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拾呉

「これは派手にやったな」


感心しきってるギイを冷たい眼差しで見つめ、グイッと腕を引っ張り、握り締める。


「終わったんだよね?」

「ああ、なんとかな。」


苦笑しながら『蒼王』の頭を撫でる。


ギイは言外に行こうと催促するリーナの腰に腕を回す。


「その様子だとまだまだ『蒼王』が出した基礎訓練はパス出来てないみたいだな。慣れるまでこの訓練は続くからゆっくりと休めよ」


そう部屋で伸びている皆に声をかけ、そのまま『蒼王』と共に転移した。


「それでなにする?」


ギイが転移したのは、自室でリーナを放しながら聞くと


「タルナに行って」

「あんな観光地にか?遊びに行きたいのか?」


某有名観光地の名に戸惑う。


基本面倒がり屋のリーナが行きたいと言うのだ


気晴らしか、と考えるが


「タルナに別荘に休みに行く」

「やっぱりぐうたらな生活を」


やっぱりリーナはリーナだったらしい


「じゃ、荷物を用意しないとな。少し待ってもらえるか?」


急いだ様子で部屋を飛び出しかけたが、リーナが袖を掴み止めた


「もう用意しておいた。さっき頼んでいたから」

「最初から行く気だったんだな」


再び、リーナを引き寄せ軽く目を閉じた瞬間


すでにそこは暖かい風が吹く白い屋敷の前であった。


「ご飯・・・・・」

「はいはい、用意する。材料の方は調達されているんだろう?」


わがままなリーナの発言も軽く了承し


連れ立って屋敷へ入って行く。


「リクエストがないなら適当に作るからな」


そう声をかけ、リビングのソファーにリーナを置き、厨房に向かう。

勝手知ったる屋敷内を歩きながら、ギイは苦笑する。


「ここに来るのは何年振りかな。


生まれ育った家なのに大分来る事が出来なかった。」


そうここは正真正銘ギイの生家である。


懐かしがりながら厨房につくと、中から微かに物音がした。

一気に気配を断ち、中の様子をうかがいながら中を覗いた。


視界に動く者がいない


しかし、まだ音と気配は感じる。


扉を通れるくらい開き、そこから音もなく入り右手には愛用の剣が構えられている。

そして、音と気配を辿りついたのは貯蔵庫前


そこまで来て、ギイは剣を下ろし呆れた表情で貯蔵庫まえに鼻歌まじりで座る男を見つけた。


「ゲイル、なんでいるんだ?


お前は父さん達のとこにいるはずなのに」


ゲイルと呼ばれた男が振り返り、ニンマリとした表情でギイを見た。


「ギイ坊ちゃん、いくらリーナ嬢と二人っきりがよかったからって怒らないで下さいよ」


その発言にギイが睨みつける。


「ゲイル、言って良い事と悪い事が」

「ニール様もミリシャ様も公認されてるんです。今更じゃないですか?」


全く堪えた様子はなく、あまつさえ


「父さん、母さんまだ勘違いを」


ギイの両親の名まで出してきた。

頭痛がしそうだ、とばかりに額を押さえ


「それで結局何しにきたんだ?」


早くしろとばかりに睨む。


「だから言ってるじゃないですか?


ギイ坊ちゃんとリーナ嬢の仲を更に取り持つためにだよ」


ニシシ、と笑うゲイルにギイは呆れ果てる。


「ゲイル、いい加減にふざけてないで用件を言え


お前が俺の前に現れたという事は何か大事な用件があったからなんだろう?」


ギイの言葉に、一瞬でゲイルが真面目な顔に変わる。


「ジャサ国が墜ちた」


その一言にギイの眉間にシワが寄る。


「何時だ?」

「ちょうど一週間前だ。」


苦々しげなギイに不機嫌そうな顔を曇らせ、ゲイルも頷く。


「ゲイル、お前の事だ。現状は調査済みだろう?」

「ああ、生き残りは限りなくゼロだ。

一夜にしてジャサ国はこの世界の地図上から消えた。」

「原因は分かったか?」

「間違いなく、魔物共だな。生々しい痕跡があった」

「警戒線を強めないとならないな」


厳しい眼差しで宙を睨む。


「この事は後で俺から「蒼王」に報告しておく


他に何か報告は?」


腕を組み、ギイがゲイルを見る。


するとゲイルは一つ頷き


「あと一つ、解せない事がある。」

「なんだ?」

「リーナ嬢は俺の事を知らないんだよな?」


聞く顔は真剣だ。


「うちの執事だと知っているが、お前が


Xクラスの一人、『瞬聖』だとは知らせてない。」



『瞬聖』


五人いるとされるXクラス保持者


ギルド『竜王の顎』を拠点にし、活躍する人物


謎多い姿を捉える事が難しい程の素早さと頭脳の持ち主で、正体を知る者はいないと言われている。

全ギルド内で『蒼王』の次にミステリアスな事でも有名であった。


「そうか、残念だな。」

「何が残念なのか意味が分からないが?」

「聞きたい?」


ゲイルは心底意地悪げに笑う。


勘がつげる、ろくな話じゃないなと


「いや、いい。全く気にならないから話すな」


即刻喋りだしそうなゲイルを制し、貯蔵庫に入って行く。


「聞いてくれても損はないのに


まぁ、いいやところで何するつもりなんだ?」


首を傾げ、貯蔵庫から幾つかの食料を取り戻ってくるギイに疑問を投げかける。


「何って?調理するんだが


リーナがお腹が空いたとソファーに横になっているからな」


その答えにゲイルがにんまりと笑う。


「そこまで尽くしてるのに、何もないのは疑わしいな


本当にリーナ嬢のことを女性としてみてないの?」

「しつこい奴だな」


呆れた眼差しを向けるギイにゲイルが少し寂しそうに笑う。


「失ってはじめて気付くなんて間抜けなことお前にはして欲しくない」


軽く、頭をかき


「だから意地なんて捨てちまえ。


年、身分で大切な人を逃がすなんて馬鹿だぞ


それともリーナ嬢をあそこまで溺愛してるのに

気付いてない訳じゃないんだろう?」


苦笑ぎみに諭される。


「ゲイル、お前はまだあの子の事を」

「女々しいとは思うがこればっかは仕方ない


忘れる事は出来やしない」


少し湿っぽくなり出した会話


そこにこちらに向かってくる足音が聞こえて来た。


「おっとリーナ嬢がやってくるようだな


今日のところは引き上げる何かあったら連絡してくれ」


そう言ったかと思うと風がふき、次の瞬間ゲイルの姿は消えた


それと同時に扉が開きリーナが不機嫌そうに入ってきた。


「ギイ、いつまで掛かるの?」

「悪い、食料庫見てたら遅くなった。もうちょっと待っててくれ」


テキパキと動き出すギイにリーナはじっと見つめ、近くある椅子に座る。


「そこにいるのか?持って行くから居間で待っていると良い」

「・・・・邪魔?」


気を聞かせて言ったことのリーナの返事にギイが振り返る。


表情は先程と変わらないが瞳にはくっきりと浮かんでいる

照れと寂しさ、そして強がり、何よりも無垢な好意が浮かんでいた


だからだろう


ギイは笑ったりせず、黙って作業に戻る

時折、そう時折だがリーナはこうしてギイの側にいたいと甘えてくる。


だがベタベタとすることはない


おそらくリーナは恐れている。


幼い頃より大人に利用され続け、親から引き離され子供であることを奪われた。


人に甘える術を学ぶことができなかった。


だからこそギイはリーナを甘やかしてやる。


意地っ張りで暴れん坊、口が悪くて思いやりがある優しい子

素直に馴れきれないリーナをただの子供のように接してやること


それしか自分には出来ないが


それでも少しでもリーナが甘えてくれるなら


何よりの幸せだ。


「眠たくなったら言うんだぞ」


そう少し笑いながら調理を開始する


しばらく視線を感じた。


いつもの冷たい視線じゃない。


言うならば


温かい甘える子供の幸せな視線

この時間がいつまでも続けばいいのに


本気でそう思った瞬間、一つの考えが浮かびギイは慌てて消そうとする。


何を考えたんだ、俺は


そんなことしたらいけない


でもリーナがもう辛い思いさせない方法はあれしかない

そう、世界の表舞台から『黎明の蒼王』が消えること

リーナが蒼王であると知っている自分以外の人物さえがいなければ


リーナは普通の少女に戻れると

もう笑うのを押さえ付け、日々精神を摩耗する事なく生活させてあげられる。

その考えはとてもギイには抗えない誘惑的な考え


もう見たくなどない

完全に精神を殺し、涙も見せない無表情のリーナなど


リーナが本来のあるべき姿は『蒼王』ではないはずだ


世界最強の魔法使いではなく、平凡な幸せを望む事が出来るただの少女のはずである。

しかし、現実的にはそうする事が出来ない。


今はまだ、だ。


ギイはそう心に刻み付けた。

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