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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第二章 赤い糸と恋文
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恋愛相談と恋文4

「……さま?環さま?」


 私を呼ぶ声に、私ははっとする。

 そうだ。ここは家でなく、学校だった。そして私は友人たちとお喋りをしている最中だった。

 春日さんに妖怪が憑いている。そう帷さまに聞き、それが気になってついつい考え込んでしまった。

(考え込んでも私にできることなんてないのだけど…)

 帷さまにも関わろうとするな、と言われてしまったので、なんとかしてあげたいけれど何もできず、もどかしく感じる。

 そんな思いを心の奥に押しやり、私は友人たちの顔を見て申し訳なさそうな顔をして謝る。


「…ごめんなさい。少しぼんやりしてしまっていたみたいで…。それで、なんのお話だったかしら?」

「大丈夫ですか?最近ぼんやりとしていることが多いようですけれど…なにか心配事でもありまして?」


 友人たちは皆、心配そうな顔をして私を見つめる。私はゆっくりと首を横に振り、「本当になんでもないのよ」と微笑む。

 そんな私を見て友人たちは顔を見合わせ、そして私を見つめた。


「なにかありましたら言ってくださいね?私たちで力になれることなら力になりますから」

「ええ、ありがとう」

「…ですが、環さまの気持ち、なんとなくわかりますわ」

「え?」

「まだ婚約をしたばかりで、その婚約者の方と一緒に暮らしていらっしゃるのですもの。常に緊張感を保って生活せざるを得ない状況なのですから、疲れてしまうのも当然ですわ」

「あ…」


(別に緊張なんてしていないのだけど…)

 ぼんやりとしてしまったのは緊張による疲れなどではなく、別の気になることがあってそれについて考えていたからなのだけど、そんなことを友人たちにわかるはずもなく、「そうですわよね」と納得したように頷く。


「帷さまとはどうですか、環さま?見ている限りとても仲が良いように思いますけれど…」

「そうね…帷さまにはとても良くして頂いているわ。私よりも年下なのに私はいつも帷さまを頼ってばかりで…申し訳なく思っているの」

「殿方は頼って貰えた方が嬉しいのではないでしょうか」

「そうかしら…?」

「そうですわ。『頼って貰えて嬉しい』とよく言われますもの」


 その言葉に、他の婚約者持ちの友人たちは一斉に頷く。

 そういうものなのだろうか、と私が首を傾げていると、友人たちはそこから話題を広げていく。


「だけれど、頼るだけではだめなのよね…きちんと感謝の気持ちを伝えないと」

「そうそう。やって当たり前、なんて態度でいられると何もしたくなくなるそうよ」

「そうよね、私たちでもそう思うもの」

「だから口できちんとお礼を言うようにしていたのだけど…最近は手紙で伝えるのもいいのでは、と思うようになりましたの」

「それはとてもいい考えですわね。口では上手く伝えられないことも手紙なら伝えられますものね」

「この間、婚約者にお礼の手紙を書いたらとても喜んで貰えましたわ」

「まあ、やっぱり」


 友人たちの会話を聞いて、最近“手紙”という言葉をよく耳にするようになったな、と思った。この間、雪乃さまも手紙の話題をされていたし、今、手紙が大流行しているようだ。

 友人たちは手紙の内容の話や可愛い便箋や封筒を売っている店の話で大盛り上がりをしている。


(手紙、ね…。雪乃さまにも勧められたけれど…私も書いてみようかしら)

 ほぼ私と一緒に行動をしている帷さま。常に私に合わせて行動してくれるので私は特に不都合を感じていないけれど、合わせている帷さまは色々大変だろう。

 我が儘をあまり言わないようにしているつもりだけれど、我慢されていることも多いかもしれない。でも帷さまはお優しいから、それを私に言わない。

 そういったことを含めて、一度お礼の手紙を書くのもいいかもしれない。

 近くの窓から外を眺めれば、ちょうど帷さまたちが外に出て体操の授業の準備をされていた。

 動きやすい袴を穿き、黙々と準備をしている帷さま。皇族ということもあってか、それとも帷さまの雰囲気が話しかけづらいのか、帷さまに話しかける人はいないようだった。

 帷さまが神代学園に編入してきたのは私の傍にいるため。もしかしたら、この学園に通うことすら帷さまにとっては負担なのかもしれない。


 でも、と私はふと思う。

(どうして帷さまは私のためにそこまでしてくださるの?)

 私たちは知り合ったばかりで、帷さまが私の傍にいる必要はないはずなのに。ましてや婚約者にまでなって住む場所を変えてまで、私を守る必要があるとは思えない。

 最初から帷さまは私に気を遣ってくださった。帷さまの立場なら私に気を遣う必要なんてないはず。

(どうして、と尋ねれば、帷さまは答えてくださるかしら)

 そう考えて、すぐに答えは出る。答えは否、だ。

 きっと、帷さまは私がそう尋ねてもはぐらかすだろう。


 帷さまが私に隠していることがあるのを知っている。私の力のことを教えてくれても、帷さまの力のことは教えてくれない。

 私の力は特殊だと帷さまはおっしゃった。だけれど、私にできない“糸を断ち切る”ことが出来る帷さまの力も特殊なのではないだろうか。

 その事を一度帷さまに尋ねてみたが、答えてくださらなかった。ただ「僕は大丈夫だ」としかおっしゃらなかった。

 隠し事をしないで欲しい、なんて願わない。だけれど、少しくらい教えてくれてもいいのではないだろうか、と思ってしまう。言える範囲でいいから教えてほしいと思うのは、私の我が儘なのだろうか。

 婚約者のことを知りたい、と思うのは自然なことではないのだろうか?


 一度芽生えた疑念は、私の心に一点の黒い滲みを作った。




 その日の学校帰りに、いつものように帷さまが私を迎えにやって来た。


「環」


 いつものように私の名を呼ぶ帷さまに、私はいつものように微笑んだ。そして友人たちに別れを告げ、帷さまの傍に行く。


「…環?」

「はい、なんでしょう」


 帷さまは私を見て怪訝そうな顔をした。私は笑顔を貼り付けたまま、帷さまを見つめる。


「…いや、なんでもない。帰るぞ」

「はい」


 先に歩き出す帷さまの少し後ろを私は歩く。

 いつもと同じ光景。だけど、どうしてだろう。ほんの少し、居心地が悪い。

 いつもなら今日あったことなどを話しながら帰るのに、今日は無言のまま歩く。

 原因は、わかっている。私の心の問題だ。帷さまの優しさに何か理由があるのではないか、と勘繰ってしまっているからだ。

 人の優しさに裏があるのではないかと思ってしまうなんて、なんて私は醜いのだろう。

 だけど、私は帷さまを好ましく思っていた。だからこそ、気づいてしまったこの疑念に動揺してしまった。

 でもこれは私の心の問題で、帷さまは関係ない。それに優しさに裏があると決まったわけではない。

 だから一度この疑念に蓋をして、普段通りに振る舞うべきだ。

 そう思って帷さまに話しかけようと口を開いた時、慌てた声が私を呼んだ。


「環嬢!」


 私が振り返ると、慌てた様子でこちらへ近づいてくる南条さまの姿が目に入る。

 南条さまがそんなに慌てた姿を見せるなんて、珍しい。


「まあ、そんなに慌ててどうかされまして?」

「…追いついて良かった…。貴女に聞きたいことがありまして、お時間を頂いても?」

「聞きたいこと?」


 私はいつの間にか私の傍に来ていた帷さまにちらりと視線を送ると、帷さまはじっと南条さまを見つめたまま頷く。

 南条さまは帷さまが頷いたのを見て、「ではどこか店に入りましょう」と言って歩き出したので、私と帷さまはそれに続いた。




 近くの甘味処に入ったので、私はさっそくお茶と団子を注文した。学校帰りの甘味は格別に美味しいのだ。帷さまはお茶だけを、南条さまはコーヒーを頼んだ。


「それで、聞きたい事とはなにかしら?」

「環嬢はこの間、春日と会って話をされたとか」

「ええ。うちに来て頂いたけれど…それがどうかしまして?」

「その時の春日の様子を教えて頂きたいのです」

「春日さんの様子…ですか。どうして、とお尋ねしても?」

「…実は…」


 そう言って語りだした南条さまが仰るには、先日、南条さまは春日さんの家にお邪魔し、例の件の謝罪をされたそうだ。

 いつもは困った顔をするだけの春日さんは、その日は毅然とした態度で「今はまだあなたを許せません」と答えらえた。

 そのことに少なからず動揺した南条さまは俯き、「そうか」と言うことしかできなかったが、そんな南条さまに春日さんは優しく微笑んで「ですから、許せるようになるまで待って頂けませんか?そして前と同じように接してください」と仰った。

 南条さまは頷き、その日はそのあと和やかに春日さんとお茶を楽しんで帰られたそうだ。

 だがその後日、お茶の約束をしていたので春日さんの家にお邪魔すると、春日さんの態度が一変していたそうだ。


「『嘘つき!裏切り者!もう顔も見たくないわ!』と言われてしまい…先日の春日の態度とあまりにも違っていて、どちらが彼女の本心なのかわからないのです」

「…ちなみに、例の件以外でそう言われる覚えはあるのかしら?」

「いえ、まったく心当たりがありません」

「そう…」

「その日は諦めて帰って昨日もう一度春日の家を訪ねたのですが、春日は部屋に引きこもり出てこないのです。こんなことは初めてで…」

「私も春日さんと会話をしたとき、彼女の態度が急変して戸惑ったわ。その時に彼女、手紙を寄越さない…と仰っていたのだけど、なにか心当たりは?」

「手紙、ですか?春日から手紙をもらったことなんてありませんが」

「おかしいわね…確かに彼女はそうおっしゃっていたのだけど…」


 私は首を傾げる。南条さまも眉を寄せ、考え込んでいたがやはり思い当たることがなかったようで、首を振る。


「環嬢と会った時も春日の態度が急変したとわかっただけでも良かったです。俺はもう一度彼女に会いに行ってきます。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」


 南条さまはそう言ってコーヒー代を置いたあと、急いだ様子で店から出て行こうとしたとき、黙って話を聞いていた帷さまが口を開く。


「…少し聞きたいのだが」

「なんですか?」

「春日嬢の家の近くに、郵便箱はあるか?」

「郵便箱、ですか?ええ、確かあったと思いますが…」

「そうか。教えてくれてありがとう。早く彼女のもとへ行ってあげるといい」


 南条さまは不思議そうな顔をして帷さまを見たあと、一礼をして店を出て行った。

 それを見送ったあと、帷さまは私を見つめた。


「環」

「なんでしょう」

「最近、手紙を出して怪我をした、という話を聞いた覚えは?」

「手紙を出して怪我…ですか?」

「ああ。別に怪我じゃなくても、なにか不幸なことが遭ったとか、そういうことでもいい」

「そうですね…そういう話は聞いた覚えがありませんけれど、手紙に関する噂なら一つだけ聞きましたわ」

「その噂とは?」

「ええ。なんでも恋文を書いて、満月の夜に月光をたっぷりと浴びせたあとこの恋文を出すと恋が叶うとか。ふふ…とても素敵な噂ですね」

「…恋が叶う…か。関係ないか…いやしかし」

「帷さま?その噂がどうかしまして?」

「いや…気にしないでくれ。これからは手紙に関する噂を聞いたら僕に教えてくれないか?」

「え?ええ、わかりました」

「よろしく頼む」


 そう言ったきり、帷さまは黙り込む。

 なぜ手紙の噂を知りたいのか、その理由は教えてくれない。

(きっと、お仕事に関することなのだろうけど…)

 守秘義務があるから、仕方ないのかもしれない。けれど、教えてくれないのは守秘義務があるだけではないような気がする。

 私は自身の小指に結ばれている白い糸を見つめた。なにも染まっていない、白い糸。ここから、なんとなく帷さまの意思みたいなものを時々感じる。

 ただの気のせいなのかもしれないけれど、私はこれを帷さまの意思だと思っている。

 帷さまは私をできるだけ危険から遠ざけようとしているのを糸から感じる。心配からとかではなく、なにか義務感みたいなもの。


 ―――帷さまは、私のことをどう思っていらっしゃるの?


 そう、聞けたなら楽なのに。

 私はどうしても、その一言が言えずにいる。






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