5話 訓練なう。
場所は変わって、訓練場前。
訓練場はグラウンド型の行軍訓練場、射撃訓練場などがある。
「しかし…遠い、な。やっぱり」
立ち止まって、そうぼやきつつ汗を拭う。
そう、ここと校舎は敷地内の対角線上にあると言っていいくらい遠くにある。訓練としてちょっと走ってむかおうかな、とかと思っていたが…無理があったようだ。この鈍った体はなにひとつ出来る気がしない。息は乱れきっている。
「まあ…いいや……これを、鍛える、ために、訓練、するんだもんな」
よし、頑張っていこうか…と気合を入れ直す。
こんな状態では何もできやしない。とりあえずは走り込みかなあ、と訓練内容を決める。
なにするか迷ってたし、訓練内容を決めれたってことだけはこの体に感謝したいってところかな。
俺は行軍訓練場の方へ体を向け、再び走り出した。
◆
「はぁっ……はっ…はぁっ…」
走る、走る。汗がこめかみを伝って流れ、飛び散っていく。
俺は制服を体操服に着替えて、今は訓練場を走っている最中である。
「はっ、はっ…」
肺が、体が酸素を求める。それに対して喘ぐように空気を吸う。しかしいくら吸っても追いつかない。息は乱れていくばかりだ。
「……」
無言でただただ走りを続ける。ひたすら、ひたすら、足を動かす。もうふくらはぎは張って力が入らない。
走り続けていくうちに時間は経っていく。
5分、10分、15分…。
(やっぱ、走る訓練は嫌いだ)
グラウンド型の訓練場なので、走っていると同じ風景が何度も何度も見ることになる。そしていずれ飽きが来るのだ。俺はそれが嫌いだった。
(マラソン大会とかも、これがあるから面倒なんだ…。走ることは好きだったのに)
そう考えてしまう。そんなこと今考えていても、それは走ることの阻害にしかならないというのに。
まだ、まだ止まるわけにはいかない。30分は走る予定だったのだ。まだまだ走らねば。
作動している思考回路を一旦停止。落ちたスピードを上げ直し、もう一度いつまでも巡り続ける同じ風景の中を走り始めた。
そうして、再び無意識のうちに時間は流れていく…。
◆
「はっ…げほっげほっ!はぁ…」
走ることを止めて、その近くにある休憩所で寝っ転がる。ちなみにそこから射撃場につながっている。
(…調子に乗って、40分近くまで走り続けてしまった……)
疲れきってそこらへんにあるベンチに倒れこむ。
(少し、休むか?)
訓練を続けるべきだ、と少し悩むが…まあずっと訓練を続けているとこの後行う射撃の精度も、訓練自体の意味もなくなることにもなりかねない。休憩も必要なのだ。喉も乾いたし。
よいしょっ、とベンチから起き上がり俺の鞄を漁る。そしてその中にある財布から金を取り出し、そこらへんの自動販売機で水を買う。そしてそのまま流れるような動作で再びベンチに寝転ぶ。
ペットボトルのキャップをひねるといつも聞いているパキっ、という心地よい音が聞こえた。中にある水を口に流し込むと、雫一滴一滴が体に染み渡る感覚がした。こんなに喉が乾いたのは初めてかもしれないな。というかもうこんなに運動したのも久しぶりだった気がする。
そのままずっと、ベンチと同化するくらいの勢いで寝転んでいると、息も整い、ある程度体力も戻った。よし、そろそろ次の訓練にいこうか。
先ほど言ったとおり、この休憩は行軍訓練場と射撃場の二つの間というか、ここに二つへ続く道があるのだ。なのでここにそこに入るための受付がある。
「…すいません」
ベンチからそいやっ、と腹筋で起き上がり、受付にいる若い男に声をかける。
「…」
男はこちらに向かってペンを投げつけてくる。すでに一度受付を済ませているので必ず俺が出るための受付であると知っているのだ…って普通だな。何言ってんだ俺。
ただ単に学年、出席番号、名前。どちらの訓練をするか、入場か退場に○をつけるだけだ。
1-E、2、アルフレッドと書き、退場の方に丸を書く。
作業を行いながら、次に使う射撃場の方の受付をする。
「…ついでに射撃場を使いたいのですが」
「…何を使う?」
「…ライフルは使えますか?」
「…まだだ。使えるのは初等部までの銃だ。中等部の銃は明日の全体訓練のあとからだな」
あら、勘違いだったか。なら拳銃しかないな。
「親切にありがとうございます。ではUSPをお願いします」
「…どうぞ」
受付は先生の中でローテーションされている。今回の受付係の先生はなかなか親切な人らしい。こういった感じに人とコミュニケーションを取れるといい気持ちになるな
「ありがとうございます」
「がんばれよ」
「はい」
先生から渡されたUSPとマガジンの入ったカゴを受け取る。
久々に先生と話せて少しテンションが上がった俺は、少し足取り軽く射撃場へ向かった。
」
◆
コンクリートで完全に整備された道を歩くにつれ、硝煙の匂いが漂ってきた。
そろそろかと耳を澄ますと少しづつパン、パンと銃声が聞こえ始めてくる。
そして足を進めるうち、見えていた体育館を低く、しかし同じ大きさの建物が、大きくなってきた…射撃場である。
扉を開くと漂ってくるだけだった匂いが鼻をつくようになり、少しくぐもっていた銃声がはっきりと聞こえるようになった。
コースが両側にあり、30列ずつととても多くの人が訓練できるようになっている。しかもそれぞれが壁で区切られており、集中がしやすいようになっている。
入口に何番コースが使用中かが分かる電光掲示板があり、その付近にスイッチが並んでいる。それを押すことで予約することができるのだ。
(出来る限り角がいいな…)
そう思い探してみるが、見つからない。
「んじゃ、これでいいか」
と、29番…左側の奥から二番目のコースを選択する。
スイッチを押すと、それは赤く光って、そこから青に変わった。
よっしゃ行くか、と握っていたカゴの柄を握り直し、銃声と硝煙の中を歩き始めた。
足を進めるうちに有名な人の背中が見えた。
髪は明るい茶色で、不揃いに切られたショートな髪が中性的な魅力を発している。
たしか、生徒会長のユリアとかいう人だったはずだ。
しかし、というかやっぱり…
(うまい、安定してる)
握っているのはM4カービンという突撃小銃。
短い銃身によって近接戦闘も得意としており、M16の軽量版である。その取り回しのよさから戦闘車両の乗員や将校達が好んで使う。また、多くのアタッチメントに対応できることからレーザーサイトの装着、ハイポットの展開によって中・遠距離もこなせるという利点の多い名銃である。
ユリアさんはそれをセミオートに設定し、大分向こうにある的を狙って発砲している。
おお、いい体勢だ…体重をしっかりとかけて、前傾姿勢。
サイトも顔も傾かず、まっすぐ構えられている。まさにお手本のような構えだと言えるだろう。
初心者には無理やりサイトを覗こうとして顔が傾く、銃を傾ける奴もいるが…それは命中率に著しい影響を及ぼすのだ。俺が偉そうに言えるほどうまくはないけど。
実際、この人は命中率がかなり高い。急所である頭、喉、胸を的確に撃ち抜いている。
タァン、タァン、タァン、タァン、タァン―――――
その動きに惚れ惚れした俺は思わずずっとその姿を食い入るように見つめていた。
タァン、タァン…カチャッ…カチン。
なんてこった、リロードもめちゃくちゃ上手い。
完全にあれは才能じゃない。ずっとずっと続けてきた訓練の成果なのだろう、玄人じみた風格すら漂わせていた。
(おっと、さすがにそろそろ行くか)
その動作に見とれていたいのはやまやまだったが、さすがにずっと見続けると集中を乱すだろう。俺はその場を歩き去った。
ふむ、さすが生徒会長ってところか…俺も頑張ろう。
そうして、俺は再び決意を固めるのであった。