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じゃこと生姜のカリカリ炒め

 深夜の繁華街を脇道へ入ると、薄暗い小路の奥に明かりが見える。

 入口の引戸に嵌められたすりガラスから洩れる光には温かみがあり、周囲よりも時の流れをゆるやかに感じさせる。

 中はそれほど大きな造りではない。

 カウンターと六つの椅子。カウンターの向こうに厨房と呼ぶにはささやかなスペース。

 たったこれだけの小さな空間、それが小料理屋『ぐらはむ亭』の全てだった。

 ここに今、ドボンのガルガザッハとAMUのロッシュがいた。彼らと亭主の他には、誰もいない。


「今は、揃って人目に付きたくないのだが、どうしても貴様に会いたくてな」


「本当に会いたいのはオーガスタだろ?」


「それは、そうだが、さすがに奴には会えんよ」


「俺と会うのも、まずくない?」


「まずいな」


 二人の前に、水割りとおぼしき酒が出された。コップの中は無色透明、ほのかに麦の香りがする。


「これは……、麦の酒のようだが?」


「焼酎、という……、まぁオーガスタのいるあたりの酒だ。強いから水で割るか、氷を浮かべてチビチビやるらしい。荒いのもそうでないのもあるが、どちらにせよ時が立つと丸くなるんだと。なんだか、お前さんみたいな酒だね」


「ほう」


 ぐい、と一口飲む。


「うむ。すうと入ってぎゅうと来るな。うまい酒だ」


「そうだね」


 三口目で、お互いのコップは空になる。すぐに空のコップに焼酎と水が注がれ、それに合わせてカウンターには新たに小鉢が置かれた。


「じゃこを生姜の千切りと一緒に、からりと炒めたものです」


 亭主の年齢は五十代後半、といったところだろうか。押さず引かず、店内の雰囲気に溶け込んでいる。


「うむむ、味醂の甘みだけかと思ったら、ちょいと山椒を利かせているな。生姜と合わさり甘く辛く、こりゃあ酒が進む」


「そうだねぇ」


 美味しいものの前では無言になるという。ロッシュもガルガザッハも、小鉢とコップを行ったり来たりで、次第に口数が減っていった。あるいは、ロッシュは意図して話題を先延ばしにしているのかもしれない。

 沈黙をやぶったのは、ガルガザッハだった。


「何か言いたいことがあるんだろ?人目につかないように場所には気を遣ったんだ。早く言ってしまいなさい」


 何杯目かの水割りを飲み干し、赤ら顔でロッシュを見つめる。


「うむ、こちらの事情を思いやってくれて、ありがとう」


 ロッシュは口に運びかけていたコップをカウンターに戻した。


「はてさて、負けたのはこっちだよ。思いやるもないだろう」


「いや、当主と新人の戦い。こちらが勝たねば明日以降の戦いに緊張感が生まれない。しかも普通に勝っては連戦するオーガスタの立場がない。こちらが勝つにせよ、普通の勝ち方はできんし、そちらも普通の負け方はできなかった。お嬢が大技を出して勝つのがよいが、大技を出すまで持ちこたえてくれなければ、勝負に締まりがなくなる。面倒な戦いを凌いでくれて、感謝する」


「そりゃあ、どうも。でも、無理してオーガスタに会わなくてよかったね」


 焦点のぼやけた目でカウンターの奥を眺めながら、ガルガザッハは笑っている。


「何故だ?」


「本当は勝ちたかったと思っているよ、きっと」


「そうか、それは、そうだろうな。勝ち負けの決まっている仕合は、面白くないものな」


「負ける仕合、勝つ仕合……、どちらにせよ、勝ちたいと思わにゃ始まらないよ」


 ぐいぐい、ぐいぐいと焼酎が進んでいく。


「そういえば、オーガスタは大丈夫なのか?」


 ふと思い出したように、ロッシュが尋ねた。


「あぁ、平気平気。平気じゃなくても、なんとかなるし、なんとかするよ。ははははは」


 ガルガザッハは、笑いながらゆらゆらと揺らめいている。


「おい、貴様。潰れてはいないだろうな」


「ははははは」


 真っ赤な顔で、ガルガザッハが揺れている。


「……、湿った酔い方をしないし、吐かないからいいが、弱いのにぐいぐい飲むのは変わってないな。貴様と飲むのが久方ぶりで、うっかり失念していた俺も悪いが」


 さて、自分で担いで送るわけにもいかず、どうしたものかと考えあぐねていると、さっきまでカウンターの奥にいたと思われた亭主が、入口の引戸を開けて外から入ってきた。


「辻馬車を、拾っておきました。私が馬車までお送りしますので、裏口をお通りください」


「かたじけない」


 出来た亭主だな、と感心しつつ、ロッシュは裏口から静かに立ち去った。


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