夏と少女
夏は蜃気楼の季節。誰しもが波間にたゆたう泡の様に、ゆらゆらと、ゆらゆらと、夢を見る。
それが暑さから来るものなのか、この季節独特の形容し難いノスタルジィを無意識に受信してしまっているのか、はたまた他に理由があるのか、偶然なのか。それは誰もが究明することを絶し、蜃気楼に踊らされていた。
そう、僕も蜃気楼を見た。
眼前では漣が揺らめき、上空には雲の切れ間から月が顔を覗かせていた。
そして、僕達の。僕と、君の。髪や顔を海風が優しく撫でていく。
微かに潮の香りを孕むその海風を、僕は肺いっぱいに吸い込み、君の背中に向けて叫ぶ。
『君は何処から来て、何処へ帰ろうと謂うのか。』
必死の問いだった。君の華奢なその身体を、お世辞にも美しいとはいえないその細い髪を、僕は触れることができなかった。何故だろう。手を伸ばせば届くというのに。
君の身体が、嘘のように細かったからだろうか。君のその髪が、少し力を込めただけで千切れてしまいそうだったからだろうか。
いや、きっと潜在的にわかっていたのだろう。君と僕とは住む世界が違うのだ。
酷な言い方だろうが、僕には未来がある。しかし君に未来はない。君の望む明日はない。
君を見ていると輪廻転生なんてものは、幻想に過ぎないことを気付かされる。何故、そんなにも苦しんでいるのだろう。
僕にはわからなかった。君の痛みも、君の存在理由も、君が消える理由も。
海風は湿り気を増し、その掌で僕達を不快に撫でていく。
皮肉なものだ。毎年君が死に逝く情景は、変わらない。
曇り空。赤みがかった月。不快な湿気を宿す海の息吹。そして意気地無しの僕。
そうして君は消える。僕の前から忽然と。まるでその光景は蜃気楼のようで、海面には所在無げに海藻が揺らめいていた。