陸
崖のふちに立ち、一人の少年が虚ろに下を見下ろしている。
短い黒髪をなびかせ、今にも消えそうなほどはかない。
「行かなきゃ、行かなきゃいけない。」
その呟きと共に少年は身を投じた。
生温い風をはらみ、音もなく崖下に消えた少年を遥か高い場所で見ていた者がいた。
片手を軽く振れば、少年から小さな卵が飛び出し目の前で静止した
「ふん、人間とは何処までも愚かで壊れやすい生き物だ。これで9人目か」
忌ま忌ましげに呟き、卵を右手で握り締める。
その背には大きな翼があり、瞳は金色である。
「また新しい人間を見つけなければならないか。面倒だな」
舌打ちし、崖下に消えた少年など最初からいなかったように見向きもせず、翼をはためかせ飛び去った。
後に残るのは雄大な自然だけである。
ゾクリッ
一瞬感じた嫌な気配に飛び起き、辺りを見回す。
なんだ今の気配は。一瞬だったが‘奴ら’の気配がした
いつもにこやかでどこか抜けているリーナのこの行動に周りにいた者達は驚き凝視している。
しかしその視線など気付く余裕さえないのか今だ自分の世界に入っている
あの感じ方からみて大分距離はあるな。
さらに探ろうと目を閉じようとし、固まった。
ようやく周りの状況に気付いたのだ。
「アシュレイ?
立ち上がっているようだが、どうかしたのかね?」
いつの間にか目の前に来ていた先生に緩く首を振る。
「別に何もありませんが。今日のお昼は中庭で取ると気持ち良さそうですね先生」
「そうか、相変わらずだな・・・・」
なんとも言いようのない空気が辺りを包む
しかし、その空気を打ち破るように授業終了のチャイムが鳴り響いた。
それと同時にカバンを掴み
「今日はなぜか気分が優れなくて気分が乗りません、早退してもよろしいですよね?」
机の上にあった物や中に入っていた教科書類をカバンに詰め込むと有無を言わせない笑顔な迫力で先生に早退を告げ、振り返りもせず出て行った。
寮・リーナの部屋
寝室に駆け込み、クローゼットを開け放ち、そこから黒いバックを出し、ベットに放る
素早く制服を脱ぎ落とし、バックに手をかけ、
そして数分もしないうちにバックに入っていたものを身に付けていた。
「確かめないと」
その瞳に優しげな光はなく、強いまるで閃光のような輝きを放っていた。
「まずはギイの所に寄ってから許可を取らないと。面倒だな」
邪魔な髪を簡単にまとめ上げ、髪ゴムで留める。
そして音もなく転移した
「ギイ、少し出掛けてくる。仕事は任せた」
突如現れたリオンにシャワーを浴びてたギイが固まった
「リ、なに、か、あ」
顔を青ざめさせ、リオンを凝視している
「何を言ってるんだ?」
機嫌が悪くなっているのは理不尽ではないか。ここは怒鳴ってもいいはずだ
「今すぐに出ていきなさい!!」
「言われなくても出ていく。仕事は任せたからな」
そうして帰る時も一緒でさっさと消えた。
「待って、リオン。出ていくのはここからであって・・・・・
いってしまったか」
項垂れ、壁に手をつく
「何度言ったらリオンは分かるんだ。身体は女性なんだから少しは常識的な行動を取るつもりはないのか?」
そうして決める。
必ずやリオンに言い聞かせると
リオンは確かに男だ。
しかしその肉体は女で、決して力が強いとは言えない
女の身体に男の人格があるのは好ましくない。だが「彼女」が生き続けるには『リオン』と言う人格が必要不可欠
「まぁ、常識を養わせない」
深く息をつき、そしてふっと疑問が浮かんだ。
先程リオンは何を言ったか。
聞き違いでなければ仕事は任せると、それはまさか・・・・
しばしそこで考え込んで風邪を引きかけるのはもう少し後のこと
静かだ。
何もないな。確かにこの辺りだと感じたんだろうと目を閉じようとして、微かに鉄錆びた匂いが鼻を掠めた。
この匂いは血か?
辺りを再び見回して崖下を覗き込む。
そして眉を潜めて舌打ちし、軽く地を蹴り崖下へと風を操り降りる
あまり気持ちの良いものではないな。まだ死して時間が経ってはいないが
痕跡はすでに絶ち切られて見ることは叶わない
自らの血の海に沈む無惨な姿の遺体を見つめ、リオンは空を仰ぐ
外傷から見て死因は崖からの飛び降りだな。
だが何故飛び降りなんかしたのか?
こんな森深くの崖じゃなくてもいくつか崖があるのだから
その時、不意に遺体のめくれた腰に見覚えのある物を見つけた。
「これは・・・」
ギリッと唇を噛む。
「奴らが現れたのか。」
風が髪を弄び、表情を隠した
「また始まると言うのか?あいつらが再び・・・・・」
哀しみを含んだ声が響き渡る