マイク・パフォーマンス
敗者の去った檜舞台に残るのは、オーガスタのみ。やぐら座敷の興奮は未だ余韻となって残っている。
「それでは、勝利者インタビューです」
実況席からやってきたジョージィが、先端に小型の水晶球を据え付けた脇差ほどの大きさのステッキをオーガスタに向けた。集音、拡声の魔法を込めた魔法道具である。
「初勝利、おめでとう」
「うむ」
「ロッシュ選手の火炎魔法をかいくぐっての勝利ということで、何か苦労したことはあったかい?」
「ふむ、そうだな……。いや、特にない。強化魔法への対策も、付加魔法への対策もしてきた。それが通じたということだ」
「想定通り、と」
「うむ」
「火球の直撃を食らって無事だったのは、オーガスタ選手の秘策ということかな?」
「そうだ」
「魔法に対抗できるのは魔法のみ……。オーガスタ選手は見事に魔法を以て魔法に打ち勝った訳だね」
万事控えめな口調のオーガスタに、ジョージィは内心拍子抜けしていた。無論、今まで口下手な選手がいなかったわけではないが、彼らとて場を盛り上げる努力を怠っていたのではない。ただ盛り上げ方が下手だったに過ぎない。そういった選手たちの意をくみ、彼らの代わりに場をヒートアップさせるのも司会兼実況たる自分の役割だと自認していた。
しかしジョージィは、そんな彼らが持っていたある種の『熱気』をオーガスタの中に感じることができなかった。オーガスタの赤肌・赤目とは裏腹に、オーガスタからは冷気のようなものしか感じられなかったのだ。
(こりゃあ、仕合前後のマイク・パフォーマンスは、ほどほどにしておいたほうがいいな)
すでにやぐら座敷の空気も冷えてきたように見える。早く切り上げないと、鮮烈なデヴュウ戦が、お粗末な塩仕合と記憶されかねない。
「ここで、宣言しよう」
ジョージィがやぐら座敷へ向けてお別れの挨拶をしようかと思った矢先、オーガスタはステッキをジョージィから取り上げ、やぐら座敷の方を向いた。
「我らが魔導結社ドボンでは、明日より十日間……、それがしと魔導士との、十連戦を企画する。それかしから魔導士たちへの、挑戦状だ」
「じゅ、十連戦ッ!」
ジョージィは早鐘の如く胸が鳴り出した。
魔法合戦に出る魔導士が連日戦うことは、さほど珍しいことではない。実戦感覚はなるべく保っていた方が却って怪我なく続けられるものだ。己の魔法を試す場は、多いに越したことはない。とはいえ、どんな魔導士も六日出れば七日目には休むものである。
「名付けて『剣鬼十番勝負』……。受けて立つ魔導士はいるかな?」
不敵な笑みを浮かべ、オーガスタは魔導士たちへの挑戦を宣言した。
「い、いやぁ、オーガスタ選手。確かに素晴らしい企画かと思うけれど、明日というのは、性急過ぎやしないかな」
「ふふふ、ある程度の日程は、決まっている」
「えぇッ」
ジョージィは驚きを隠せない。魔導結社の主催試合というのは準備に時間がかかるもので、対戦相手の選定、彼我の選手間のバランス調整、日程のすり合わせなど、決めることが山ほどある。
特に、新人選手の実力は未知数の為、デヴュウを華々しく飾った選手でもしばらくは他の魔導結社と折り合いがつかず、前座仕合の繰り返しというのは、実によくあることなのだ。それが、翌日の相手がもう決まっているというのは、ジョージィには信じがたいことだった。
「実は、このデヴュウ戦の前、魔導結社AMUとは、ある取り決めがあった」
「取り決め?」
「うむ、本日の仕合で負けた魔導結社は、翌日以降十日間、勝者側の主催試合に優先的に選手を回す、というものだ」
「すると……ッ」
「負けたままでは終わらんのだろう?ロッシュ殿よ」
やぐら座敷の向こう、暗がりへと退場していくロッシュの周囲で、新たなかがり火が燃え出し、ロッシュを照らした。
「当然だッ、AMUはこのままでは終わらんぜ!俺を倒しただけでいい気になるなよ、グッハッハッハッハ!」
人差し指をオーガスタに差し向けて、暗がりの彼方へとロッシュは去っていった。
いくつかのやぐら座敷では、酔客たちが駆け下りて、周囲に立っている運営管理員に声をかけている。
「明日のチケットはあるかね、どこでやるんだ?」
「まだ買えるだろう、早く売ってくれ!」
ジョージィは、隣に立っている新人から底知れない何かを感じ、マイク・パフォーマンスが上手くないという己の評価を改めた。