三番勝負 剣鬼対獣人魔導士④
舞い散る紫炎、うねる流水。
魔法による攻防は限界まで煮詰まり、両者ともに打つ手が尽きてきた。
オーガスタの紫炎がいくつも立ち現れ、あらゆる方向からゾーグに向けて乱れ飛ぶ。ゾーグは足元の水を隆起させ、紫炎を打ち消していく。
ゾーグは紫炎を打ち消しつつも、オーガスタの周囲の水を砲弾のように飛ばし、反撃を試みている。だが、水弾はオーガスタの剣に斬られて消し飛ぶ。それに伴い、檜舞台を覆っていた大量の水はどんどんと減っていく。
つまり、どちらも魔法が相手まで届かないのだ。
そうこうしているうちに魔力は尽きつつあり、お互いの魔法の威力が減衰していく。
「……」
「……」
両者の視線が交わる。
軽く息を整え、納刀するオーガスタ。一方のゾーグは、固く握りしめた拳を、開いたり閉じたりし始めた。
「こりゃあ、お互い覚悟を決めたね」
実況席のガルガザッハが、目を細めながら口を開いた。
「覚悟、ですか?」
「うん。魔法じゃあケリがつかないのだから、もうできることは一つだけだよ」
「すると……?」
「意地の張り合い、だね」
心なしか、ガルガザッハの表情には喜色が浮かんでいる。
両者が構え、檜舞台のほぼ中央で相対した。
「ウォォオオオオ!」
「……ッ」
双拳が交錯する。
ゾーグの左手はオーガスタの首を掴み、オーガスタの左手はゾーグの鼻を掴んだ。
両者の右手は互いの左腕を掴んでいるが、どちらも左手の拘束を外す気配がない。
「ぐ、ぐ、ぐ」
「ぬ、ぬ、ぬぅ」
ゾーグは首を掴む手に力を込める。オーガスタの赤肌が、なお赤くなった。窒息までの時間はあと僅か。
オーガスタも負けずに、ゾーグの鼻を胸元に引き寄せる。
「ぐぐ、うおぉお!」
背中を反らせて、ゾーグの身体を片腕一本で持ち上げると、そのまま反り投げ気味にゾーグの脳天を檜舞台に叩きつけた。
巨体が床板に激突し、ぐわんぐわんとしめ縄が揺れた。
「ぎ」
見事に技を決めたものの、太鼓橋のように背中の反り返ったオーガスタの表情は、苦しげである。
ゾーグが、首の拘束を外さないのだ。
「ぎ、ぎ、ぎ」
オーガスタは両足でゾーグの剛体を挟み込み側転、馬乗りになって掴んだ鼻を左手ごとゾーグの口に押し込んだ。
「ごば」
鼻と口を塞がれたゾーグにも窒息の危機が訪れたが、このままでは先に首を絞められたオーガスタの方が圧倒的に不利。
しかもゾーグは既に両手による締めに移行していた。
「……~ッ!!!!」
かっと目を見開いたオーガスタは、右拳でゾーグの顔面を殴打する。打って、打って、打ちまくる。息の切れる前に打ち据えて、首の拘束を解こうという肚である。あるいはそのまま、脳を震盪させての失神を狙っていたのかもしれない。
荒ぶる乱撃に、やぐら座敷の声援が盛り上がる。
「「「「「「ゾーグ、ゾーグ、ゾーグッ!!」」」」」」
「「「「「「オーガスタッ、オーガスタ、オーガスタッ!!!!」」」」」」」
仕合開始当初にはゾーグ一色だった観客の声は、今やオーガスタとゾーグは半々といった具合だった。
「……」
「……」
やがて、オーガスタの振り上げた拳が力なく降ろされ、馬乗りの身体がゾーグの脇に転がった。
同時に、ゾーグの両手がオーガスタの首から外れ、大の字の形となる。
どちらも、ぴくりとも動かない。
「こ、これは……ッ」
ジョージィは実況席から飛び出して檜舞台へ駆けつけた。
両者の様子を注視した後、両手を頭上で交差させて、大きなバツの字を作った。
両者ノックアウト。引き分けである。やぐら座敷から、どよめきと拍手が聞こえてきた。
すぐさま担架が二台運ばれ、それぞれを載せて医務室へと去って行った。