二番勝負 鬼火①
空は茜色に染まり、太陽は西の彼方で黄金色に輝いている。春の季節が進むにつれ日没は遅くなり、夕暮れ時は長くなっていた。
やぐら座敷の観客は、昨夜以上にざわめいている。仕合開始時間が近づいているにもかかわらず、オーガスタの姿が見えないからだ。
「“剣鬼十番勝負”第二戦、本日はオーガスタ選手対ヨードリヒ選手の仕合です。すでにヨードリヒ選手はリングインし、体をほぐしていますが、未だオーガスタ選手は現れません」
「ふふん、俺はどうやら、不戦勝の勝ち名乗りを受けに、ここに来たらしい。それとも、ガルガザッハさん、あなたが代わりに戦うかい?」
銀色の髪をかきあげ、ヨードリヒは姿なき剣士を鼻で笑った。
「いやぁ、来ると思うよ、うん」
実況席のガルガザッハもまた、眠たげな目だけで笑っている。
ジョージィはヨードリヒにマイクを向け、
「しかし、オーガスタ選手はニュルキ選手の強力な電撃魔法を受けた直後に立ち上がるほどのタフネスを誇ります。このまま不戦敗というのも考えづらいのですが……?」
と、質問するも、ヨードリヒの返答は、
「現に、来ていないだろう。それに、タフネスというのなら、俺の方が上だ。俺は強化魔法のスペシャリスト。もし奴が現れたとしても、鉄壁のガードと猛烈なアタックで、あっという間にノックアウトを奪って見せる。……、もし、現れたなら、な」
と、いうものだった。
実際、上半身を露わにしたヨードリヒの肉体は筋骨隆々、至る所に紋様が描かれており、強化魔法に特化していることがわかる。これらの紋様は魔法陣であり、詠唱に頼らない発動を可能にしているのだ。
強化した己の肉体によるインファイト、それがAMUが誇る“肉体派魔導士”ヨードリヒの戦闘スタイルだった。
「さぁ、そろそろ勝ち名乗りを受けようか」
右腕を高く掲げ、ジョージィに視線を送る。一度目を落としたジョージィが、ヨードリヒの右腕に触れようかといったところで、花道の先から声が聞こえた。マイクで拡声された、静かな語り口。
「それには、及ばない」
花道を歩いてやって来るのは、オーガスタだった。杖をつきながら、ゆっくりと歩を進め、檜舞台へと上がる。
「オーガスタ選手、あなたの登場により不戦敗は無くなりましたが、大丈夫でしょうか?」
「問題、ない。今日の仕合は、骨休めのようなものだ」
ジョージィに杖を預けながら、オーガスタは答えた。
「骨休めとは、言ってくれるな。俺はそんなにヤワじゃないぜ」
「ニュルキ殿より強いのか?」
ヨードリヒの頬が、僅かに朱に染まった。
「そういうことだ。今日は勝たせてもらう」
「そのぼろぼろの身体で、何ができるッ!」
「離れて、離れてッ」
オーガスタに詰め寄るヨードリヒをジョージィが引き剥がし、両者対角の鉄柱まで引き離された。
「それでは、仕合開始ィ!」
黄昏時に、仕合開始の銅鑼が鳴る。
「ハァッ」
ヨードリヒの紋様が青白く輝き、強化魔法が発動される。攻撃強化・防御強化・速度強化の同時発動である。瞬く間に距離を詰め、ナックルパートを叩き込む。
「ヨードリヒ選手、連撃・連撃・連撃ぃッ」
対するオーガスタは、ふらり、ふらりと左右に揺れ、ヨードリヒの連続攻撃を受け流す。
「ふッ」
伸び切ったヨードリヒの右腕に脇差を走らせ、薄皮一枚を斬りつけた。
「ムッ」
右腕の紋様から輝きが失せていく。薄皮から滲んだ血が、紋様を乱したのだ。
「これは、連撃の隙間を縫っての斬撃ッ。とてもとても、ぼろぼろの身体でできることではありません!オーガスタ選手は健在かッ!?」
ジョージィの実況に、やぐら座敷の観客も白熱する。
「今日は、さすがに、な」
「何ッ」
一旦、両者の距離が離れたところで、オーガスタは詠唱を開始する。
「おっと、オーガスタ選手、魔法を発動です!しかし、これはッ!?」
ぼやりと浮かび上がった紫の炎が、ヨードリヒの周囲にまとわりつく。しかしその火力は弱々しく、見るからに低威力である。
「こんなもの!」
両腕を振り回し、炎をかき消そうとするヨードリヒ。しかし紫炎は消えない。そうこうするうちに、ヨードリヒの紋様は、光を失っていく。
「火傷には、強化も効くまい」
全身をあぶられたヨードリヒの肉体は赤く変色し、軽い火傷の症状が出始めていた。