オーガスタ対ジ・ファイヤー・ロッシュ②
火球が次々と繰り出される。
山なりの軌道を描くもの、三日月の形をとるもの、握りこぶしほどの大きさのもの、西瓜より大きなもの。
無数の火球が、オーガスタを狙って飛来する。
「……ッ」
ひらり、ひらりと躱しつつ、徐々にロッシュとの間合いを詰めていくオーガスタの顔には、汗一つない。対して、ロッシュの顔には焦燥があった。
「ええい、くそうッ」
どうにも狙いが定まらないのは、火球が命中しないことへの焦りからではない。依然解明されぬオーガスタの謎が故だった。
確かに、命中したはずだったのだ。仮に、なにがしかの魔法によってオーガスタへの威力が減衰したとしても、無傷では済まないはずだった。
にもかかわらず、オーガスタは無傷であった。攻撃を当てても効果があるのか分からなくなった今、ロッシュは思いきりを欠いている。迷いを飲み下し己を奮い立たせたものの、解明されぬ謎は腹の底の迷いを増幅させ、火球を操る手元にぶれを生じさせていた。
じり、じりりと両者の距離は縮まっていく。足取りも軽く近づいていくオーガスタと、当たらない攻撃に焦るロッシュ。両者の表情は対照的だった。
「む、むうう……」
ついに、ロッシュが攻撃を止める。宙空の火球は全て掻き消えた。
「さて、どうするかな」
ロッシュの脇腹には、オーガスタの剣が押し当てられている。ロッシュの懐深くまで、オーガスタは詰め寄ったのだ。
この距離ではロッシュの魔法は使えない。詠唱の間に斬られる。
「どうするんだ」
オーガスタは顔色一つ変えず、ロッシュの目を見る。『詰み』を認めて投了せよ、とオーガスタの目は告げている。
「へっ、俺の強化魔法は、あんたの拳なんざ屁でもなかったぜ……」
「それは、拳の話だろう。剣では、どうかな」
ぐい、と刃を立てる。ロッシュの衣服はぱらりと裂けて、一筋の血が剣を伝って流れ出ていく。
「どうかな」
「むむむ」
強化魔法はオーガスタの剣の前に、無力であった。
「明日も、戦うのだろう。ほどほどでやめておいた方が、よいのではないかな」
「むむむぅ」
鮮やかな攻め寄りに、やぐら座敷は歓声を忘れて見入っている。時折、ほうと感嘆の息が漏れるばかりであった。
言葉がないのは実況席も同じで、ジョージィは一体何から話したものか、考えあぐねていた。
「え~、ガルガザッハさん」
「うん」
「実況として多くの魔法合戦を見て参りましたが、これほどのものは久々だったかと思います。まず、え~、どうしてロッシュ選手の火球が当たらなかったのでしょうか」
「さぁて、ね。当たったことは、当たったのだろうが、当たって効果がなかったということだろうね。それ以上は、俺でも分からんね」
「そんな、ガルガザッハさんに分からないなんてことは」
「魔導士の魔法は本来秘さるべきもの。これまで、魔法合戦で出す魔法はバレてもいいような簡単なものばかりだったが、ああいうタネを隠した魔導士が一人いるだけで、これからの仕合が楽しみになるものではないかな?」
愉悦の色を浮かべて、ガルガザッハが笑う。
「ははぁ、なるほど、まさに秘密兵器ということですか」
檜舞台では、ロッシュが起死回生の一撃を狙い、剛腕を振り下ろさんとしていた。その拳には、炎魔法を付加しており、まさに炎の鉄拳とでもいうべきものである。
「ええぃッ」
これは、ロッシュに残された最後の一手だった。飛ばした火球に手ごたえがなかったならば、自らの拳で確かめてやる。そういう決意を秘めた一撃だった。
「……ッ」
オーガスタの刃が一閃し、次の瞬間には刃は鞘に収まっていた。ロッシュが刃の煌めきを見たのと、自身の拳を覆う炎が消えたのは、ほぼ同時であった。
そして、それは即ち、ロッシュの敗北が確定したことを意味していた。
オーガスタの抜刀の構えをとって、ロッシュを見上げる。
「どうかな」
オーガスタの言に、ロッシュは構えを解いて、
「参った」
と、簡素な降参の弁を述べた。
「ウォオオオオオオオオッ!」
歓声に沸き立つやぐら座敷から檜舞台へ、勝者への惜しみない拍手と賛辞が降り注いだ。