私は軍服を受け取ると、針と取り出し糸を通して釦の取り付けにかかる。

 手際良く釦付けをする私に、帷さまは感心したように息を漏らす。

 幾ばくもかからないうちに釦をつけ終え、私は軍服を帷さまにお返しした。


「はい、どうぞ」

「…ああ、ありがとう。早いな」

「ふふ、お裁縫の速さと正確さだけは自身がありますの。また釦が取れたらおっしゃってくださいな。釦つけくらいならいつでもしますわ」

「ああ。その時はまた頼む」


 帷さまは微かに微笑み、軍服を着た時、部屋の外から明るい声が聞こえた。


「おはようございますー!環様、起きていらっしゃいますか?」

「え、ええ。おはようございます、睦月さん」

「今着替えている最中とかではありませんよね?そんな気配しないしな。というわけでお邪魔しますー」


 待って、と声を掛ける前に部屋の引き戸が開かれる。


「朝早くにすみません。帷様を見かけませんでし…え?」


 にこにこと笑顔を浮かべる睦月さんも、部屋の中を見るなりその顔を強張らせる。しかし、すぐにさっと笑顔を作った。


「……帷様を見かけませんでしたか、と聞きにきたのですが…そうですか。ここにいらしたんですね、帷様。いやあ、やっぱり帷様も男でしたか。この睦月、感銘致しました」

「……おい、何か勘違いをしていないか?」

「いえいえ!皆までおっしゃらなくてもいいんですよ!あとでじっくり根ほり葉ほり聞かせて頂きますから!では、お邪魔しましたーどうぞ二人でごゆっくりー」


 そう言って戸を閉めようとする睦月さんに帷さまは冷ややかな目を送る。


「…誤解しているようだが」


 帷さまのいつもよりも低く、そして冷たい声音に睦月さんの戸を閉める手が止まる。


「おまえの期待するような事は起こっていない。残念だったな?」

「またまたぁ~!一つの部屋に年頃の男女が二人きりでなにも起こっていないなんてそんなことあるわけないじゃないですか!なにもしないだなんてそんなの男じゃ…」


 睦月さんの台詞が途中で途切れる。帷さまを見る睦月さんの額に汗が浮かぶ。

 帷さまはとても綺麗な笑顔で睦月さんを見つめ、台詞の続きを促す。


「なんだ?その続きを言ってみろ」

「え…いえ、その…とても紳士ですね?」

「明らかに先ほどの台詞とは違うようだが?」

「そうですか?気のせいじゃないですかね?あはは」


 乾いた笑い声を上げる睦月さんを、帷さまは冷ややかに見つめた。


「…どうやら、おまえとはゆっくり話をしないといけないようだ」

「いえ、オレは別に話すことなんて…」


 もごもごと言う睦月さんを帷さまは華麗に無視し、私の方を見る。


「環。釦を付けてくれてありがとう、助かった。また頼む」

「いいえ。これくらいお安い御用ですわ」

「…それと、すまなかった。今後はこういうことがないように気を付ける」

「いえ…今回は私が悪いのですわ。帷さまは悪くありません」

「……これからは君に言えることはきちんと伝えるようにする。今はまだ言えることがないが…言えるようになるまで待ってくれ」

「あ…はい、お待ちしております」


 帷さまは私を見つめ、ふっと柔らかく微笑み、睦月さんを引きずり部屋に戻っていった。

「すみませんすみません、調子に乗りました許してくださいぃ!」と叫ぶ睦月さんの声が聞こえる。私は帷さまと睦月さんのやり取りに笑みを零す。

 そして帷さまに掛けていた衾を片づけようと手に取る。

 まだ温かい。帷さまの体温が衾に残っているようだった。

(帷さまの、匂いがする。匂いが移ってしまったのね)

 私はぎゅっと衾を抱きしめる。

 なんだか少し変態みたい、なんて思いながら。




 昼食を食べ終わり未の刻になった頃、私は便箋を買いに行こうと思い、帷さまの部屋を訪ねた。だがしかし、帷さまは不在だったようで、代わりに睦月さんが買い物に付き合ってくれることになった。

 前に帷さまに頂いた鏡をきちんと懐に入れて出掛ける。


 睦月さんは少しげっそりとしていて、いつもよりも元気がなかった。

 一体帷さまとどんな話をしたのだろうか。

 聞きたいような、聞くのが怖いような、複雑な気持ちになったので、私は聞くのをやめた。

 げっそりとした様子ながらも、睦月さんは笑顔で私に問いかける。


「どこに行きましょうか、環様?」

「そうですね…百貨店の中に、確か雑貨を扱っているお店があったと思うので、百貨店に行きましょうか」

「了解です」


 睦月さんと並び歩き、百貨店を目指す。軍服を着ている睦月さんとただの少女である私の組み合わせが珍しいのか、百貨店に向かう道中にあちこちから視線を感じた。

 注目を浴びながらも百貨店に着き、雑貨を扱っている店に入り便箋を見ていく。気に入った数種類の便箋を購入し満足していると、ふと綺麗な銀糸が目に入る。

 その糸を見て、どうしてか帷さまの顔が思い浮かんだ。


(帷さまに日頃お世話になっているお礼に、この銀糸で何か刺繍をするのもいいかもしれないわ)

 帷さまの仕事は危険なものが多い。それこそ、小さな怪我が絶えないようなものばかり。だから御守りを作ってみたらどうだろうか。その御守りにこの銀糸で刺繍をする。

 なんだかとても良い考えのような気がして、私は銀糸が映えそうな生地を探し、銀糸と一緒に購入する。

 とても良い買い物をした、と満足して私たちは店を出て帰路へ着く。

 その途中にある郵便箱の前で見知った顔を見かけて、私は立ち止まる。


「環様?どうかしました?」

「あそこにいる方なのですけれど…知り合いのような気がして」

「知り合いですか。なら声を掛けてみたらどうですか?」

「ええ、そうします」


 私は郵便箱の前に立っている人に声を掛けるため、近づく。

 近づく私に気づいたのか、その人が振り返った。


「た、まきさま…?」

「ああ、やっぱり春日さんでしたのね。ごきげんよう、どなたかに手紙を?」


 私はにっこりと笑い、春日さんに挨拶をする。

 春日さんは以前お会いした時よりも痩せ、蒼白な顔をして縋るように私を見つめた。

 様子の可笑しい春日さんに私は戸惑う。一体どうしたのだろう。


「環さま…!わたし…わたし…!」

「どうかされましたの?とりあえず、落ち着いて…」

「私…大変なことを……ああ、だめ…来ないで…!」

「春日さん?」

「環さま、私から離れて!!(、、、、、、、、)

「環様!」


 春日さんがそう叫ぶと同時に、睦月さんが吊り下げていた刀を抜き庇うように私の前に立つ。

 そして甲高い悲鳴が上がり、ごうっと強い風が巻き起こる。私は腕で顔を覆い、目をつむる。やがて風が収まり恐る恐る目を開けると、春日さんが立っていた場所に春日さんの姿はなくなっていた。


「消えた…?」

「環様、お怪我はありませんか?」

「ええ、私は大丈夫です。睦月さんこそお怪我は?」

「オレも怪我はありません。しかし、今のは一体…」


 睦月さんが珍しく険しい表情をする。

 私は春日さんがいた場所をじっと見つめ、何か落ちていることに気づく。

 拾ってみると、それは白い封筒だった。宛名は“南条冬弥”となっていた。裏を返し差出人の名前を見れば“望月春日”と書かれていた。


「手紙…?どうしてここに…」

「環!睦月!」


 聞き慣れた声に呼ばれ、私は声の方を向く。

 帷さまが急いだ様子でこちらへ走って来る。


「二人とも無事だったか」

「ええ、なんとか」


 睦月さんは帷さまの姿を見て心なしかほっとしたような表情を浮かべる。しかしすぐに真顔になり、先ほど起こった現象を帷さまに説明をし出す。


「強風が起こり、春日嬢が消えた…か」


 帷さまは説明を聞くと、難しい顔をして考え込む。そして訝しげに私を見た。


「…環はなにを見ているんだ?」

「手紙ですわ。春日さんが落としていったようです」

「手紙?少し貸してくれないか」


 私は頷き、手紙を帷さまに手渡す。

 帷さまは手紙の表と裏を見て、じっと手紙を見つめる。


「…微かだが、呪力を感じるな。間違いなく春日嬢に憑いた妖怪の仕業だろう」

「そんな…春日さんはどうなるのですか?」

「このままでいけば精力を搾り取られ、死に至るか生きる屍と化すだろうな」

「そんな…!どうしたら…」

「…そうだな、君ならあるいは…いや」


 帷さまは考え込むようにしていたが、やがて首を振る。


「急がなくてはならないのは間違いないが、今すぐどうにかなるというほどでもなさそうだ。とりあえず、彼女のことはもう少し調べを進めてから、だな。それよりも、環」

「は、はい。なんでしょう?」

「君は、雪乃嬢と付き合いがあったな?」

「ええ、ありますけれど…それがどうかしまして?」

「…詳しくはあとで話す。とにかく今は僕について来てくれ」


 私はよくわからないながらも頷き、帷さまのあとに続く。

 帷さまは黒い車の前に立ち、車の扉を開く。

 私は目を大きく見開き、帷さまと車を交互に見つめる。


「…帷さま、これは?」

「皇家所有の車だ。乗ってくれ、兄上がお待ちだ」


 帷さまの言葉に私は息を飲む。

 何か悪い事が起こっている、そんな予感を感じながら私は帷さまに促されるまま車に乗り込んだ。




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