二番勝負 鬼火②
ヨードリヒの肉体を覆う青白い輝きはとうに消え失せ、ところどころに水ぶくれができつつあった。
「早く、水で冷やしたほうがいい」
剣を構えて待ち受けるオーガスタ。じいと立ったきり、動く気配はない。
「ちっ、ち」
ヨードリヒにまとわりつく紫の炎。けして消える様子が無く、燃え広がる様子もない。ただ静かに熱を伝えている。
茜色の空が青みを帯び始め、紫炎と絡んで幻想的な色合いを醸し出していた。
ヨードリヒは素早く左右にステップを踏み、強化魔法なしに攻撃を仕掛けるが、オーガスタには当たらない。攻撃の間も紫炎は燃え続け、容赦なくヨードリヒにダメージを与えている。
揺れ落ちる木の葉の如くゆらゆらと避けるオーガスタと、炎にあぶられながらの攻撃でかえって消耗するヨードリヒ。
「ヨードリヒ殿の魔法は無力化されているが、まだやるのか?」
静かに、そして鮮やかに、オーガスタはヨードリヒを追い詰めていた。
「――……~~――」
苦渋の色を浮かべつつ詠唱を始めるヨードリヒ。
「ふッ」
オーガスタの剣撃がヨードリヒを襲う。詠唱と回避の同時行動が、さらにヨードリヒの体力を奪っていく。
やぐら座敷から拍手が聞こえてくる。魔法と魔法のぶつかり合いは魔法合戦の醍醐味であり、真骨頂。十番勝負第二戦にて初めて見せる、オーガスタの魔導士の片鱗に、観客は拍手で応えていた。
「じつに見事、見事というほかありません!」
ジョージィは握った掌の中にじんわりと汗を握りしめている。
「あれは、普通の魔法じゃないね」
隣のガルガザッハが、
「単純な攻撃魔法ではなく、むしろ攪乱や状態異常にウエイトを置いたものだね」
と、解説を加えた。
「ははぁ、ヨードリヒ選手の紋様を消して、魔法を発動不能にするために?」
「うん、ああいうペイント系の発動手段は、魔導士のコンディションに左右される。彫っちまえばそういうリスクはだいぶ軽減されるが、そうすると今度は変更が効かないからね。勿論、彼なりにリスク対策はしていただろうが、うまいことやられたわけだ」
そうこうするうちに、ヨードリヒは魔法を発動、やっとのことで紫炎を消し去った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ヨードリヒの顔には憔悴の色が見られ、がくりと片膝をつく。
「ヨードリヒ選手、一気に消耗しました。ガルガザッハさん、これはやはり、ヨードリヒ選手は詠唱型の発動を不得手としていると?」
「そうだね。慣れない発動で一気に魔力を持っていかれたんだろう。あと、あの炎であぶられて体力を消耗したかも」
「なるほど、恐るべき魔法ですが、そうなると疑問が残ります」
「ほう?」
「それほど強力な魔法を隠し持ちながら、なぜ昨夜の戦いで使わなかったのでしょう?」
「使わなかったのではなく、使えなかったと見るべきだろう。あの猛攻でやられっぱなしだったし」
「ありがとうございます。おっと、オーガスタ選手、ヨードリヒ選手の喉元に剣を突きつけています。これは詰みでしょう」
消耗で立ち上がれないヨードリヒを、オーガスタは黙して見下ろしている。
「……」
「くぅ」
状況はすでに終局にある。ヨードリヒには反撃の手段はなく、降参の意志を示す以外にない。しかし、意地か矜持か、ヨードリヒは意志表示を拒んでいる。
「やッ」
渾身の左ストレートは破れかぶれの一撃。かすることなくオーガスタの脇に逸れた。
「……ッ」
伸びた左腕を掴み取り、捻じり上げて倒れ込む。ヨードリヒの両肩は檜舞台に密着し、オーガスタはヨードリヒにのしかかる体勢となった。
「ジョージィ殿」
実況席に視線を送る。
「これは……」
ジョージィは、隣のガルガザッハに目配せし、ガルガザッハの首肯を以て会場全体に宣告した。
「仕合続行不可能とみなし、オーガスタ選手の勝利としますッ!」
沸きあがる拍手喝采。降り注ぐ称賛の声の中、オーガスタはジョージィから預けておいた杖を受け取り、去っていった。
オーガスタの姿が会場から消え、さらにヨードリヒが退場しても、拍手は鳴りやまなかった。