アップルパイとアイスティー
「やぁやぁ、昨日は激闘だったね」
朝の陽ざしが差し込む医務室に、ガルガザッハがやってきた。緑色のマントを纏い、手には平べったい正方形の小包みを携えている。
オーガスタはベッドから起き上がり、軽く欠伸をすると、
「ごらんのとおりです」
と、微笑した。
体力の限界まで戦おうとも、少し休めばオーガスタは回復し立ち上がる。鬼という種族は人よりもこの点で優れている。獣人もこの点については同様だろう。しかし、魔力が尽きれば話は違う。魔力切れからの回復は人と大差はないのだ。
よって、魔力の限りを尽くして戦ったオーガスタとゾーグは、精根尽き果て医務室で朝まで倒れていたというわけだった。
オーガスタの隣のベッドは、空である。
「ゾーグ殿は……?」
「ここに来る途中、すれ違ったね。随分と肩肘張って歩いていたよ。エースも大変だ」
恐らく、新人と仲良くグロッキーというのは彼のプライドが許さないのだろう、と考えていると、オーガスタは耳の奥にゾーグの笑い声を聞いた気がした。
「今夜はいけるかな?」
「問題ありませんよ」
軽く肩を回し、ベッドから出る。スリッパを履いて一歩踏み出すと、オーガスタはよろりとふらついてしまった。
「まぁまぁ、仕合までゆっくりとしていなさい。ああ、これ……。行きがけに寄った喫茶店で買ったんだが、朝食がわりにどうかな?」
ベッドの方を指差し、座るように促してから、ガルガザッハは小包みを開ける。
中に入っていたのは、黄金色に輝く焼き菓子だった。医務室の中に、ふわりと林檎の香りが広がる。
「アップルパイ、ですか」
香りを嗅いだオーガスタの腹が、ぐうと鳴った。
「紅茶もいれよう」
マントの中から水筒を取り出し、氷をじゃらじゃらと入れたコップに注ぐ。ミルク、砂糖はない。
「氷が多すぎやしませんかね」
「濃くいれたからね」
ぱきりぱきりと、氷にひびが入る音が聞こえる。
「ほう」
パイを一口食べ、オーガスタは目を丸くした。
甘酸っぱい林檎の甘露煮。歯ごたえがあり、パイとの食感の違いが楽しい。糖蜜が染み出た生地には、パイ特有のさっくりとした表面の感触と、重なった生地のもちもちとした感触があった。
続けて、冷たい紅茶を飲む。甘いアップルパイと濃いめの紅茶が口中で会合し、なんともいえない調和を醸し出している。
確かに、薄くてはパイに負けてしまうな、と、オーガスタは一息に紅茶を飲み干した。
「大変美味でありました。どこのパイですか?」
「喫茶バロンという店だよ。ここから近い。どうも、気に入ったらしいね」
「はい」
窓の外で、ヒバリが鳴いている。
「どうかな、ここまで仕合をしてきて」
手近の椅子をベッドまで引き寄せて座り、ガルガザッハは尋ねた。
「三戦目にして『あれ』を、ああも目に見える形で使うことになるとは、思いませんでしたね」
脇に立てかけられた剣を手元に置いて、オーガスタは答えた。
『魔法を斬る』というオーガスタの技は、いわゆる奥義に属するものである。
オーガスタとしては、技である以上は衆人環視の中で使うことに抵抗はなかったが、それでもできる限りそうと分かる形で使いたくはなかった。
現に、ロッシュとの仕合では、観客と実況と、目の前のロッシュさえもオーガスタの技を見ることはなかったのだ。
「しかも、使った上でなお勝ち切れない。いやはや、世界は広いものですね」
それでも、オーガスタの表情に暗いものは見当たらない。全ては力を尽くした上でのこと。気分は晴れ晴れしいものがあった。
「こっちに来て、よかったろう」
「まったく」
朝の医務室に、二人の笑い声が響く。
「さて、今夜の相手だが……」
ひとしきり笑いあったあと、ガルガザッハが切り出した。
「AMUじゃない、別の魔導結社だ。君の戦いぶりを伝え聞いて、割り込んできた。どうにも、『魔法合戦』というものがよく分かっていないらしい。気をつけることだね」
「そうですか」
いつの間にやら、ガルガザッハの顔からは笑顔が消えていた。その表情から、オーガスタは今夜の仕合に波乱を予感した。