加速する現実 4話
5話目です
「…次は俺が行こう」
そう言ってこちらの方にきたのは無口のデカブツだった。彼はゆっくりと立ち上がる。体が大きく、2メートルを超えているのでは無いかと思うほどだ。その巨体故に動きが少し重い様ですべての挙動がゆっくりだ。
「…俺はファンだ」
そう言いながら一歩づつ歩いてくる。そして、ファンは5メートルほどの距離で足を止めた。
「…行くぞ」
そう言った瞬間ファンは俺にタックルの構えを取り、その構えのまま走って来た。そのスピードは今まで戦ってきた誰よりも早かった。あまりのスピードの差に俺は目の前に車で反応できず、咄嗟の判断で横に避けた。その機転が効いたのか突進が直撃するのだけは避け流ことができたが、肩を掠ってしまった。かすっただけでも肩に痛みが響いてきた。
「クソッ」
そう悪態を吐きながらも俺は魔法を使う。この至近距離であれば何度も拳を叩き込めるだろう。そう思いながら周りの速度がゆっくりとなっていくの感じながら、俺はファンの顔面に右拳をぶち込んだ。
「ッガァ」
しかし、ファンの顔面があまりにも硬すぎて逆に俺の拳の方に大きなダメージを受けた。まるで鉄の壁を本気で殴った後みたいに拳がジンジンする。あまりの痛さに拳を開くことさえもできない様だ。
「クソッ」
とまた悪態を吐き、右拳を左手で押さえながらかなりの距離をとった。そこで周りの速度が元に戻っていく。俺の魔法が切れたようだ。そこに今まで魔法を使用した時には感じなかった、周りの世界が一瞬に黒に変わり両足から力が抜ける。目が真っ暗になりながらも重力に体が引っ張られていくのを感じる。俺は精一杯の気合いで右足を出しす。俺の右足は落ちていく体を支え流ことができた。先ほどの感じたことの無いブラックアウトは立ち眩みのようだ。しかし、さっきは何故突然ブラックアウトしたのかという疑問に悩まされていると前方からの衝撃が来る。体が前から進んできた大きな壁に当たり、吹っ飛ばされているような感じだ。
「ゴハッ」
俺の体は吹き飛ばされ転がっていく。俺は転がっていく力を利用して何とか立ち上がった。しかし、先ほどまでの連戦の疲労のお陰で足が震えてきている。さらに謎の頭痛までしてきた。吐き気までしてきた。息もかなり荒くなっているようだ。俺はその全てを解消するために大きく息を吸い、大きく息を吐き出した。
「スゥーハァー」
深呼吸することである程度頭痛と吐き気や肉体の疲労といったものがマシになった。そして、俺は顔を上げファンを見据える。すると、ファンはあまりにも滑稽な姿を晒していた。それは、タックルをする格好のまま倒れているファンだった。あまりにも阿呆らしい格好に俺は少し思考停止していた。そして思考停止しているうちにファンはその格好を止め立ち上がった。俺も思考停止を止めた。何故ファンはさっきまであの格好のままだったのだろうか。それはファンの魔法に繋がるのではないかと思い考えながらもファンから距離を取るために後ろに跳んだ。
「…来ないのか」
「今は考え中だ」
ファンはまた再びタックルの構えを取り、俺に向かって来た。その速度はやはりかなりの速度だ。しかし最初の時よりもも距離があるため時間がある程度掛かる。だから俺はファンの方に走って行った。そして、
「ホイッとな」
俺はファンの3メートル程手前でジャンプして、避ける。そしてすぐさま後ろを振り返った。すると目標を失ったファンは何故か、タックルの構えをとったままバサーと転けたまま進んでいた。そして転がって動かないままいたが、その格好のまま3秒程して立ち上がった。何故、すぐに立ち上がらなかったのかそれがファンの魔法がどの様なものかを知る鍵になるだろう。そんなふうに考えているうちにまた、ファンはタックルの構えをとり、突撃してきた。俺はファンに背中を向けて走ることにした。そして壁の方まで走り、壁の眼の前で止まり後ろを向く。するとファンは眼科まで迫っていた。俺は壁に背中を預けながら膝の力を全て抜いた。すると体は支えを失った所為でストンと落ちた。そしてファンの体は俺がいたところの壁に当たる。ドシンッという音と共に部屋が揺れる様な感覚がした。そして力一杯壁にぶつかったファンの体は重力に引かれて俺の元へと落ちてこようとしてきたので、俺はそれを左手で支えた。やはり俺の思った通りかなりの硬度の様で鉄を触っているかの様な硬さだ。
「俺には男を抱きしめる趣味はねぇんだよ」
と言いながら俺はファンの体を横に置く。そして立ち上がりながら俺は自分の考察を語る。
「あんたの魔法は多分自分の体を硬化させるとかそんなやつだろ。その証拠にあんたの魔法使用中に殴った俺の右手はこの通り使えなくなっている」
そう言いながら俺は右手首を振る。すると右手もそれに連動して動き痛みが少し走る。しかしその痛みは鉄以上の硬度の物を本気で殴ったにしては小さくなりすぎていることに疑問を覚えるがそれも自分の魔法の加速の効果の一つかと納得しておく。そして右足をファンの腹に乗せその感覚を確かめる。まだ魔法は解いていない様でかなり硬い。そのまま俺は自分の考察を続ける。
「強力な魔法だからかはわからねぇけど、やはり弱点も有るみてぇだな。その弱点ってのは今みたいに時間制限があるってとこだ。多分発動すると一定時間は硬化したままといったとこだろう」
そう言いながら俺は足に力を込めて行く。しかしその硬度故に力はこちらに帰ってきて俺の足に負担がかかっているのがわかる。それにしてもさっきまでは5秒ほどと思っていたんだが、
「…その制限時間は伸ばすこともできるみてぇだな。だが、それがいつまで続くかな」
そう言いながら俺は何故時間を延ばしているのかを考え、そして答えにたどり着いた。
「あんたの魔法ってのは、連続して使えねぇんじゃねぇか。それ故にあんたは自分の魔法をとかねぇ。いいんだぜその魔法を解かなくても。その分俺は休憩することができるがな。言っとくがあんたが魔法を解いた瞬間、俺はあんたの顔面に一発叩き込む。さぁ、覚悟が出来たら魔法を解いてみな」
そう言うと足にかけている力をもっと込める。すると足にかかる負担が一気になくなり足の裏が腹の中に埋まっていく。その瞬間俺は自分の魔法を使う。周りの速度が落ちていく。俺は腹においている足を上げ、頭の方へと移動する。そして思いっきり足を後ろに振り上げそして、振り下ろしながらサッカーボールを蹴る様にファンの頭を蹴り上げる。そして周りの速度が元に戻り俺の魔法が解けたことを自覚する。
「えっ?」
それと同時に目の前が真っ暗になっていく。足の力が抜け行き、どんどん見えなくなっていくが地面が目の前にまで近づいてくる。それとともに世界が反転して、自分でも何が何だかわからなくなって、自分の体が地面に叩きつけられる様な、それでいて全く痛みを感じない。体に一切力が入らず、這いつくばって、地面の温度を感じている様で、体の温度が下がっていく様な。そんな、変な、思考が、定まらない。ああ、そんな、ことより、とてつもなく、眠い。
真っ暗な空間だ。何ていうか、懐かしい様で、怖い。孤独というよりも次に起こる何かが途轍もなく恐ろしい。そして、辛い。明日がこなければいいのにと、何度も願ったのを何故か覚えている。何故覚えている。俺は子供の記憶が無いはずなのに。あっちで誰かが読んでいる。光が見える。ゆっくりと俺は進んでいく。だけどそっちに行くととても辛いことを思い出す気がする。だけどまっすぐ進まなきゃいけない気もする。だから、ゆっくりだけど俺は進んでいく。俺は思い出さなきゃいけない気がする。
『本当にか』
頭の中で声が響く。いやどちらかといえば後ろから聞こえた声が頭の中にまで響く。突然の声に、後ろを振り向こうとして、後ろを振り返った瞬間、世界は光に包まれて、
「おいおい大丈夫か?」
そう言っているスルトの顔が目の前にまで来ていた。
魔法については章末に出たもの全部載せます。