7話 白の少女
マガジンを二つ分、つまり30発打ち切った俺。
マガジンを外し、集中を一旦切ってさっき買っていた水を飲む。
(うわっぬるいな)
ぬるい水を無理やり押し込み嚥下しながら、今回の成果について考えてみる。
(うーん…最初の一発が一番よかったみたいだなあ…)
最初の喉から少しずれた穴、あれが一番よかった。
その後いろんな部位を撃とうとしたが、ちょいちょいずれていてなんか腹立つ感じ。
そのまま思考を続けてみるが、どこが悪かったのかあまり分からない。
なんかないかなあ、と周りを見回してみると、何か違和感を覚えた。俺の隣、奥側の方だ。
(?なんだ…あ、もしかして)
違和感の理由は、発砲音が聞こえてくるからだ。いや、発砲音しか聞こえないからだ。
的に着弾した音が聞こえない…つまり外しているのか?発砲音は拳銃のそれだ、新兵なのだろう。はっはーん、すごい努力家なんだろうな――――!?
的を見つめ続けると、さらに違和感を覚える風景があった。
的を外すとその周りの壁にあたり、穴が空くはずだ。
しかし、周りには全く穴が開いたようには見えない。つまりそれは…
(全て一箇所に当てているということか!?)
あの生徒会長ですら命中率は90%くらいだった…。なんだそいつは化け物かなんかなのか!?
その化け物みたいな腕を持つ奴が非常に気になる。しかし、射撃中の人をずっと見つめ続けるのは迷惑だろう。やめるべきだな、うんうん。
で、でもこのままじゃ集中できないし?もしかしたら視線に気づいてくれて声をかけてくれるかも?まあカルムを理由に出てけとかコース変更とかされるんだろうな…。
でも、やってみる価値はあるよね!
拳銃を迷わず置き、ステルスゲームさながらの気持ちで隣のコースを覗いてみた。さあ、どんな奴がやってるんだ?歴戦の戦士みたいな、傷だらけで眼帯つけたハードボイルドな感じのお方なのか?あ、でもそんな顔した13歳はきついな…。
そんなことを考えながら、ちらっと覗き込む。さあ、どうだ…。
視界が仕切りの板から、その先の空間へ移っていく。
そして俺の目に飛び込んできたのは、
(スカート?)
そう、スカートである。つまり、あれほどの射撃を見せていたのは女子だったのだ。
リィナといい、生徒会長といい、この人といいこの学校女子強いな!男子頑張れ!!俺も頑張るからさあ!!
そう意味のないことを考えながら、視線を上にあげていく。
そこには…
(尻尾、つまりビークルさんか)
純白の毛並みが美しい尻尾が揺れていた。
そのまま見つめていると、少女は拳銃を構え直した。グロック17だ。
今までマガジンの取り替えを行っていたのだろう、ようやく彼女の射撃が見れる…そう思った俺は、思わず唾を飲み込んでいた。
ピリピリとした雰囲気が体を包む。
少女が一度息を吐き、吸い込んで――――!
ドンッ!
銃口から放たれた弾丸は、再び、一寸も違わずに穿たれた穴をさらに深く穿った。
ほんとにやるとは、そう考えながらため息と同時に目頭を揉む。
(やりやがったなこの―――!?)
ドンッ!ドンッドンッドンッドンッ!!!
次々と引き金を引く少女、それと連動して放たれる鋼鉄の弾丸。それはそのまま次々と壁を砕いていく。
そしてそのまま…全弾命中させやがった!!
(何者なんだこの人…)
「…」
「うおっ!?」
思考を続けている内にいつの間にかこっちを見ている少女。純白の尻尾と同じように純白の髪がとても綺麗だ。
「…なに?」
しまった、そういえば年上の可能性…というかほぼこの人は俺の年上なのだろう。あれほどの腕だ、新入生であるわけが無い。基本の確認のためにまず拳銃から始めた、と考えるほうが確実な気がする。ここは敬語だな。
「い、いや、あの、お、お上手だなー、って」
陶磁器のような肌、そしてその中には赤と青のオッドアイがあった。それらに見とれた俺は、まさにメデューサに見つめられ石になったかのように固まってしまう。震える口から紡げる言葉も、完全にしどろもどろである。まあ、敬語がド下手ということの方が大きい理由ではあるが。
褒められた先輩(仮)は無表情のまま、しかし少しだけ恥ずかしかったのか目を逸した。
「…そうでもない。でも、ありがとう」
「あ、はい」
しかし、この人無表情だなあ…。
オッドアイと陶磁器のような肌。そしてその無表情さも相まって作られた人形かなにかかと思ってしまう。
「…あなた」
「な、なんですか!?」
そらされていたその双眸が俺を再び射止める。
「…なんで、見てたの?」
「いや、さっき言ったとおり、すごくお上手だなって、思いまして。なにか勉強できないかなって、思ってました。すみません、迷惑だしたね。もどります」
「…いい」
「えっ?集中できないでしょう?」
「…その程度、関係ないし」
「し?」
「…あなた、練習してるの?」
いきなり話が変わり少し戸惑ったが、話を切らさないようにつなげる。
「あ、はい。隣にいたんです。だからあなたの射撃が目に入ったんですよ」
「…なら、手伝う」
「えっ!?いいんですか!?」
「…問題ない」
やった…!!
あんな連射しながらなおかつ一点に当てれるような凄腕の人に、まさか直接教えてもらえるなんて!これでもっと射撃のレベルを上げられるはずだ!!
「是非、お願いします!!」
「…うん」
…?頷いたのか?一瞬だけ、ミリ単位で首が動いた気がした。
後、口元も動いたから、微笑んでくれたのだろうか…?まあ、俺の自意識過剰だろう。
でも、少しだけ嬉しくなってしまった。
見れた笑顔が僅かなものでも、とても綺麗で、可愛かったから。
「…あと」
「なんですか?」
「…敬語、いい」
「どうしてですか?」
「…私、新入生」
ゑ?
「えっ?そんな、冗談言わないでくださいよ」
そんな馬鹿な。あんな凄まじい腕を持った新入生がいるわけが――――
「…私、あなたと同じクラス」
「えっ!?…ほ、本当、ですか?」
「…」くいっ。
またほんの小さく頷く先輩(?)。
「本当?クラスと出席番号は?」
「…1-E、16、クーリエ・ロングベルズ」
「俺、分かる?」
「…アルフレッド、2番」
「…」
…おっと、本当かもしれんな。
俺みたいなカルムをわざわざ調べてまで情報を把握する必要がない。ならクラスの皆の名前は覚えようとする生真面目な子だって考えたほうがましだろう。
つまり、同級生なのに、ここまで腕の差がある奴もいるのか…。下手くそなんだなあ、俺って。再確認しちゃったよ。
「…ごめん。ホントみたいだな、敬語も止めるよ」
悪いと思ったらすぐに謝る。これが俺の信条です。
「…それで、いい」
そう言ったクーリエは、手を差し出してきた。まさか、この人も…?
…ほんと、皆ジャンケンが好きなんだな。
「チョキ」
「…」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
やっぱり、今回も違ったようだ。冷徹に細められた二つの目が俺の心を冷え込ませる。やばい、超怖い。
「わかってる分かってますよ。はい」
この人たちは握手が好きなのだろうか。
握ったその手は冷たく、小さくて、あんな無骨な拳銃を握る手とは思えないほど…なんというか。その、女の子の手で。思わずトギマギしてしまった。
「…これから、よろしく」
「ああ、よろしく」
そのまま、少しの間握手をし続けた。
……はっ!!ぼーっとしててそのまま握り続けちまった!!迷惑だよな!
急いで手を離した俺はその後、恥ずかしいようなむずむずした気持ちになった俺は思わずこめかみをかいていた。これが、青春ってやつかい!?
ちょっと気恥ずかしいような、甘酸っぱいような気持ちになるような、そんなファーストコンタクト。
これが、終わりまで共に戦い続けた戦友クーリエ・ロングベルズとの出会いとなった。