オーガスタ対ジ・ファイヤー・ロッシュ①
銅鑼が鳴るや、ロッシュは猛然とオーガスタに走り寄り、先制のパンチを叩き込む。
オーガスタはひらりと避けて、お返しにロッシュの鳩尾へとアッパー気味の拳を叩き込むも、ロッシュはびくともしない。
「グッフッフ、“強化”されてないパンチなんざ、屁でもねぇぜ、剣士様よ」
「……、鬼の膂力は人より上だが、こうまで効かんと自信を無くすな」
「ガハハハハ」
至近距離からロッシュのエルボー。避ける為に距離を取ったところで、ロッシュが詠唱を始める。
一方、檜舞台の傍では、特設のやぐらで二人の男が水晶球を前に話し合っていた。一人は、檜舞台から移ったジョージィ。もう一人は、眠そうな目をした、緑青色のマントを羽織った男だった。
「えー、実況席のジョージィです。本日の解説に、ドボンの当主、ガルガザッハさんをお招きしています。ガルガザッハさん、よろしくお願いします」
「どうもよろしく」
「さっそくですが、オーガスタ選手は鬼とはいえ剣士。接近戦が主体かと思うんですが、ロッシュ選手の強化魔法にてこずっているようですね」
「そうだねぇ。オーガスタが剣士ということで、事前に対策を取っていたということだろう。戦いながらの詠唱はきついから、魔法を使う為には距離をとらんといかん。その距離を稼がれた形だから、これからロッシュはどんどん攻撃魔法を使ってくるだろうねぇ」
「ロッシュ選手は“千の炎を操る男”。当然攻撃魔法は炎系統かと思います。そちらに対する対策はどうでしょう」
「無詠唱じゃないから、発動まで時間がかかる。その分軌道を読むのは容易いだろうね。とはいえ、魔道書も魔法道具も持っていないから、詠唱一本で勝負する気だろう。魔法の発動には、呪文詠唱、魔道書、魔法道具とあって、自身の習熟度と発動手段の組み合わせで、出せる魔法の位階や出すまでの速さが違ってくる。それが詠唱のみなんだから、結構自信があるんじゃないかな」
「ありがとうございます。おっと、ロッシュ選手、詠唱が完了したようです」
檜舞台では、上空にいくつもの火球が立ち現れていた。それぞれの火球は力を押し留めるようにぐるぐると渦巻いている。
「これは、暑いな」
涼しげな顔で、オーガスタが剣に手をかける。やや腰を落とし、刃を僅かに鞘から覗かせていた。
「グフフフフ、丸コゲになっちまいな!」
ロッシュが手を振り上げると、上空で渦を巻いていた火球が一斉にオーガスタめがけて降り注いできた。
火球は舞台上で爆裂し、突風と煙が発生した。風はやぐら座敷を揺らし、あちこちから悲鳴が上がっている。
「ガハハハハ、口ほどにもない奴め!」
己の魔法の威力に満足し、ロッシュは笑いが止まらない。
「あ~、っと、これはッ。逃げ場のない一斉攻撃ですッ。ガルガザッハさん、これは大丈夫でしょうか!」
実況席のジョージィがガルガザッハに水を向ける。ガルガザッハは涼しい顔で、
「檜舞台には俺が特製の防御魔法をかけてある。あの程度の炎じゃ燃えやせんよ」
と、扇子で顔を煽いでいた。
「いやいや、舞台ではなく、オーガスタ選手のことなのですが……」
「ん?まぁ、大丈夫だろう」
煙がだんだんと、晴れていく。晴れるにつれて、ロッシュの笑い声は消えていった。
「ま……、まさかッ」
ロッシュの額に汗が滲んできた。これは、己の炎で舞台の気温が上がったからではない。信じがたい光景を目にした時に浮かぶ汗であった。
「それで、仕舞いか」
無数の火球が爆裂した中心に、剣を抜いたオーガスタが立っていた。衣服に焼け焦げ一つなく、まるで魔法など無かったかのように、涼しげな顔をしている。
「う、むむ、む」
思わず、ロッシュは右足を一歩後ろに下げた。
己の魔法の威力は、己が一番よく知っている。故に、あれだけの火球を受けて、無傷というのはあり得なかった。あり得ないことが起きた時、それを起こした相手は己の理の外にある。
理外の相手に対して抱く感情は、恐怖である。
「それで仕舞いかと聞いている」
剣を両手に構え、切っ先をロッシュに向けて、静かにオーガスタは問いかける。
「ふ、ふふ、まだ、だ……ッ」
「ほう」
「俺は、“千の炎を操る男”。この程度で、終わりではないわ!」
恐怖を腹の底へ飲み下し、ロッシュは再び詠唱を始める。
「それでこそ、だ」
オーガスタは目を細めて、ロッシュに向けて歩み寄っていった。