13 アレク青年
それからすぐに、崩壊寸前の部屋に何人か女の人達がやってきた。
彼女たちはみんな、先ほどやってきた女の人と同じように暗い色の簡素なドレスにエプロンを付けて、髪を後ろでまとめている。
えっと、こういう人たちってなんて言うんだったっけ?
わたしはその場から動けないまま、彼女たちがわたしがこしらえた床の穴を、どうにか直そうと奮闘している様子を見ていた。おかげで瓦礫は少し片付いたものの、女手で部屋の修復というのは無理がないかしら?
わたしは伺うように隣のヴェイドさんを見やる。
ちょっとでも邪魔にならないようにと思って、いまわたしは執務机に座る魔術師の真横に立っていた。
ヴェイドさんはというと、相変わらず書類仕事に追われているようだ。隣街の長からの手紙、魔物討伐の嘆願書、どこかからの招待状――いったいこの人、なんの仕事をしているんだろう?
「ねえ、ヴェイドさん」
「ん?」
声をかけると、彼は書類から顔も話さないまま返事をした。
「その……そもそも、部屋をあんなことにしたわたしが言うのもナンだけど。ちょっと魔術とかを使って壁を修復するとか、出来ない……のかなぁって」
「結論を言うと出来ないね」
「あ、ああそう」
やっぱりそうですか。
そう言われるんじゃないかと思っていたわたしは、たいしてガッカリもしなかった。そうよね、魔術でどうにかできる問題なら、とっくにヴェイドさんが手出ししていたはずだから。
「でも、あの人たちに押し付けちゃっても大丈夫なの?」
仮にもヴェイドさんは男、そしてあの人たちは女なのだし。
「じゃあフィオナ、手出ししてごらん」
「え?」
してごらん、とはどういう……。
眉をひそめたわたしの背を、ヴェイドさんが前へと押しやった。なんなの、もう。不思議に思いつつ、瓦礫処理を続ける女の人たちのもとへと行くと、
「あの、何かお手伝いを」
一番近くにいた女の人に声をかけると、彼女はゆっくりとわたしに振り向いた。
「いいえめっそうもございません!」
「うっ」
わたしは思わずひるんでいた。な、なんて良い顔しているの、あなた。
女の人は“今が楽しくて仕方がない”といった表情でわたしに笑顔を振りまいた。とても美人な人だけど、どこか恐いと思ってしまうのは何故!?
「どうぞお嬢様、わたくし達のことはお気になさらずに! これがわたくし達に任せられた仕事なのです」
「そ、そうね」
仕事と言うより、趣味と呼んだほうがふさわしい顔をしている気がするけど!
「ええとその、楽しそうね……」
「ええ、わたくし今日のことは死んでも忘れません」
死んだらせめて忘れて欲しい。
せめて何か手伝えたらと思って来たのに、それから女の人はまったく手出しさせてはくれず、ますます申し訳なさがつのるわたしだった。やきもきしながらヴェイドさんのもとに戻ると、彼はそれを知っていたかのように軽く首をかしげて見せる。
「どういうこと?」
「さあね」
彼ときたら淡々としたものだ。戸惑うでもなく、あの冷たい雰囲気のまま着々と次の書類へと手をかける。
「侍女たちはいつもあんなふうだ。放っておきなさい」
「あ、そっか。あの女の人たちって“侍女”なのね」
ヴェイドさんのつぶやきに、すぐに合点したわたしだった。侍女というのはわたしも聞いたことがある。裕福な人たちに仕える女の人のことだ。高級品にあふれるこの場所に、侍女なんて存在がいても、まあおかしくはないだろう。
だが侍女というのは見かけによらず、すごく肝の据わった集団のようだ。
わたしでさえ最初にヴェイドさんを見たときは近寄りがたいと感じたのに、侍女さん達はあんなに生き生きと働いている。
ねえヴェイドさん。大抵の人はあなたを恐がるって、それってただの勘違いってことはないのかしら?
だったら悩みはひとつ解決だ。
そうだったらいいと思いつつ、引き続き彼の仕事ぶりを眺めていると。
「ぉおおーい、フロディーィス!!」
「ああ面倒二号が来た」
どこからか呼び声が聞こえたかと思った途端、ヴェイドさんがめずらしく頭を抱えてふさぎ込んだ。もしかして、面倒一号はわたしなのかしら。
それから間もなく、盛大な音をたてて扉が開け放たれる。
入ってきたのは身なりの良い男の人だった。光にキラキラと輝く金髪と、新緑の瞳をした男の人は、ヴェイドさんよりもいくらか年若い印象だった。
彼はわたしには目もくれず、まっすぐにヴェイドさんに向かってきた。
「お前、隠し子がいたんだって?」
これまた嬉々とした表情で執務机に両手をついた青年は、とんでもないことを言い放った。か、隠し子!?
「今も昔もそんなものは居ません」
「いつかお前の弱みを握ってやろうと思っていたが、まさかこんな形で舞い込むとはな。これからは僕の天下だ!」
完全に人の話を聞いていない青年は、ははは、と嬉しそうにその場で高笑いをあげる。嫌そうな顔になったのは、他ならぬヴェイドさんだった。
「きみは、ぼくの話を聞いていたのかな?」
「ああ、もしかして君がその少女か?」
そのって、なに。
突然こちらに話題がふられ、わたしは思わず身をすくませた。新緑の瞳につかまったわたしは、慌てて彼に向かって腰を折る。
「は……初めまして。フィオナといいます」
「ふむ、黒髪か。めずらしいな」
――黒髪。
しまったと思った。
自分の黒髪のことを、今の今まですっかり忘れていたことにわたしは気づく。今まで隠したこともなかったせいか、注意していないと黒髪が“悪魔の使い”の証であることを失念してしまう。
顔が蒼白になるのが分かったのか、金髪の青年は片眉をあげてわたしを見おろした。
「なに、怯えることはない。黒髪の価値は僕もわかっているつもりだ」
そう言って、彼はわたしの目の前に立つ。
やはりヴェイドさんに対するのと同様、わたしは彼をかなり見あげる形になった。体が小さいというのは、こんなときにとても不便だ。
「僕はアレイストだ。アレイスト・リディオ・セフィールド=リスタシア。まあ、長いから適当にアレクと呼んでくれ。ああ、君こうして見るとなかなか可愛いじゃないか。うちの妹には負けるけどね。うちの妹ときたら最近思春期なのか全然俺に構ってくれなくてなあ、そうだフィオナ。俺のことはいっそお兄ちゃんと」
「え、えっと!?」
嵐のようなアレクに、わたしは眩暈がしそうだった。
どうやらこの人は貴族で、妹さんが居るらしいということだけは分かったのだが、いかんせん先ほどから飛びこむ情報の量が多すぎる。
あたふたするわたしを見兼ねたのか、ヴェイドさんが口を挟んだ。
「アレイスト、早く自室に戻りなさい」
「邪魔をするな、フロディス。これからいいところだったんだから」
いいところって、あなたの妹さん自慢な気がしますけども。
「黙りなさい、ここに居られると邪魔だ。それとも、いきなり優秀な教育係サマの前に転移させてあげましょうか? もちろん、君を動けないようにして」
「お前は本当に嫌な魔術師だな。だから陰険って言われるんだぞ」
アレク青年は大げさに、顔をしかめた。