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 あっけ取られたように、軍曹の胸倉を掴んだまま固まる少佐に、フェリアはもう一度告げた。

「戦闘を停止させるのよ、少佐!」

「……あー、王女殿下」少佐は眉間を軽く揉みながら、言った。

「既に戦端は開かれています。まだ国境線まで距離がある以上、ここで彼等の追撃を完全に断ち切らねばなりません。我々が無事に国境を越えるためにも、ここで彼等を殲滅して増援など呼ばせないようにする必要があるんです」

 その説得に、フェリアはきっぱりと言い放った。

「私は国を出るつもりはありません」

「……は……?」

 当惑の色を深める少佐に、重ねて告げる。

「私は国に残ってこの『戦争』を収めます」

「ですから、その『戦争』を避けるために、国境を越えていただく必要が──」

「貴方のやりかたでは、『戦争』は回避できません」

 フェリアは指摘した。

「私が安全な〈帝国〉領内から何を言っても、国民の心には届きません。すべての言葉が〈帝国〉の意に沿ったものと解釈されて、捩じ曲げて解釈されてしまうでしょう──それでは『戦争』は回避できません」

「ですが、それはある程度、しょうがないことでしょう。

 それに貴女には、最悪の場合、王室再興の(かなめ)となっていただく役目がある。そのためにも我が〈帝国〉に亡命を──」

「お黙りなさい、この戦争屋!」

 フェリアは拳で少佐の頬を殴りつけた。

「!?」

「少佐!?」

 完全に虚を突かれた少佐は、殴られた衝撃で数歩、後ずさった。

「再興の心配など、不要! この『戦争』は、私が喰い止めます!」

 強い意志を込めて宣言する。

「………………」

 殴られた頬を押さえ、呆然とフェリアの姿を眺め──やがて、少佐は堪え切れないとばかりに喉を鳴らして笑い始めた。

「……何がおかしいのです?」

「いえ、失礼」笑いの発作を何とか収めながら、少佐は逆に訊ねた。

「ちょっと会わない間に、随分と印象が変わってしまったと思いまして。何があったんです?」

「それはいずれ」フェリアは少佐の問いを流し、もう一度言った。

「それより、早く戦闘を停止させてください」

 少佐は頷いた。

「いいでしょう」

「いいんですか?」

「いいんだ、軍曹。戦闘停止の発光信号を撃て」

 軍曹は腰に吊るした擲弾筒グレネード・ランチャーを引き抜くと、信号弾を込めて空に打ち上げた。

 緑色の光を発する信号弾が夜空に輝き、銃声が急速に()んでゆく。

「さて、これからどうされます?」少佐は愉しげにフェリアに訊ねた。

「『戦争』をどうにかする以前に、まずこの場を収めていただきましょう。

 何にしても、話はそれからです」

「いいでしょう」

 硬い表情でフェリアが頷く。

「……少佐?」

「まぁ、まずはお手並み拝見さ、軍曹」

 不安げな軍曹に、少佐はそう言って笑ってみせた。

 

「敵の攻撃が……()んだ……?」

 冷たい雪の上に伏せて応戦を続けていたホルト中尉は、頭を上げて周囲を窺った。

 そこへ駆け寄ってきたシラン大尉が、すぐそばに滑り込んで告げた。

「中尉、この隙に動ける者をまとめて部隊を再編しろ。反撃するぞ」

「は……?」

 何を言ってるのか、一瞬、理解できなかった。

「待ってください。さっきの敵の奇襲攻撃で死傷者が何名か出てます。屍者はともかく、負傷者には手当てをして、すぐに山から下ろさないと──」

「何を言っとるんだ」苛立ったように大尉は言った。

「奴らは〈帝国〉軍の正規軍部隊だ。それがこんな〈王国〉領深くまで浸透している生きた証拠である我々を、このまま生かして返すと思うのか?」

 大尉の指摘に、中尉は愕然として問い返した。

「それは……本当なんですか?」

「恐らくは国境の向こう側に展開している、〈帝国〉陸軍の山岳師団から偵察部隊か何かを引っ張り出したんだろう。他にこの近くで、貴様ら〈王国〉国境警備隊の横面を張り飛ばせる実力のある部隊がいるか?」

「いえ……。しかし、それじゃ、完全な領土侵犯じゃないですか!」

「どの道、奴らは普段から演習と称して違法な越境行為を繰り返している。今に始まった話じゃない。それは君ら国境警備隊の方がよく知ってるだろう」

「それは、確かにそうですが……」

〈帝国〉側の正規軍部隊が「演習」と称して、日常的に領土侵犯を行って、地元住民の生活を脅かしていることは、彼ら国境警備隊にとって屈辱的な現実だった。しかも中央に報告を上げても、なしの(つぶて)で何の解決もしない。〈帝国〉への外交的な抗議さえ、まともに行われているのかも定かではない。少なくとも、新聞やラジオで取り上げられた試しは一度としてない。

 だから、中尉を始めとする国境警備隊の若手士官達は、今回のコープ少将の決起に参加を決めたのだ。〈帝国〉に対して、今よりもっと毅然とした態度を示す政権が誕生すれば、国境地帯での〈帝国〉の振る舞いも「正常化」するだろう。

 だが、そのための犠牲として、既に虎の子の山岳戦車を擁した精鋭の第1山岳混成小隊が全滅し、今また自分達の部隊も半壊滅状態にある。

 これは、いくら何でも、犠牲が大きすぎるような気がする。

 そこまでの話なのか? そこまでの犠牲を払わなければならないような望みなのか?

 自分達はただ、祖国と隣国が「正常な関係」になればいいと願っていただけなのに。……。

「いいか、聞け」中尉の動揺を察知した大尉は、両肩を掴んで覗き込むようにして言った。

「連中が一旦戦闘を停止したのは、ヒュー・タム少佐を回収したことで捜索・救難(サーチ&レスキュー)任務がひとまず終わり、次の全面攻撃のための部隊編成に切り替えるためだ。さっきも言ったように、敵は我々を殲滅するまで戦闘をやめない。生きてここから脱出したかったら、反撃して、血路を切り開くしかない」

「し、しかし──」

「それにどうせ、〈帝国〉とはすぐにまた『戦争』になる」

 ぼそりとこぼした大尉の言葉を、中尉はまた理解できなかった。

「は……?」

「聞いてないのか?」

「な、何をです?」

「今度の決起の真の目的は、国土深くに〈帝国〉軍を引き込んで『戦争』を始めることにある。〈帝国〉軍との熾烈な戦いを通して、今の〈王国〉の惰弱な精神性を焼き払い、〈王国〉を真に在るべき質実剛健たる精神を有した国家として再興するのだ。

 そのためにこその、この決起だ。

 君らの犠牲は、その先駆けを為す。決して無駄にはならない」

「………………」

 熱っぽく語る大尉の言葉を、中尉は呆然と聞いていた。

 そんな終末色の強いカルト教団の経典みたいな話は聞いていない。もっと現実的な、国家の外交と政治の正しい在り様を打ち立てるような──いや、それも本当に「現実」なのか? 今、この冷たい山中で、屍骸(むくろ)を曝し、苦痛でのたうちまわっている自分の部下達の存在ほどに「現実」の話だったのか?

 中尉が、己自身と部下達を踏み込ませてしまった奈落の深淵を覗き込みかけていたその時、前方を警戒していた部下のひとりが声を上げた。

「中尉!」

「な、何だ!」

 この悪夢のような「現実」から救ってくれるなら何にでも縋りたい気分で、中尉は声を上げた。

「フェリア王女が、こちらに向かってきます!」

「何だと!?」

 少佐がフェリアにぶん殴られるお話。それと、ホルト中尉がシラン大尉から決起の真の目的を聞いて、愕然とするお話。

 

 少佐が洩らした本音は、まぁ、<帝国>軍としては決起の行方がどうなろうと、とりあえずフェリア王女の身柄を押さえておけばどうとでもなるだろうという特務第6課の意向によるものです。あるいは、<帝国>軍の侵攻が実際に行われて占領政策が始まっても、フェリア王女の身柄を盾に一定の発言権を確保できるだとうという狙いもあったのかもしれません。

 前回も書きましたけど、彼等は基本的に正義の味方でも何でもない、税金で動いている軍官僚システムのいち組織に過ぎないので、縁も所縁も得もないところには首は突っ込みません。

 まぁ、それで勝手なこと言ってるんですから、殴られて当然ですわな。


 物語的にここでフェリアに少佐を殴らせているのは、前回前々回で語ったフェリアの内的成熟を行動として明示して確立することと、物語の主導権を彼女が掌握したことを宣言する意味合いがあります。

 ここからはフェリア王女のターン、ってことですね。

 音楽で言えば、ここで転調し、ここからは異なる旋律で物語が奏でられてゆくことになります。


 次回は国境警備隊隊員をフェリアが説得する話です。

 更新は来週新年2月5日(日)の予定です。

 ともあれ、乞うご期待。

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