一番勝負 “剣鬼”オーガスタ対“爆裂電撃魔女”ニュルキ①
やぐら座敷は全て満員の観客で埋まっている。
「おぉい、酒をくれ」
「こっちにも頼む、コメの方だ」
ビール・ワインに加えて、今夜より新たに売り出した米酒の売れ行きは目を見張るものがあり、売り子たちは方々のやぐら座敷を回って酒を売り捌いていた。
米酒が売れているのは、酒自体の新奇さもさることながら、話題の“剣鬼”オーガスタと同郷の酒であることが大きい。
実力未知数ながら鮮烈なデヴュウを飾ったオーガスタへの魔法合戦フアンの興味は並々ならぬものがあり、より深くオーガスタを知りたいと思うフアン心理が、米酒の売り上げに拍車をかけていた。
「うんうん、いい売れ行きだねぇ」
檜舞台の鉄柱に体を預けながら、ガルガザッハはいたくご満悦だった。
主催仕合の物品の売り上げは、入場料と共に魔導結社の収入源の一つであり、掛け売りやツケ払いのない大事な現金収入である。
「あとは君が格好良く勝てば、何も言うことは無いね」
「左様で」
昨日と同じく白い鉢巻を締めた赤鬼の剣士は、檜舞台を囲む仕掛けをじっと見ていた。
「気になるかい?」
「えぇ」
「ただの演出だよ。気にすることはない」
ガルガザッハは鼻歌交じりに鉄柱から伸びている鉄線を撫でている。
そう、鉄線である。
昨日の仕合で檜舞台を囲んでいたしめ縄は撤去され、代わりに太い鉄線が張られている。
「本当は棘でも生やそうかと思ったけれど、血というのは少々刺激的だからね。刺激物に頼らず刺激を与えるのが仕合巧者というものだよ」
「そういうものですか」
両手で鉄線を揺すり、張り具合を確かめながら、オーガスタは今夜の対戦相手に思いを馳せていた。
(いきなり、当主のお出ましとは……)
相手は魔導結社AMU当主ニュルキ。異名は“爆裂電撃魔女”という。その名の通り、爆裂魔法と電撃魔法に秀でた魔導士である。
(それにしても、電撃魔法の使い手に、鉄線はないだろう)
苦戦は必至だった。
「えぇ~、ご静粛に、ご静粛に!」
檜舞台に、ジョージィが上がった。張りのあるバリトンはマイクなしにやぐら座敷の端の端まで声を届かせる。
「ただ今より、“剣鬼十番勝負”第一番勝負、オーガスタ対ニュルキの仕合を執り行います。檜舞台にはすでにオーガスタ選手が到着しておりますが、どうでしょうオーガスタ選手、仕合前の心境は?」
「うむ、特に問題はない」
「はい、ありがとうございます。それでは、魔導結社AMUから本日の対戦者をご紹介しましょう。その名も“爆裂電撃魔女”、AMU当主……、ニュルキ選手の入場ですッ!」
突如打ち上がる無数の花火とおびただしい爆竹が、ニュルキの登場を知らせた。炸裂する花火の光に包まれながら、花道を肩で風を切りながらやってくる。黄色の法衣から真っ赤なブラウスを覗かせ、右手には黄色い宝石を嵌め込んだ樫の木と思われる杖を携えていた。
(堂々としたものだ、さすがは当主、といったところか)
自分より明らかに若い対戦相手の佇まいに感心しつつ、持ち物、物腰に目を配る。オーガスタにとって、戦いはすでに始まっていた。
爆竹が鳴りやむ頃には、鉄線で囲まれた檜舞台にニュルキが入場していた。
「こんばんはニュルキ選手。まさかの第一戦への当主参戦ということで、本選にかける意気込みを……」
ジョージィがニュルキへと近づいて、インタビューを始めた。
「勝利!」
「ハイッ」
ニュルキから発せられた声は、それがマイクで拡大された音声だということを差し引いても、大きなものだった。
「勝利以外にありえません。ロッシュの仇は当主たる私がとります!さぁ、さっさと銅鑼を鳴らしなさいッ!」
「ハイッ」
大音声の大迫力にジョージィは気圧され、檜舞台から飛び降りるや傍にいた銅鑼打ち係からバチを取り上げ、盛大に銅鑼を鳴らした。
「先手必勝ォ!」
ばりばりと音を立てて、ニュルキの電撃がオーガスタを襲う。
「むっ」
さっと檜舞台の端まで跳び去るも、電撃は鉄線まで伝わり、オーガスタに直撃した。
(……、やはり、不利ではないか!)
ぶすぶすと焦げた音を立てながら、オーガスタは改めて己の不利を実感した。