魔導結社『全魔導士連合』
「ちょっと!あなたならまず大丈夫だと思って受けたのに、なんで負けてるのよ!」
石貼りの広間に、若い女の声が響く。
「申し訳ありません、ニュルキお嬢」
叱責を受けているのはロッシュ。オーガスタとの戦いから一夜明けた彼は、仕合の時の威容はどこへ行ったのか、首を垂れて、しおらしくしている。あるいは、これこそが彼の本性かもしれない。
「そんな強いの?あのオーガスタとかいう新人は!」
「えぇ、はい。一筋縄ではいかない相手です」
「どうして負けたのよッ」
「わたしの魔法が通じませんでした」
「えぇい、次は私よ!私が出て、あんな奴なぎ倒してやるわ!」
「そ、それはいけません。当主が新人の仕合に出るなどと……」
「うがー」
鼻息荒く憤るニュルキは、魔導結社『全魔導士連合』の当主である。一般的にはAMUと略されることの多いこの魔導結社は、魔法合戦黎明期以来の歴史ある魔法結社の一つだった。当主も代を重ね、ニュルキは四代目にあたる。
「とにかく、いけません、お嬢」
「えぇ~い、もう。じゃあ誰を出すってのよ。あなたは今日も仕合があるし、他の魔導士も含めて、払えるキャンセル料なんてないのよ!」
両手を高く掲げて地団太を踏むニュルキの言うことは、まぎれもない事実だった。黎明期の寡占状態に胡坐をかいた放漫経営を続けた結果、ニュルキが四代目を継いだ時にはAMUは深刻な財務危機にあったのだ。ニュルキ獅子奮迅の努力で借金はかなり減ったが、依然厳しい状態が続いていた。
そもそも、若きニュルキが先代から跡目を継いだのも、先代が暴飲暴食に芸者遊びという、連日の遊興の末ポックリ逝ったからに他ならない。
そんな放漫経営で魔導士を繋ぎ止められるわけもなく、五十を過ぎた先々代からの魔導士ロッシュの引退を引き留め、何とかやりくりしている有様だった。
魔導結社ドボンと賭け事じみた取決めをしたのも、無理からぬ事情があったのだ。ただ、その結果ドボンとの仕合には出せる魔導士がおらず、出そうとすると他の仕合をキャンセルしなければならないという絶体絶命の窮地に追い込まれてしまったのだが。
この期に及んで、『負けたわたしが言うのもなんですが、お嬢が無茶な取り決めをするからですよ』と言わないのがロッシュの良いところでもあり、悪いところでもあった。
「やっぱり、私が出るしかないじゃないの!明日以降はまだ何とかキャンセル期間前の魔導士を送り込むことができるけど、今日は他に当てがないわッ」
「い、いけません。最終戦ならまだしも、第一戦に当主が出るのは、どう考えても無理があります」
「最初にガツンとやって、勢いをつけてやるのよ」
「むむむ」
ちりちりの髪を掻きながら、ロッシュは唸った。
(ことこうなっては致し方ないが……、不安だ)
ニュルキの実力に疑いを持ってはいない。若いとはいえ魔導結社の当主を務めているのだ。慢性的な赤字体質を改善しつつある才覚も、実に素晴らしい、盛り立て甲斐があるというものだ。
では、ロッシュの不安の種は何か。ずばり、ニュルキの性根にあった。
「首を洗って待っているがいいわド新人めッ」
一度かっとなると収まらない。
「私が出るからには、何が何でも勝ってやるわ!」
極度の負けず嫌い。
「うが~!」
興奮状態では見境がない。
落ち着いていれば大変優秀だし、興奮していても優秀であることには変わりない。しかし、どうも見ていて危なっかしい。今回の十番勝負にしても、ドボン側に散々挑発された末のことで、始まる前から負けていたといってもよいことだった。
「お嬢。どうか、今夜はくれぐれも冷静に……」
「分かっているわよ!」
絶対に、分かっていない。
できることなら自分がセコンドとしてついていてやりたいが、自分の仕合があるのでそうもいかない。
(あぁ、不安だ)
ここで当主が怒りのあまり我を忘れて惨敗することがあれば、AMUの命運は尽きたも同然となる。
(あの時降参などせず、命を賭して食い下がるべきだったか……?)
それはそれで、今日の自分の仕合に出られず、何かと困った事態になっていたに違いない。
(頼みの綱は、ドボン側の出方だな。窮地の原因はドボン、窮地を救えるのもドボン……、我らはドボンの手の内か)
ロッシュは、ニュルキに気付かれないよう、小さくため息をついた。