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16 意外な才能

 ――きみの話を聞いてもいいかな。

 膝に頬杖をつきながら、ヴェイドさんはわたしの顔を眺めていた。今はもう冷たくは見えない、淡い色合いの薄紫の瞳を見つめて、わたしは神妙な面持ちでうなずきを返す。

 それから彼は部屋の本棚から、丸めた大きめの羊皮紙を取りだして、わたしにも見えるように広げた。どうやら地図のようだ。

 リスタシア王国、花の都リースブルーム。いまわたしたちが居る王都の全貌が小さな姿でお目見えする。

 最北に王城を構え、貴族街の北区から中央区、歓楽街や商店が立ち並ぶ西区、民衆が居住する東区、そして貧困街の南区に分かれている。

「まずは残念な報せだけど」と、ヴェイドさんは言う。

「人物名鑑を調べてもらったんだが、きみの名前や特徴はどこにも該当しなかった。きみの母君の名前もだ」

 名前が存在しなかった。

 その言葉に思わず構えると、彼は苦笑した。

「家名もないんだから、仕方がない。人物名鑑の記録はそれほど前からあるわけじゃないし、登録漏れはよくあることだ」

「そ、そう……」

「だけどフィオナ、きみを調べるよりもいっそ、母君が捕らわれているという場所を探す方が手っ取り早い。きみが言う屋敷の場所は、どの辺りかわかる?」

 わたしはしばらく考えた。

 そしてつと、地図の一角を指で示した。

「場所は絶対に北区だわ」

「中央区じゃなくて?」

 まるで試すように、ヴェイドさんが先を促した。

「……中央区は、人通りが多かったでしょ。新しそうなお店がたくさん並んでいたもの、違うと思うわ」

 わたしは今朝、馬車のなかから見た光景を思い出していた。

 高級店が立ち並ぶ様に圧倒されていたが、思い出してみると建物自体は新しそうな雰囲気だった。下げられた看板にもたいした傷は見当たらないようだったし、風雨にさらされた歴史がないということは、近年建てられたものと見ていいだろう。

 そこにプライドの高い貴族が、自分の家を構えるとは考えにくい。

「それにわたしの居た屋敷だけど、あんなに大きな建物は中央区になんて建てられないわ。だって中庭もあったんだもの。背後には森もあったし」

 そして地図に書きこまれた各々の屋敷の大きさをじっくりと眺めていく。

 この地図は五年ほど前の制作だから、いまは少し地形が違うのかもしれないけど、そうたいした変わりはないだろう。

「わたしとお母さんが閉じ込められた部屋は、夕日がよく見えたの。それに大きな木が立ってた、だから……」

 少なくとも西日が見える立地の屋敷で、大きな木。

 そう考えると場所は限られてくる。わたしは当てはまる条件の屋敷を四か所ほど指さした。

「きみは頭が良いんだね」

 反応を伺うように隣を見やると、感心したようにヴェイドさんがそう言った。

「言ったでしょ、絶対覚えてるはずだからって」

 記憶力には自信がある。

 昨日、取り乱しながらもそう言ったつもりだったけど、ヴェイドさんはまるきり信じていなかったようだ。

 無理もないのかもしれない。わたしは年齢のわりに背丈が低いほうで、普段からも幼く見られがちだったことを思い出した。

「では、きみの言うとおりに今あげた屋敷を調べよう」

 ヴェイドさんは顎さきに手をあてながらそう言った。少し難しそうな顔だ。

「でも、あまり早くには成果が出ないだろう。先にあやまっておくよ」

「どうして?」

 わたしは真横の彼に向けて首をかしげた。家の主に確認してまわればすぐじゃないんだろうか? だが、そんな簡単な話ではないらしい。

「国の法律がどうであれ、貴族の屋敷っていうのは敷地内だけは彼らの領分と決まっている。はっきりとした罪状でもない限り、ぼくや治安管理局といえど無理に踏み込めないんだ」

「貴族って大変なのね」

 とことん、身分というものには苦労が付きまとう。

「分かってくれて嬉しいよ。……それよりフィオナ」

「なに?」

「どうして、そんなに近づいてくるのかな。座るスペースは他にもあるだろう?」

 うっ。

 痛いところを突かれて、わたしは苦笑いをした。

 少しずつ距離を詰めていたのを気づいていたのね。だって、ヴェイドさんの近くにいると安心するんだもの。母親の話をするときは、ただでさえ落ち着かない気分になるのだし。

 すでに彼の気配が癖になりつつあるわたしに、彼は困ったように首をかたむけた。だんだん遠慮がなくなってきた自分に、わたしも内心驚いている。

 彼が居なくては、わたしはもうどうにもならないのかもしれない。

「なんとなくよ、なんとなく」

 浮かんでしまった考えを追いやるように、わたしはそう誤魔化した。

「嫌だったら、離れるわ。ヴェイドさんに嫌がられてまで、傍に居たいと思わないもの」

「離れてくれると、動きやすくて助かるよ。非常に」

 語尾を強調しながら、彼は言う。

「そうなの?」

「ああ」

「そうなんだ……」

 悲しい顔でヴェイドさんを見あげてみせる。彼の綺麗な弓なりの眉が、ぴくりと動くのを見た。

 そしてしばらくの沈黙があって。

「……好きにしなさい」

 絞り出すような声音だった。どうやらわたしも、女の勝負には勝ったみたいよ、侍女さんたち。



    ◇



 かくして。

 ヴェイドさんの真横に居住権を勝ち取ったわたしは、どこかふて腐れたように、ソファに腰をおろす彼を盗み見た。彼は先ほどよりもいくらか姿勢を崩して、書類片手に仕事を再開したようだ。

 ほとんど無表情に近いのに、どこかうんざりした顔に見える魔術師に、わたしは言った。

「ヴェイドさんて、魔術師なのに治安官みたいな仕事をしているのね」

 彼は目線もあげず、ん、と返事をした。先ほどの件から、なんだか面倒くさがられている気がしなくもない。

 ところで治安官というのは、治安管理局で働いていた人たちのことだ。簡単に言うと街の警備を行っているのだけど、王都内の犯罪者をつかまえたり、犯罪が起きるのを未然に防いだりと職務は様々。

 最初にわたしが頼った警備隊は、ちょうど彼らの下にあたる役職だった。

 その他にも保護局や衛生局といったものも存在するが、とりあえず分かることは、魔術師はそんなに彼らとの接点はないということ。

 魔術師の本分は、魔術関係だ。

 今朝方、ヴェイドさんがわたしを保護局長のオルディスさんに預けようとしたように、わたしみたいな人為的な事件性を孕んだ迷子は、本当なら魔術師の彼に預けられることはない。……まあ、しがみついて離れなかったわたしが、言えたことじゃないけど。

 ヴェイドさんは書類をひとつめくると、なに気なしに言った。

「いや、そんなことはないよ。きみのことは特別。さすがに放り出せるほど僕も非情じゃないしね」

「ううん、そうじゃなくて。さっき読んでた報告書のことよ」

「報告書……?」

 意外な返しだったのか、彼は怪訝な顔でわたしを見た。

「だって遺失物の捜索なんて、普通魔術師がするような仕事じゃないでしょう?」

 なんで、わたしおかしなこと言った?

「魔術を使って探す方法もあるのかもしれないけど、依頼主はそんなに裕福そうじゃないシャメルディ地方の男爵家の人みたいだし、ヴェイドさんまで依頼があがってくるのはおかしいと思うわ。ヴェイドさんは見た感じ偉い立場の人みたいだし、なんで治安局の人たちがそうしたのかなって思ったんだけど、でも遺失物が生き物だからそうしたのかしら。でも精霊を五十八も探してなんておかしな話よね、精霊に個体差なんて滅多にないし、わざわざ王都に依頼をもってこなくても、彼らはそこらじゅうに居ると思うん、だけ……ど……」

 わたしは彼が険しい顔でこちらを見ていることに気づき、徐々に言葉じりをなくした。先ほどわたしが泥人形を召喚したときよりも、もっと厳しい目をしていた。

「あの、ヴェイドさん?」

「いったいいつ、読んだのかな」

 彼は静かにそう言ったが、その声音には冷たいものが含まれている。ばつが悪くなり、わたしは彼から目をそらした。

「ええと、ごめんなさい。怒らせるつもりは無かったの。ヴェイドさんが隣で読んでいたから、ちょっと見えちゃっただけで。一瞬よ、ほんの一瞬……」

「ほんの一瞬? きみはそれで中身を読んで覚えたっていうの?」

「そう、だけど」

「一字一句間違わずに、あの数秒で?」

 やがて書類の束をおしつけられて、問い詰めてくる彼に圧倒される。

 わたしはソファの上で後ずさるはめになった。勝手に書類を見てしまったのはまずかったと、すぐさま後悔する。

 わたしは頭は悪くないほうだと思っている。昔から何でもすぐに覚える性質だった。

 だから読み書きも、街の常識ごとも、なんでもすぐに覚えられたし、母親やその知り合いだって、いつもわたしを見て『凄い』と褒めてくれていた。

 ヴェイドさんに会って、こうして彼を好ましく思い始めて。わたしは少し、勘違いしていたのかもしれない。彼と母親は違うのだ。気持ちが悪いと思われるに決まっている。

 落ち込んでいるわたしを見おろして、彼は呟くように言った。

「驚いたな……きみには魔術師の才能があるかもしれない」

「え?」

 思いもよらぬ言葉に、わたしは目を瞬いた。

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