三番勝負 剣鬼対獣人魔導士①
「皆さま、お待たせ致しました!」
檜舞台の中央で、ジョージィが右手を天に突き上げる。
「一勝一敗で、一進一退の攻防が続く“剣鬼十番勝負”!本日はいよいよ第三戦、オーガスタ選手と対峙するはAMUのエース、その名も高き獣人魔導士ゾーグ選手ですッ」
拍手喝采、大歓声で、会場は興奮の坩堝にあった。至るところに設置されたかがり火は、その熱気を受けてますます盛んに燃えている。
「静のオーガスタ選手と、動のゾーグ選手。勝利の女神はどちらに微笑むのかッ。それでは、ゾーグ選手の入場です!」
楽団が勇壮な楽曲を奏でる。題名は『百獣の誉れ』。獣人の誇りが込められた威風堂々としたこの曲は、ゾーグ入場の際に必ず演奏される。楽曲に合わせて、観客も手拍子をするのが、お決まりの光景である。
「ウォォオオオオオオッ!」
檜舞台に上がり、マイク片手にゾーグが吠える。
「「「「「「ゾーグ、ゾーグ、ゾーグ!!!!」」」」」」
観客も咆哮に歓声で応えた。
一転、楽団の演奏が転調する。
静かな、それでいて心の芯が燃焼するようなメロディー。管楽器主体の演奏で始まった楽曲は、しだいに打楽器が取って代わる。題名は『鬼界現る』。
ゆっくりと歩くオーガスタは、常ならば仕合の際に必ず頭に締めている鉢巻を、今日はつけていなかった。肌と同じ赤い角が、かがり火を受けて鈍く光っている。
檜舞台の端、鉄柱の下までやって来たオーガスタは、その場で跳躍、しめ縄を飛び越え檜舞台に着地する。
「オーガスタ選手、完全復活ですね」
ジョージィが、マイクを差し出した。
「ありがとう」
「本日はいつもの白鉢巻を締めていませんが、その心は」
「ゾーグ殿が素顔なのだ。こちらも素顔でなければ失礼だろう」
「ガハハハ、新人が大層なことを言うではないか!」
オーガスタなど歯牙にもかけないという態度で、ゾーグは大きな耳をゆっくりと動かしながら、オーガスタの言を笑い飛ばした。
「胸を貸してやる。せいぜい気張ることだな、ガハハハハハハ」
「「「「「「ゾーグ、ゾーグ、ゾーグ!!!!!」」」」」」
やぐら座敷の声援は、圧倒的にゾーグの方が上である。
(これが、エースか)
互いに背を向け、対角の鉄柱まで歩いていく。その間オーガスタはゾーグから、ニュルキから受けたものとは違う重厚な圧力を感じていた。
ニュルキは強敵であり、奇策を弄してようやく一矢報いることができた。だが、オーガスタには、ゾーグに対して同じ策が通じるだろうというビジョンが、まるで浮かばない。
(ええい、戦う前から呑まれて、どうする!)
鉄柱の前で翻り、奥歯をしっかりと噛み合わせてゾーグを見据える。
その瞬間、会場全体がしんと静まり返ったのは、両者の視線が交錯し、檜舞台の中央でばちりと火花が光ったからだろう。
「……」
「……」
沈黙を破るように、仕合開始の銅鑼が鳴った。
「……ッ」
旋風を纏いオーガスタが跳躍する。剣の間合いに入ると素早く抜刀し、その勢いのまま思いきり振り抜いた。遠慮も容赦もない斬撃だった。
「ガハハハハ、そう焦るな。まだ始まったばかりだぞ!」
やぐら座敷まで、金属同士が打ち合う音が響く。
「法衣に鎖を仕込む御仁がいるとは、な」
「ガハハハハ!」
ゾーグの法衣の隙間から、何本も鎖が覗いている。
無論、ただの鎖ならば、オーガスタの斬撃は苦も無く斬るだろう。しかし、ゾーグにより強化魔法をかけられた鎖は通常のものとは比べ物にならない強度を獲得し、高速の斬撃を受け止めたのだ。
「ぬぅん!」
ゾーグの太い腕が、大槌のように振り下ろされる。オーガスタは体を捻って回避し、振り切った一撃が檜舞台に命中した。
「むッ」
衝撃で檜舞台は縦に揺れ、表面はべこりとへこんでいる。
オーガスタのこめかみに、冷たい汗が流れた。
(……、鎖のことは、分かっていた。強化魔法がかけられていることも、分かっていた。だが……、これほどとは!)
正面から威圧するプレッシャーに、オーガスタは武者震いした。