拾肆
「さて、どうするか」
しばし悩んだ後、立ち上がる。
このまま長引かせるとろくな事はない
「致し方ない。行くか」
疲れきった表情を浮かべ、ギイは執務室から出ていく。
向かう先は一階上である
そこは主にギイや他数人の幹部達の私室がある階であった。
重たい足取りでたどり着いたのは自分の私室
静かに入り、室内を一回り見てからベッドに近付く。
そして優しく声をかける。
「起きてくれ、話があるんだ。聞いてくれたらまた眠っていいから」
何度か言うとモゾモゾと言う動きでベッドから起き上がり、ギイを無表情で見つめる。
寝乱れたのか、はたまた寝間着にしたギイの服のせいなのか
かなり色っぽい状態だ。
さすがにギイもこれは予想してなかったのか、目を反らす。
「リーナ、俺の話を聞いて欲しい。」
そんなギイを無表情のままリーナが見ている。
「リーナ、話す前に身支度してくれないか?
目のやり場に困って見れないんだ」
「何故だ?」
本当に分からないと言った表情のリーナに、ギイが見ないようにしながら近くにあるガウンを渡した。
それを不満げに受け取り、仕方ないとばかりに着る。
「着たか?よし!じゃ、話を始めよう」
睨むリーナをスルーし、向かい合う。
「これはギルドマスターとしてだ
『蒼王』、明日から君にはこの国のギルド員のレベルアップを図って欲しい。」
「面倒だ」
きっぱりと言い切ると、またベットに潜り込もうとしたが、ギイに肩を掴まえられ止められた。
「待て、本当に冗談でなく真面目にだ」
真面目ね
まだ少しぼんやりする頭で、ギイを見る。
いつも優しくリーナを見る瞳は、強い光を宿し肩に置かれた手も強く握られている
「なんで?今頃になってそれに私だけなのか?」
すると、肩を掴む手を離し、ギイはベットの端に座った。
「ああ、一人ではない勿論。二人ほどつけるつもりだ」
顔を覗き込むように顔色をうかがう
なんか信用されていない気がする
「どうしても嫌か?」
「・・・・鍛えるなら、指導の上手い奴がやればいいのに」
軽く頭を掻き、ベットから抜け出す。
「・・・・仕方ない、やってやる。
ただし、」
「ただし?」
固唾を呑んだギイを振り返り、不敵な態度で見下ろす。
「ただし、今日から数日間ギイは私の奴隷だ」
「・・・・つまり言う事を聞けば良いのか?」
「ああ」
そして苦虫潰したような顔で頷く。
「数日分の仕事を片付けるから、悪いが奴隷になるのは夕方以降からにしてくれ」
「分かった」
快く頷き、リーナはいきなり服を脱ぎ捨て始めた。
「ま、待て脱ぐな。脱ぐなら俺が出てからにしてくれ」
慌てふためくギイは、脱ぐのを止めないリーナから逃げるように部屋から、出て行った。
なんとも情けない男であった
皆一様に緊張に顔を強張せ、ソワソワと視線をさ迷わせている。
そんな中に、ドアの開く音がして皆一斉に顔を向ける。
「お?なんだ熱烈な歓迎ご苦労だな」
赤いフードを被った者が楽しげに入って来た。
その後をギルドマスターのギイ、それから薄紫のフードを被った小柄な人物が続いた。
「さて、集まってもらったのは他でもない
今日からランクアップを最優先事項として特訓するために集まってもらった。」
その言葉にざわめきが大きくなる
そして、一人の手が上がる
「何か質問かい?」
ギイの問い掛けに瞳を爛々と輝かせ、頷く。
「僕が聞いた話だとあの『蒼王』様がいらっしゃると」
その発言に再びざわめき、ギイを凝視する
「本当だ。異例だが『蒼王』も君達を鍛えるためやって来る
「いついらっしゃるんですか?」
「気まぐれな人だからね」
苦笑し、濁す。
「とりあえずはこの二人が君達の訓練を監督する」
「自己紹介を」
二人に呼びかけると薄紫のフードの人物が前に一歩出る
「《踊り子》、主に体力面を受け持つ覚悟しておくように」
少し低い女性の言葉にざわめきが起こるが、ギイの睨みで静まり
次は赤いのフードの人物が出る。
「魔法面の指導を担当るす、《瑠璃の蛇》だ。」
楽しげに笑い声を上げ、見回した。
それには息を飲む者が多数いた
ギイの睨みを恐れ、皆声は出さないが二人の二つ名持ちに驚いていた。
なにせ二人は六公《紫苑の雷》、《太陽の使徒》直属の部下でもあるのだ。
故に名が知れており
上司である六公の命により各地を動き回っているために、ギルド員の前に姿を現す事はほとんどないのだ。
興奮するな、と言う方が間違っている。
「まずは、ランク別に別れるんだ。
一人一人実力などを見たい、右からD~Bの順にだ」
《踊り子》の言葉に慌ててランク別に別れようと動き出す。
それを見てからギイが、「後は任せた」と言い出て行った。
ギイが残した「任せた」の言葉の事実を今はまだ誰も知らない。
あの言葉が二人の二つ名持ちにではなく
ずっと様子を冷静に見つめ、誰も気付く事がないほどこの場になじみ、姿を隠した最強の人物
リーナであった。
実はリーナは最初、まだ誰もいなかった頃からこの場に居て、ギルド員一人一人を観察していたのだ。
《踊り子》、《瑠璃の蛇》もその対象であった。
彼らは指導役を任されてるが、同時にリーナの戦力アップリストに載っていたのだ。
完璧に気配がないため
部屋にいる全員を騒がれることなく、皆自身の今現在最大であろう力を出しているので、正確に観察出来た。
ザッと見ると幾人か気になった者達を今度はじっくり見る。
欠点を直すもしくは正しく導けばランクが上がるのが容易な者達だ。
しばらくその者達を観察してから
ようやく指導してる二人に目を向ける。
先ほども思ったが『瑠璃の蛇』は少々熱が入りやすいな
まぁ、反対に『踊り子』は一歩引いてる
その姿は二人の性格が表れている。
そして一通り見た後、リーナは仮面をつけ、ローブを深く被り直して
一つ呼吸を整える。
今から自分は『蒼王』、ギルドの頂点とも呼ばれるXランクの人物
女子学生リーナではない。
誰もが憧れ、恐れる『黎明の蒼王』リオン
さぁ、仕事だ。
一度閉じた瞳を開けた時、リーナは完全にリオンとなっていた。
そしてゆっくりと気配を殺すのを止めた。
「なんだ、この気配は」
『踊り子』が辺りを見回し
部屋の奥で空中に浮かび、こちらを見る蒼色のフードの人物を見つけた。
瞬間身体が震え、力が抜けかける。
「よ、ようこそ、お越しいただき」
震えた声で『瑠璃の蛇』が声をかけたが、視線が合ったのだろう、『瑠璃の蛇』が固まる。
重苦しさを感じるほど場の空気が重い。
「『蒼王』様でいらっしゃますか?」
勇気を振り絞り、『踊り子』が問い掛けた。
しかし、答えはなく。
近付いてくる姿に、戸惑う。
「あの・・・・・」
「今より、重力をかけていく。まずはその中を走れ」
低い声が部屋全体に響くように聞こえ、ざわめく。
そんな者達を一瞥し、もう何も言うことなく
左手を軽く上げた。
瞬間、身体が重くなったのを誰もが感じ
一斉に視線を向けるが、リーナは佇むだけだ。
「皆、走れ。これは『蒼王』様からの、指導だ」
すでに走り出している『瑠璃の蛇』と『踊り子』の注意に皆頷く。
それを軽く見てから
再び宙に浮き上がり、小さな火球を創り出しこの部屋の至る所に飛ばす。
火球はしばし、その場に留まったが人が近付いた途端
人めがけて飛んだ。
「うわぁ、なんだこれ」
「痛っ」
「身体が重い上に障害物か」
「っ痛、何すんだ。俺を盾にしやがったな」
「・・・・ウザい」
ありとあらゆる悲鳴と怒号が聞こえ、時折根性のある人間が悪態をついている。