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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第二章 赤い糸と恋文
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恋愛相談と恋文5


 私は帷さまに対して複雑な想いを抱きつつ、いつもと変わらない日々を過ごしていた。

 そんなある日、友人たちが神妙な顔をして何か話をしているのを見かけた。


「皆さん、どうされたの?そんな暗い顔をされて…」

「環さま」

「実は…隣の組の佳代(かよ)さんが、突然病に倒れたそうなのです」

「まあ、そうなの。病状は?」

「ただ眠っているだけなのだそうですけれど…なにをしても目覚めないそうなのです。それに時々、苦しそうにうなされるそうで…」

「まあ…少し心配ね…」

「ええ。佳代さんの他にも何人かそういう症状の方がいらっしゃるそうで…怖いですね、と今話をしていましたの」

「…他にもいらっしゃるの?」

「ええ。あまり接点のない方々なのですけれど…ただ、倒れる前の日に手紙を出すと仰っていたというのはどなたも同じなそうで…何かの呪いではないかしら、と皆噂しているのですわ」

「手紙を…そうなの。では、私たちも気を付けなくてはならないわね」

「ええ、そうですわね」


 私は友人たちと話ながら、帷さまの聞きたい手紙に関する噂というのはこれの事かしら、と考える。もしそうなら、帷さまに知らせなければ。

 そう思っていたのに、その日、帰りに帷さまが私を迎えに来られなかった。

 代わりに、見知らぬ男子生徒が私を呼んだ。


「西園寺公爵令嬢、環様でいらっしゃいますか?」

「ええ、そうだけれど。私になにかご用?」

「帷様より伝言を預かっております。『急用ができたため、今日は一緒に帰れない。睦月が迎えに来ているはずだから、睦月と一緒に帰るように』とのことです」

「…まあ、そうなの。わざわざありがとう」

「いえ。では自分はこれで」


 私は彼を見送り、ため息を零す。

(せっかく手紙の噂話を聞いたのに…)

 でも急用ができたのなら、仕方ない。私は荷物を手に持ち教室を出て、校門へ向かって歩き出す。

 一人で歩いていると知り合いが「あら、環さま。今日はお一人ですか?」と不思議そうに尋ねてくる。私は苦笑を浮かべて「ええ、そうなの。帷さまに急用ができてしまったみたい」と答え、ごきげんよう、と別れを告げる。そのやり取りを十回以上繰り返し、ようやく辿り着いた校門で、睦月さんが女学生に囲まれていた。


「――まあ、睦月さまは帷さま付きの方でしたの?」

「ええ、そうなんです」

「では、近衛師団の所属をされているのですか?」

「ええ、まあ。下っ端ですけれど」

「まあ!まだお若いのに、睦月さまは優秀なのですね」

「いえ、それほどでも」


 にこにこと愛想よく令嬢たちに答える睦月さんに、私は苦笑する。

 私に気づいた睦月さんは、私を見てにっこりと笑い、自分を囲んでいる令嬢たちに別れを告げ、私の元へやって来ると、ピシリと綺麗に敬礼をした。


「お疲れ様です、環様。お迎えに上がりました」

「ええ、わざわざありがとうございます。では、帰りましょうか」

「はっ」


 いつになく芝居のかかった口調で言う睦月さんが可笑しくて、笑いそうになるがぐっと堪えてすまし顔で歩き出す。そして睦月さんを囲んでいた令嬢たちに「皆さん、ご機嫌よう」とにこやかに挨拶をして校門を出る。

 そしてしばらく歩いたところで、堪えきれなくなって笑いだす。

 笑い出した私に睦月さんは肩を竦めて、嘆くように言う。


「そんなに笑わないでくださいよ、環様」

「ふふっ…ごめんなさい。でも、格好つけていらっしゃる睦月さんが見慣れなくて…ふふ」

「そんなに可笑しかったですか、オレ?」

「ええ、まあ」

「そこは否定してくださいよ~」


 情けない声を出す睦月さんに、更に私は笑い出す。そんな私を困ったように少しの間見つめていた睦月さんは、やがてふっと柔らかい笑みを浮かべた。


「……まあ、良かったです。最近、環様はなにか思い悩んでいらっしゃるように見受けられたので、これで少しでも気が晴れたなら笑われた甲斐があったというものです」

「あ…」


 私は目を見開いて睦月さんを見つめる。


「態度に出ていました?態度に出さないように気を付けていたつもりなのですけれど…」

「いえ。よく見ていなければわからない程度のものでしたよ。オレは職業柄、というか病気みたいなもので、警護対象である環様をよく見ていたのでわかっただけですよ」

「…そう」

「帷様も気づいておられたようですよ?『何か悩んでいるようだから環の気を紛らわせてやってくれ』とおっしゃってましたし」

「…帷さまが?」

「あの人、あれでも環様のことを気にしておられてますからね。少しの変化も見逃さないように」

「……」


 私はなんと答えればいいのかわからず、手に持っていた鞄をぎゅうっと握った。

 帷さまの優しさを勘繰ってしまうことへの罪悪感が膨れる。

 私の知らないところで、ほとんどの人が気づかないような変化に気づいて気を遣ってくれる。そんな優しい帷さまを疑う私は、なんて罪深いのだろう。

 私のことを帷さまがどう思っているかだなんてそんなことを考えず、ただ帷さまが私に与えてくれる優しさだけを信じれば良かったのに。


「…環様?どうされました?なにかオレ変なことでも…?」

「いいえ。ちょっと自己嫌悪をしていただけですわ。お気になさらず」

「自己嫌悪…?」

「こちらの話です」


 はあ、と睦月さんは戸惑ったように私を見つめ、少し考え込んだ。そしてにっこりと笑い、私に告げた。


「ははーん。環様は、帷様が信じられないのでしょう?」

「えっ」

「図星ですか。やっぱりなー」


 くっくっと楽しそうに笑う睦月さんに、私はしまった、と顔を歪める。

 そんな私と楽しそうに睦月さんは見つめたあと、真面目な顔をして言った。


「まあ、無理に帷様を信じろ、なんてオレは言いません。帷様は秘密主義ですし、信じられないのも当然でしょう。あの方はすべて自分で抱え込んでしまうきらいがある。少しは他人(ひと)を信じればいいのに、とは思いますが、まあ生い立ちが生い立ちですしすぐには無理なんでしょう」

「帷さまの、生い立ち、ですか?」

「それに関してはオレが言っていいことではないので言いません。だけど、環様。これはだけは自信を持ってオレは言えますよ」


 自信満々な顔をして、睦月さんは言い切った。


「帷様はどうしようもないくらい、お人好しで優しくて、すごく臆病なんです。でも、帷様は信用できる方です。絶対に、環様を裏切るようなことはしません」


 私は息を飲む。そして、強張っていた表情を緩めた。


「――ええ、そうですね」


 私がそう言って微笑むと、睦月さんも満足げに頷く。そして「早く帰りましょうか」と私に言って、私たちは家に向かってまた歩き出した。

 私の足取りは、先ほどよりもほんの少し軽くなったような気がした。




 その日、私は帷さまが帰宅するのを待つことに決めた。幸い、明日は学校が休みだ。少しくらい夜更かしをしても大丈夫。

 夕飯を食べ終わりお風呂に入っても帷さまは帰って来られなかった。私は風邪をひかないように温かい格好をし、行燈の()で読み途中だった本を読みながら帷さまが帰って来られるのを待った。


 亥の刻くらいに小さな物音が聞こえ、私は目を覚ます。どうやら眠ってしまっていたようだ。

 慌てて部屋から出ると、ちょうど帷さまが部屋に入ろうとされていた。私が帷さまに声を掛けると、帷さまは驚いたように私を見つめ、そして顔をしかめた。


「こんな遅くまで起きているとは…風邪をひいたらどうするんだ」

「申し訳ありません。どうしても、帷さまにお話したいことがありまして」

「話したいこと?」


 帷さまは怪訝そうに私を見つめた。私はしっかりと頷き、「お疲れかもしれませんが、どうしても聞いて頂きたいのです」と帷さまに訴える。


「だがしかし…」

「お願いします、帷さま」

「………わかった。話を聞こう」

「ありがとうございます。私の部屋へどうぞ。多少は温かいと思いますので」

「え」


 帷さまを私の部屋に招くと、帷さまは見事に固まった。

 なんだろう。変なことでも言っただろうか。そう思って自分の台詞を思い出したが、変なことは言っていない。

 私は首を傾げながら、「帷さま、どうぞ?」と帷さまの手を少し強引に引っ張り、部屋に招き入れた。帷さまはぎくしゃくした動きで私の部屋に入る。

 私は座布団を敷いて「こちらへお掛けください」と帷さまを促す。帷さまは言われるがまま座布団に座った。

 そして私は帷さまの真向かいに腰を下ろした。

 帷さまは落ち着かなそうにしていたが少しして平静を取り戻せたようで、「それで、話とは?」と切り出した。


「ええ。今日、手紙に関する噂を聞きましたの」

「それは、どんな噂なんだ?」


 帷さまは真面目な顔をして、私を見つめる。私はしっかりと帷さまの目を見つめて、今日聞いた噂を帷さまに教えた。


「―――目を覚まさない、謎の病、か」


 帷さまは腕を組んで目をつむり、考え込む。少しの間そうして目を開き、少し眉間に皺を寄せて私を見つめた。


「教えてくれてありがとう。だが、これを言うのは明日でも良かっただろう。わざわざ夜更かしをしてまで言うことでは…」

「違うのです。これも確かに帷さまに聞いて頂きたいことではありましたけれど、一番聞いて貰いたいことはこれではないのです」

「これでは、ない?」


 帷さまは戸惑った顔をする。私は真剣な顔で頷き、姿勢を正して口を開く。


「帷さま…帷さまは、私に隠している事がありますよね?」

「……急になにを」

「誤魔化さないでください」


 誤魔化そうとした帷さまの言葉を遮り、私は言った。帷さまは困った顔をするが、私はここで引き下がるつもりはなかった。

 帷さまの視線と私の視線がぶつかる。しばらく睨み合うようにお互いを見つめたが、耐えかねたように先に視線を逸らしたのは帷さまだった。


「…確かに、僕は君に隠している事がある。だがそれを君に教えるつもりは…」

「…いいのです。別に無理に教えて貰おうなんて、思っておりません。お仕事の関係もあるのでしょうし…ただ、知りたかったのです。帷さまが私に言えないことがある、ということを」

「どういうことだ?」

「ただの私の気持ちの問題ですわ。隠し事があるということを帷さまの口から聞きたかったのです。言えないことがあるなら無理に言ってほしいとは言いません。けれど、私がその言えないことを尋ねたら、きちんと“言えない”とおっしゃってほしいのです。そう言われれば、私は勝手に自分で折り合いをつけて納得をします。ですから、どうか誤魔化さないでください」

「…環」

「帷さまがどんなことを隠しているのか、私には想像もつきません。けれど、こうして婚約者として縁が結ばれたのですもの。帷さまのことを知りたい、と思うのです」


 私は真っ直ぐに帷さまの瞳を見て言い切った。

 帷さまは目を見開き、私を見ている。まるで信じられないものを見たかのような顔をしていた。


「僕のことを、知りたい?」

「はい。……いけないでしょうか?」


 私がそう問いかけると、帷さまは俯いた。そして、私の問いには答えず、言う。


「……話したいこととは、それだけか?」

「え?」

「なら僕は部屋に戻る」


 そう言って立ち上がった帷さまを私は慌てて呼び止めて、その袖を掴む。


「お待ちください!まだ私の…」

「…君が僕のことを知る必要はない。僕のことなど、知らない方がいい」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。それと…」


 帷さまは袖を掴む私を見つめた。その目は私を映しているはずなのに、私のことなんて見ていないような目をして、冷たい笑みを浮かべる。


「僕も一応男だ。こんな夜遅い時間に自室に僕を招き、呼び止める。それがどういう意味かわかっているのか?」

「え…」


 どん、と背中に衝撃を感じた。何が起こったのか、よくわからない。私の目の前には帷さまの綺麗な顔があり、帷さまは仰向けになった私の上に覆いかぶさるように乗っていた。


「まだ理解できないのか?」


 冷たく私を見つめ言った帷さまの言葉で、私はようやくこの状況を理解する。

 私は帷さまに、押し倒されているのだ。

 信じられない思いで帷さまを見つめると、帷さまは薄く笑う。


「わかったか?いくら婚約者とはいえ、もう少し警戒心を持て。僕を信用するな」

「帷さま…」


 私の視界が歪み、瞳が潤むのを感じる。

 そんな私を見て、帷さまは表情を変えずに、けれど少しほっとしたような顔をした。


「…これでわかっただろう。僕は最低な人間だ。これからは…」

「違います!」


 突然声を張り上げて言った私を、帷さまは驚いたように見つめる。


「違う?なにがだ?君は恐ろしくて泣いているのだろう?」

「泣いてなんかいませんわ」

「ではその目に浮かぶ雫はなんだ?」

「これは、違うのです。決して、恐ろしくて涙が出たわけではありません」

「…君は…」


 呆れたように私を見つめる帷さまを、私は睨みつける。


「帷さまは、最低な人間なんかではありません。最低な人間が、私が思い悩んでいるのに気づいて、気を配ってくれるでしょうか?私はそうは思いません」

「…なんでそれを…?……睦月か」


 帷さまはしかめっ面をして、「あの馬鹿…余計なことを…」とぶつぶつと睦月さんへの文句を言う。


「…知らない方がいいだなんて、おっしゃらないでください。私は、あなたのことが知りたいのです。いつもいつも、私に必要以上に気を配ってくださる、あなたのことが知りたいのです」

「環……」

「少しずつでいいのです。私は、帷さまのことを知っていきたい…帷さまのことを知って、出来る限りあなたの支えになりたい…そう思うのは、いけないことですか?」

「………っ」


 顔を歪めた帷さまの頬に、私は手を当てる。

 帷さまの頬は夜風に当たっていたせいなのか、とても冷たい。


「帷さま、怖がらないで…私はあなたの婚約者です。成り行きでした婚約ですけれど、私はあなたを支える覚悟はできているつもりです。将来、あなたと夫婦になる覚悟はできています。ですから、いいのですよ」


 私は微笑んで帷さまを見つめた。


「私であなたを慰めることができるなら、慰めてさしあげたい。あなたが望むなら、私は……」

「言うな」


 帷さまはいつもよりも掠れた低い声で私の言葉を遮った。


「それ以上言わないでくれ。……僕は君に甘えてしまう」

「……私の方が年上なのですもの、甘えてもいいのですよ」

「だめだ。…君に甘えることは、僕には赦されない」

「どうして?」

「…今はまだ…その理由は言えない」

「そうですか。では、聞きませんわ。言えるようになったら教えてくださいね?」

「…どうして君は…」


 今にも泣きそうな顔をして帷さまは私を見つめる。まるで迷子になってしまった子どものような顔をしている帷さまを、私はそっと抱き寄せた。すると、帷さまの体がぴくりと揺れる。

 私は優しく帷さまの背中を撫でる。帷さまは最初、体を強張らせていたが、次第に体の力が抜けていく。

 大人しく撫ぜられているな、と思っていると帷さまの体が傾き、私の肩に顔を埋めるようにして倒れ込む。私は驚いて帷さまの顔を見つめると、帷さまは寝息を立てて眠っていた。

 帷さまの体を揺さぶり呼びかけてみるが、帷さまが起きる気配はない。

 私はしばらく帷さまの寝顔を眺め、くすり、と笑みを零す。

(疲れていらっしゃるのね)

 私はそっと帷さまの下から抜け出し、衾を持ってきて、帷さまに掛ける。

 そして少しの間帷さまの寝顔を見つめた。起きている時よりも、寝ている時の方が幼く見えて、なんだか少し微笑ましい。

 そろそろ私も寝なくては、と自分の布団に潜ろうとした時、帷さまが寝言を漏らす。


「……珠緒……僕は…」


 私は思わず帷さまを振り返り、見つめる。

(珠緒って、どなたかしら)

 もしかして、帷さまの想い人だろうか。ならば、私と婚約なんてするべきではなかったのでは。そう考えて、私は帷さまに申し訳なく思った。

(ああ、だから、婚約を解消する、なんて前におっしゃっていたのかしら)

 あの時は口からつい出てしまっただけだと思っていたけれど、本気だったのかもしれない。

 ならば、早く私の力をどうにかしなくては。

 私はそう新たに決意を固める。


 だけど、ほんの少しだけ。胸がちくりと痛んだような気がした。







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