三番勝負 剣鬼対獣人魔導士③
檜舞台にできた大小の水たまりは、今や腰まで浸かるほどにその水量を増やし、オーガスタの立ち回りに深刻な影響を与えていた。
半ば泳ぐような形で移動しなければならないばかりか、水を吸った衣装は重さを二倍三倍に増加させ、肌に張り付いて動きを制限している。
(まったく、これではな)
着衣で泳ぐ術は心得ているが、その上で戦うとなると、話は別である。力の三割も出せていない。
対してゾーグはといえば、衣装の状態は同様ながら、動き自体に制限は無いように見える。分厚い筋肉の鎧を纏ったゾーグは、増水の影響をものともせず、勇猛果敢に攻め続ける。
「ガハハハハ。どうしたどうした、動きが鈍いぞ!」
思うように体の動かないオーガスタを、ゾーグが笑う。
しぶきを上げて突進するゾーグを、ぎりぎり避けるオーガスタ。それでも、三度に一度は、避けきれずに受けざるを得ない。
「むう」
檜舞台の端まで退いたオーガスタは、しめ縄を掴み己の身体を縄の上へと引き上げると、そのまま水を抜け出してしめ縄の上に立った。ぐらぐらと揺れるしめ縄の上でも、オーガスタの身体はいささかも揺らいでいない。卓越した体幹とバランス感覚が成せる技だった。
(このままではいかん、か)
己から滴り落ちる水滴を感じながら、オーガスタは思案する。
(とにかく、この水をなんとかしなければな)
詠唱し己の周囲に紫炎を出して、衣装が吸った水を蒸発させ、切っ先をゾーグに向けて剣を構えた。
「ほほう、やるではないか。ガハハハハ」
しめ縄の上のオーガスタを見上げながら、ゾーグは詠唱する。
すると、檜舞台の水は二か所で渦を巻き、渦の中心から西瓜ほどの大きさの水の塊が浮かび上がった。
「そうら!」
二つの水玉が、砲丸投げのような軌道でオーガスタに向かう。
「……ッ」
オーガスタの刃が煌めき、二つの水玉を続けざまに両断した。およそ不安定な足場の上とは思えないほどに、体幹のブレの無い、美しい斬撃だった。
観客の中からどよめきの声が上がる。
「ほう」
ゾーグも、感嘆の息を漏らした。
と、いうのも、オーガスタに斬られた水玉は、床に落ちることなく、雲散霧消してしまったからだ。
「どういう理屈だ、それは」
ゾーグの問いかけにオーガスタは、
「答える義理は、ないな」
と返した。
「な、なんとッ、ゾーグ選手の水玉を……、オーガスタ選手……、斬って、斬ってしまいました!」
実況席のジョージィの驚きは、このオーガスタの技が尋常のものではないことを示している。
「これは即ち、魔法を斬ったということです!」
沸きあがる大歓声に、会場全体が震える。
「未だかつて、魔法を斬ったということはあったでしょうかッ、いいえ、火の玉には火の玉を当てる、水の玉には水の玉を当てる。あるいは、強化魔法をかけた法衣や盾、己の肉体で受ける。これが定石だったはずですッ。しかし、オーガスタ選手は、新たな道を示しました!」
ジョージィは知らぬうちに実況席から身を乗り出していた。
「ガハハハハ、ようやるわッ。俺もこの戦いが終われば、試してみるとしよう!」
「できるものならな」
しめ縄に反動をつけ、オーガスタは高く舞い上がると、急転直下檜舞台に飛び込んだ。
「ふッ!」
着水間際、斬撃が水面を断ち割り、オーガスタは水に濡れることなく床の上に着地。
続けて、回転斬りで自らの周囲の水を切り取ると、オーガスタの剣の間合いから、水が消えた。まるで、スプーンですくわれたゼリーのように、くり抜かれた空間に水は入ってこない。
「これで、ゾーグ殿が封じたそれがしの動きは、蘇ったわけだ」
床板の感触を足裏で感じ取りながら、オーガスタは剣を担いだ。
「勝負は五分と五分、まだまだこれからだな」
「抜かせッ。貴様のタネは尽きた。じわじわと押し潰してやるわ!」
「タネが尽きたのは、ゾーグ殿も同じだろう」
「むむむ」
お互いに、手の内は全て晒した。
あとは、死力を尽くして対するのみ。