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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第二章 赤い糸と恋文
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恋愛相談と恋文2

 ひどい、ひどい。どうしてあの人ばかり追いかけるの。

 愛しているって言ってくれたのに、どうして?


 ぐるぐると渦巻く暗い感情に取りこまれそうになる。

 いけない、と自分を叱咤し、けれどあの人と一緒にいる彼の姿を見かけるたびにその暗い感情は大きくなっていく。

 押さえきれないくらい大きくなったこの想いを、紙に書き記す。

 想いの丈を紙にぶつければ、少しだけ気持ちがすっきりした。部屋の行燈(あんどん)の火でその紙を燃やそうとした時、唐突に窓から狐のお面を被った男が現れ、こう言った。


「その想い、俺が貰おうか?」




 ***




 その日は朝から慌ただしかった。

 日が昇らないうちに起こされた。いくら私が早起きでも日が昇らないうちに起きることはほとんどない。

 朝からお風呂に入らされたり、美容に良いとされるものを体中に塗られたりと、忙しない。私は大人しくされるがままだ。

 眠気を堪えつつ、私は自分の身支度が整う様を見つめる。

 今日は帷さまとの婚約のお披露目の日である。身内だけではなく、多くの知り合いや皇族の方まで呼ばれるため、いつもよりも念入りに身支度を整えなければならないのだ。

 白い振袖を身に纏い、いつもよりも丁寧にまとめられた髪に振袖の柄と合わせた蓮の花の髪飾りを挿し、いつもよりも濃い目の化粧を施される。姿見から見た自分の姿は、いつもより三割増しで綺麗に見えた。


「綺麗ですわ、お嬢様。こんな美しいお嬢様をご覧になれば帷さまも見惚れられるに違いありません」

「…そうかしら」

「そうですわ!」


 自信たっぷりに頷く青葉に、私は笑みを零す。自分の容姿の美醜はよくわからないが、青葉の言っていることは大袈裟だと思う。

 青葉と少しの間お喋りをしていると、時間だと家人が伝えに来る。私は頷き、ゆっくりと立ち上がる。そして帷さまが待つ玄関に向かう。

 玄関が見えてくると、紋付き袴を着た帷さまが腕を組んで軍服姿の睦月さんとなにか話をしていた。遠目からでも帷さまの眉間に皺が寄っていることがわかる。きっといつもの軽口の言い合いをしていたのだろう。こんな時でも変わらない態度の二人に私は安堵した。そして自然に笑顔になる。

 帷さまたちに近づくと、最初に私に気づいた睦月さんがおや、と一瞬目を見開き、そして柔らかく笑う。それに気づいた帷さまも私の方を向き、ぎょっとしたように私を見つめた。

 なんだろう?なにか、変なところでもあるだろうか。青葉にしっかりと確認して貰っているのでそんなことはないと思うけれど…。


「お待たせ致しました、帷さま」

「………」

「…帷さま?」


 惚けたように私をじっと見ていた帷さまは、はっとした顔をした。そしてすぐに顔を逸らし、「そんなに待っていない」とぼそりと答えた。

 いつもと様子の違う帷さまに私は首を傾げる。ちらりと睦月さんを見れば、彼は帷さまをにやにやと見つめていて、後ろに控えている青葉を見れば、当然です、というような誇らしげな顔をしている。


「やあ、二人とも揃ったようだね」

「お父様」

「西園寺公爵」

「帷様、これからは義父上(ちちうえ)と呼んでくださっても構いませんよ?」

「…遠慮しておこう」


 帷さまは引きつった顔をして答える。お父様は残念そうな顔をしたあと、私に顔を向けて満面の笑みを浮かべた。


「環、とても綺麗だよ。本当におまえはおばあ様にそっくりだ」

「…ありがとうございます、お父様」


 私はお父様に微笑みを返す。そんな私をお父様は眩しそうに見つめた。


「帷様、環様、そろそろ出発のお時間です。旦那様も。奥様と朔夜様がお待ちですよ」

「ああ、わかった。では、環。私は先に行って待っているからね」

「はい、お父様」

「帷様。環をよろしくお願い致します」

「ああ」


 お父様はきびきびと一礼をし、私たちが乗る馬車とは違う馬車に乗り込む。

 そんなお父様を見送ったあと、私たちも馬車に乗り込む。向かう先は、皇家所有のお館だ。先日事件のあったところとはまた別の場所にあるお館である。

 馬車の扉が閉められ、青葉と睦月さんは違う馬車に乗ることになっているため、私は帷さまと二人きりになる。

 丁度良い機会だと思い、私は先日の事件の顛末を尋ねることにした。


「帷さま」

「なんだ」

「先日の事件のことなのですが…」

「…ああ、あれか。あれの収拾はあらかた終わった。あの場にいた者たちにはきつく箝口令が出された。それも、陛下直々のやつが」

「…まあ。陛下が直々に?」

「皇家にとってもあまり表沙汰にしたい話ではないからな。なにせ、皇太子が婚約者ではない令嬢に惚れこみ、それだけならまだしもその令嬢の言葉を全て鵜呑みにして婚約破棄までしようとしたんだからな」

「…言われてみればそうですね」


 私は納得して頷く。あの後の桐彦さまや、南条さまを始めとするご子息の方々の様子を聞けば、凪さまに惚れこみ府抜けていた分のしわ寄せに追われているらしい。九尾の呪術にかかっていたことを考えれば可哀想だとは思うが、その裏事情を知らない者からすれば自業自得と捉えられるだろう。


「まあ、その事件をうやむやにするためのお披露目でもあるからな、今日は」

「え?」

「なんだ、聞いていないのか。新聞社にあの件について悟られる前に、あの件と同等くらいかそれ以上の大きな出来事があれば自然とそちらが注目される。僕たちのお披露目はいわばあの事件の目眩し。だから内々でやるのではなく大々的にやることになったんだ」

「まあ、そうでしたの…知りませんでした」

「…知らなくても困ることではないからな」


 そう言って帷さまは窓の外を眺める。そしてふと、思い出したかのように私を見つめた。


「…そういえば、今日は望月伯爵のご令嬢は来るのか?」

「春日さんですか?さあ…?私も誰が来てくださるのか知らないのです。お父様とお兄様が主になってやってくださったので。ですが、来られるのではないでしょうか。お父様と望月伯爵は親交があると聞いたことがありますから」

「…そうか。では、例の赤い糸を視ることができるな」

「ええ、良い機会ですものね」


 私と帷さまはしっかりと頷き合うと、会場に到着したことを御者が告げる。

 先に降りた帷さまの手を借り馬車から降りる。そして私たちは揃って会場へと足を踏み入れた。




 会場に入ってからは挨拶に訪れる人が後を絶たず、私の表情筋がひくひくとしそうになる。挨拶に訪れる人の顔を瞬時に思い出し、挨拶を返す。文章にすると簡単だけれど、実際にやるのはとても大変だ。

 漸く挨拶が途切れ、私はこっそりと深く息を吐き出す。こうも長時間挨拶をし続けるのはさすがに疲れる。私の隣にいる帷さまはいつもと変わらない表情で、疲れる私はおかしいのだろうか、と真剣に悩みそうになる。

 その時、「環さま」と可憐な声に名を呼ばれ、私は俯きそうになっていた顔を上げた。

 そこには美しい二藍(ふたあい)に染められた振袖を着た雪乃さまが立っていらした。

 私は一瞬ぼうっとし、隣に座る帷さまに脇を肘でつつかれ、はっとして微笑みを作る。


「環さま、帷さま。この間は大変お世話になりました。そしてこの度はご婚約おめでとうございます」


 そう言って微笑む雪乃さまは私と同い年なはずなのに、とても大人びていて色っぽい。再び惚けそうになるのをなんとか堪え、帷さまと共に「ありがとうございます」と返す。


「わたくし、お二人にはとても感謝しておりますの。お二人のお蔭でわたくしは桐彦さまのお気持ちを確かめることができ、今はとても満たされた日々を送っておりますわ。本当に、ありがとうございました」

「いいえ。私はなにも…私よりも帷さまが」

「いや。君が兄上を説得してくれたからこそ、誰一人被害を出すことなく事件が終息したんだ。僕が成したことは大したことではない」

「ですが帷さまがいなければ…」

「…ふふ」


 私たちの会話を聞いていた雪乃さまが笑いを零す。私たちは同時に雪乃さまを見つめる。


「お二人ともとても仲がよろしいのですね」


 にこにこと綺麗な笑みを浮かべてそういう雪乃さまの言葉を否定もできず、ましてや肯定することも躊躇えて私と帷さまは気まずい思いをする。

 そんな私たちを雪乃さまは柔らかく微笑み見つめた後、自身の背後に向かって話しかける。


「――そう思いませんこと?」


 私と帷さまは同時に雪乃さまの背後を見て、呆然とした。

 雪乃さまの背後からゆっくりとこちらへ向かって歩いてきているのは、皇太子であられる桐彦さまだった。

 華美ではない着物を着込んだ桐彦さまは柔らかい微笑みを浮かべて雪乃さまの隣に立ち、私たちを見つめた。


「ああ、そのようだな。仲が良いのは結構なことだ」

「あ、兄上…いらしていたのですか?確か兄上は謹慎中では…」


 信じられない、という顔をして帷さまは桐彦さまに問いかける。桐彦さまはとても優しい目で帷さまを見つめ、「陛下に頼み、特別に許可を頂いたんだ。なにせ、弟の晴れ舞台だからな」と答えた。


「改めて、帷、環嬢、婚約おめでとう。経緯が経緯だけに少し心配していたのだが…俺の杞憂だったようだな」

「桐彦さま…恐れ入ります」

「…ありがとうございます、兄上」


 頭を下げる私たちに桐彦さまは「頭を上げてくれ」と仰った。私たちが顔をあげると、桐彦さまはにやりと笑う。


「環嬢は俺の未来の義妹だ。そんなに堅苦しくしなくてもいい」

「…まあ、そんな。恐れ多いですわ」

「未来の義妹にそんな他人行儀な態度で接しられるのは俺の望むところではない。無理にとは言わないが、帷に接するのと同じような気安さで接してほしい」

「…畏まりました。善処致しますわ」


 私がそういうと、桐彦さまは満足したように頷く。

 そんな会話を聞いていた雪乃さまはとても微笑ましそうに私たちを見つめていた。


「あら。桐彦さまにとって環さまが義妹になるのでしたら、それはわたくしも同じことですわ。ですから、環さま?」

「は、はい」

「わたくし、是非未来のわたくしの義妹となる環さまと仲良くなりたいと思っておりますの。よろしければ仲良くして頂けないでしょうか?」


 雪乃さまは少し不安そうに瞳を揺らす。今まで機会がなかっただけで、雪乃さまとぜひお近づきになりたいと密かに思っていた私にとっては渡りに船だ。


「嬉しいですわ。是非仲良くしてくださいまし」


 私がそう言うと、雪乃さまはとても嬉しそうに笑う。まるで大輪の花が咲いたような錯覚に陥るような笑みだった。私と雪乃さま、そして帷さまと桐彦さまはそれぞれ話をし出す。

 雪乃さまとお話をするのは最初とても緊張したけれど、雪乃さまはとても気さくな方で、すぐに打ち解けることができた。


「…そういえば、環さま。風の噂で聞いたのですけれど、環さまは恋愛相談によく乗っておられるとか?」

「ええ。多くの方から相談を頂けて…とても恐縮しておりますの」

「まあ、そうですの。それだけ、環さまの評判が良いということでしょう。……実はわたくしも環さまに相談したいことがありますの」

「…雪乃さまが、ですか?」


 最近は桐彦さまと雪乃さまの仲は以前のように、いやむしろ以前よりも良いと評判である。そんな雪乃さまが私に恋愛相談をすることなんてあるのだろうか?


「いえ、わたくし自身の恋愛相談ではありませんの。わたくしの友人の春日さん…望月伯爵家の春日さんをご存じかしら?」

「ええ。顔を知っている、という程度ですけれど…その春日さんが、なにか?」

「彼女の様子が最近少しおかしくて…今度、彼女を連れて環さまのご自宅にお邪魔してもよろしいかしら?」

「…そういえば春日さんは…」

「本当なら来られる予定だったのですけれど、どうやら体調を崩してしまわれたそうで…」

「まあ、そうでしたの…。では、春日さんの具合が良くなりましたら、是非我が家へお越しください」

「ありがとうございます。詳しい日取りは追って連絡致しますわ」

「ええ、お待ちしております」


 ちょうど私と雪乃さまの話に区切りがついたとき、桐彦さまが私たちを呼ぶ。


「話の途中にすまない。そろそろ帰らなくてはならなくてな…挨拶をさせてくれ」

「いえ、ちょうど話の区切りでしたので…。まあ、もうお帰りになられてしまうのですか?」

「あまり長く居ると人が集まって来る。今日はお忍びで来たから、注目を浴びるのはまずい」

「そうですか…それは、残念ですわ」

「気軽には会えないだろうが…これから会う機会も増えるだろう。雪乃共々よろしく頼む」

「こちらこそ、その時はよろしくお願い致します」


 私は桐彦さまに頭を下げる。それと入れ替わるように帷さまも頭を下げた。


「…兄上。本日はわざわざお越しくださり、ありがとうございました。早く謹慎が解けると良いですね」

「…ああ。それでは帷、環嬢、俺はこれで失礼する」

「わたくしも失礼致しますわ」

「ええ。桐彦さま、雪乃さま、本日は誠にありがとうございました」


 私と帷さまは二人同時に頭を下げ、仲良く連れ添って去っていく二人を見送った。そして同時に顔を見合わせる。


「…なにか有益な情報は?」

「特になにも。ただ、後日春日さんとお話する機会がありそうですわ。その時に赤い糸を視てみます」

「…そちらは任せた」

「ええ、お任せください」


 私はしっかりと帷さまの目を見つめて頷いた。

 帷さまはじっと私を見つめたあと、ふいに視線を逸らし、「…そういえば」と取って付けたように話し出した。


「…今日はいつもより…その…綺麗だと思うぞ」


 不意に言われた褒め言葉に、私は目を見開いて帷さまを見つめた。帷さまは心なしか顔を赤らめてどこかを向いている。帷さまに容姿のことを褒めて貰うのは初めてのことだったので、私の心臓が早鐘を打つ。

 だけれど、慣れない褒め言葉を言って顔を赤らめる帷さまの様子をとても可愛らしく感じ、ふふ、と私は笑みを零す。

 いつも大人びている帷さまの少年のような様子に、私の胸がじんわりと温かくなる。普段は見られない帷さまの知らない一面を見ることができて、とてもくすぐったく感じる。

 私は自分にできる精一杯の笑顔で答える。


「とても嬉しいですわ。ありがとうございます、帷さま」


 そう言うと、帷さまの顔がさらに赤くなった。





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