剣鬼オーガスタ
あちこちで、松明が燃えている。夜の闇の中、ごうごうと燃える炎。
月の光と松明の炎に照らし出されて、檜舞台が闇の中に浮かんでいる。
四角い檜舞台は、四隅に鉄柱がそびえ立ち、鉄柱同士はしめ縄で繋いであった。
「まだか!」
「早くぅ」
「もう時間だぞぉ!」
舞台を囲むようにやぐら座敷が組まれ、座敷では酔客たちが酒の勢いのままにわめき怒鳴っていた。
酔客の身なりは様々だったが、おおむね、やぐら座敷の広さ、高さ、檜舞台までの位置によって、格付けがなされているようである。
良い座敷には貴族らしき男が厚化粧の女と葡萄酒を飲んでいる。ほどほどの座敷では、きつい香水をつけた年かさの女が若い軽薄そうな男と乳繰り合っている。少し離れた簡素な座敷では、百姓風の男たちがぎゅう詰めになっている。
「ご静粛に!ご静粛に願います!」
檜舞台に、紳士風の男が現れた。三つ揃いに白手袋、豊かな口髭はこってりとポマードで固めている。張りのあるバリトンで、やぐら座敷の奥の奥まで響く大きな声だった。
「今夜は、御来場頂きまして、誠にありがとうございます。今回司会を務めさせて頂きます、ジョージィでございます。皆様、長らくお待たせ致しました。只今より、『魔導結社ドボン』主催、“春の大一番”を開始致します!」
やぐら座敷のあちこちから歓声と割れんばかりの拍手喝采が聞こえてきて、さらにじゃんじゃんじゃんと銅鑼が鳴り響き、酔客たちはますます興奮していく。
「本日のメインイベンターは、ドボンが自信を持って送り出す秘密兵器、東洋の神秘!」
太鼓の音が空気を震わせる。
「誰が聞いたか伝えたか、秘境の果てよりやってきた、赤き眼をした大剣士!」
銅鑼と太鼓の音が、酔客たちの意識を異空間へと誘う。
「その名は!」
一瞬、松明の炎が一斉に消え、酔客たちにどよめきが広がる。明るさに目が慣れていた酔客たちは、暗黒に叩き込まれて軽く混乱状態となった。
「剣鬼、オォォオオオオオガスタァァァァァァ!」
ごう、と消えていた松明が再び燃え盛り、花火が上がる。松明の輝きは暗転前とは比べ物にならないほどまぶしく、檜舞台の周囲は昼と見間違うほどだった。花火の音と光が酔客たちの脳に炸裂し、意識は自然と檜舞台へと向かった。
「ウオォォォォォオッ!」
一際大きい歓声。
さっきまでジョージィだけがいた檜舞台に、さらにもう一人、男が立っている。
剣鬼オーガスタ、今夜の主役である。
赤い瞳に赤い肌、白い鉢巻ごしに浮き上がる二本の角。まぎれもなく、鬼に相違ない。ジョージィと比して、一回りは大きい。長く伸びた黒髪を、後ろで束ねている。
洗いざらしの木綿の衣と墨色の袴を纏い、腰には大小を下げている。“剣鬼”という二つ名に、偽りはないようだ。
(今回の趣向は当主殿の差配だな)
けたたましく楽器ががなり立て、酔客たちのわめき声が響く中にあって、オーガスタは冷静だった。
(あの人らしい)
「さぁてオーガスタ。今日がデヴュウだけれども、調子はどうかな?」
ジョージィが、陽気に声をかけてきた。
「万全だ。何も、問題は、ない」
「君は剣士ということだけれど、ここは魔法合戦の場だ」
「知っている」
「今日の仕合は、剣士対魔導士の、異種魔法合戦ということかな?」
「いや、そうではない。この戦いが終わる頃には、何故それがしがこの場にいるのか、知ることになるだろう」
「あくまで魔法合戦だと」
「うむ」
「デカイ口はそこまでだぜ、ニューフェイス!」
二人の会話を遮るように、野太い声が轟く。
「おっと、オーガスタの対戦相手が到着したようです!」
ジョージィが声の主を指し示す。酔客たちも、一様にそちらを向く。
「デビュー即退場だ、若造め!」
銅鑼と太鼓がリズムをとる。ジョージィが、高らかに口上を述べる。
「それではご紹介しましょう、『魔導結社AMU』所属、“千の炎を操る男”ジ・ファイヤー・ロッシュの登場です!」
髭もじゃの巨漢が、大股で檜舞台に近づいてくる。赤い法衣に身を包み、髪も髭も、ちりちりの縮れ毛だった。
しめ縄をくぐって、ロッシュが檜舞台に上がる。
銅鑼が仕合開始を宣告し、オーガスタの戦いが始まった。