拾
見上げるとそいつは猫のように丸まって寝ていた。
ありえない。普通は木の上で寝ないだろう。
だが常識を言ってもすぐに忘れてしまう事は、性格からしてありだろう。
まぁ、どうでも良いと言い捨てられるってもありだ。
しかしこのままにしとくわけにもいかず、息を大きく吸い込み
「起きろ、いつまで寝てるか、授業をサボるな」
連続無詠唱で魔法弾を叩き込みつつ、叫んだ。
それでも奴は起きず、魔法弾の衝撃で枝が揺れて、奴は寝たまま落ちて来る。
それに慌てたのは落とした原因を作った彼、ミシェルだった。
走り寄りながら一言”風”と叫ぶ。
すると落下スピードはゆっくりとなり、ミシェルは安堵しつつ、腕に抱き留めた。
スヤスヤと眠る人物にイラッとしたが、顔を見てしまうと、そんな思いも消えてしまう。
実に気持ちよさそうに眠る奴、リーナの顔は綺麗だった。
初めてじっくりと見るリーナはなんというか
綺麗だった。
今まで見ていたリーナはけして不細工ではない、まぁ一言で言えば普通の容姿だった気がする。
いや間違いない。
確かに普通の平凡な容姿だったのだ。
なのに目の前のリーナは別人かと疑うほど違っている。
落ちた衝撃か編まれていた髪は解け、滝のように流れている。
桜色の唇、目を閉じていても分かる長い睫毛
しばしそのまま見つめていると、リーナが身じろぎした後目を開いた。
しばらくの間無言のまま見つめ合い、ミシェルの方が気まずげに視線を外した。
それを無表情で見た後、リーナはミシェルの腕から起き上がる。
そしてなんの感情を浮かべず
「なんの用?」
尋ねた。
すると逃げていたミシェルがまだ気まずげだが、顔を向けた。
「また忘れたのか?
次の授業は一週間後の学年別トーナメントの練習だと言うことを」
「・・・・面倒くさい。一人でやれ、私は寝る」
またもそもそと木に登ろうとして、肩を掴まれる。
「いいから来い。全員参加だ。」
そしてそのままリーナは引きずられ、次の授業に強制参加をさせられる事になった。
「眠い、木陰に・・・」
「寝てる暇はない。キビキビと動いて練習だ。」
うざい。マジうざいと思うリーナであった。
「ふ~ん、ここに《蒼王》がいるのか。」
不敵に笑い、謎の少年が学園に乗り込んだ
ブワッ
なんだ今の恐ろしくも不吉な予感は
何か近付いて来る。
間違いなく自分に取って良くないものが
一瞬の内に鳥肌が立ちリーナは小さく震えた。
しかも若干青ざめている気がする。
「一時撤退を考えるべきか」
一瞬悩んだおかげで、この後悲劇が起きることをまだ知らない。
「お前達席につけ、今日は転入生がいる。入って来い」
おいおい展開早いな。
まぁ仕方ないといえば仕方がないか
一人納得していると女子の歓声が響き渡る。
「キャーカッコイイ」
「彼女にしてください。」
「俺と付き合ってくれ」
・・・・・・聞いてない。うん最後のは空耳だ、そうただの気のせいだ。
軽く引き気味な心境で転入生を確認し、目を疑った。
ありえない
マジでありえない。
何故あいつがここにいる
絶叫しかける。
だが今の自分はごく普通の学生、ここで目立つ訳にはいかない。
ゆっくりと教室を見回していた転入生の視線がおもむろにリーナで止まった。
ば、ばれたか?
しかしすぐに視線は逸らされた。
「皆さん初めまして、ライル・ロネです。よろしくお願いします」
爽やかな笑顔である。
その瞬間再び歓声が響き渡る。
騙されている。
絶対にあいつの偽爽やかスマイルにみんな騙されている。
確信持って言える。
あいつは腹黒だ。しかもただの腹黒じゃない。
どSの腹黒だ!
何度私も悔しい思いをした。
なにせ奴は
私のおもちゃのギイを私より多く弄り倒して遊んだのだ。
許せまじライル
「ねえねえライル君格好良くない?私タイプなんだけど」
マジですか?
あんな奴がタイプだなんて
人生を棒に振る気なわけ?
「始めまして、これからよろしくね?」
いきなり手が目の前に差し出される。
びっくりし、顔を上げれば至近距離の場所にライルの顔がある
「名前教えてくれる?」
しばし固まり、それからためらいがちに手を差し出す。
「始めましてアシュレイです。よろしく」
端的に告げる。
するとにんまりと笑いながら、ライルはさらにリーナに近付いて来る。
「名前、教えてくれないの?」
誰が教えるか
とんでもないものを失いそうで、絶対に嫌だ。
黙り込んだリーナに何を思ったかライルが振り返って教師に告げた。
「先生、俺アシュレイさんの隣が良いんだけど駄目かな?」
何を寝ぼけている。
私の隣はすでに・・・
「仕方がないな。よしマイジー、変わってやってくれ」
なにを言い出すかダメ教師!そんなに面倒か?こっちの方が面倒だろうが
生徒、マイジーに謝れ。今すぐ重たい荷物持って移動させられるマイジーに今すぐ謝らんかい!
内心の怒涛の叫び声を微塵に感じさせない、無表情さでマイジーが移動し、ライルが隣に座るのを黙って見ていた。
嬉々として座るライルに殺意を感じながら
「それじゃ、ホームルームはこれで終わりだ。すぐに一時限目の先生が来るから用意しておくように」
そう言って去った教師を後でシメると誓いつつ、だるそうに一時限目の用意を始める。
その姿を凝視し、思案げに首を傾げているライルを、一ミリも視界に入れないようにしていたリーナは知らない。
そしてそんな二人を見て微笑ましく見つめる人物の事も、まったく知らなかった。