突発恋愛短編「ピアノ」
授業中に書き上げた妄想の産物ですw
暇を持て余した作者の妄想と理解してくれて結構です。
ぽろん、ぽろん……と、打弦楽器特有の柔らかな音色が音楽室に溢れていた。
それは音楽ではなくただの音であったが、それでも心を癒してくれるのがピアノの美点の一つだと僕は思う。
辿々しい手つきでピアノの音を鳴らし、辛うじて音楽と言える"演奏"を僕はしていた。
僕は、ピアノが弾けない。
僕が音楽室に個人的に訪れてピアノの練習をするようになったのはつい最近のことだ。
もともと身体が弱かった僕は何とか高校に通えたものの部活をできるほどではなかった
そんな僕に癒しをくれたのはいつだって音楽だったのだ。
そして楽器の演奏をできない僕はできるように練習しようと思い立った。
だが、素人がいきなり楽器を買ってまで、とは当然行かないもの
故に買わなくても練習できる楽器がよかった。
そこで目を付けたのがこの"ピアノ"だった。
ピアノはどこの学校の音楽室にもあるものだし、学校の持ち物だから学生は比較的自由に使えるのだ。
しかも放課後残ってまでピアノを弾いているような物好きは僕以外にいないようで、なかなか快適に練習に勤しむことができている。
そしてまた
ぽろん、とピアノが音を奏でる。
「あぁ……いい音だ」
「いえ、ぜんぜんね」
突然、後ろから声がした。
「いいえ、ぜんぜんダメ。ピアノが泣いているわ、そんな音で歌いたくないって」
放課後の浮き足だった喧噪の中でさえ、彼女の声はよく通って聞こえた。
突然音楽室に入ってきて、僕にそう言った彼女はおもむろにピアノの前に座る。
「って、君ピアノが弾けるの?」
僕の当然の疑問に彼女は
「当たり前でしょ、私の特等席を盗られたからどれだけ巧いのかと思ったら……とんだ素人ね」
そう答え
こう続けた。
「よく聴きなさい。これがピアノよ……」
そう言って、彼女は演奏を始めた。
聴き始めて、すぐにわかった。
音が"違う"
そう、先ほどまでと音が全然違うのだ。
自分で、単音で鳴らしていたときとはまるで違う音が
彼女の弾くピアノからは聴こえた。
たしか、これの曲名は「キラキラ星変奏曲」
聴きなれたメロディが壮大に広がっていくのが、わかった。
……やがて、演奏が終わる。
「……ふぅ」
「すごい……すごいよ!こんなに巧い演奏始めて聴いた!」
僕は興奮して彼女に言った。
けれど
「バカね、こんなのお遊びよ。私より巧い奏者なんて五万と居るわ」
彼女はそう言って
「また一週間後に来るわ。それまでに真面に弾けるようになっていなさい」
さらに一言残して、音楽室から去っていった。
僕の頭の中には彼女の言葉で一杯だった。
あれから一週間、僕は死ぬ気でピアノについて勉強した。
楽譜の読み方から演奏のコツ、心構えなんてものまで本で入手できるすべての知識を詰め込んで
毎日毎日音楽室に通って練習した。
一週間という短い期間としては上出来と言えるくらいには、僕は巧くなっていた。
いや、その表現は違う気がする。
彼女に準ずるならば、僕は普通に弾けるようになったのだ。
けれど
「下手、来週は期待するわ」
彼女には、その一言で切り捨てられてしまった。
それから、僕はさらに必死に練習した。
課題曲はリストの「超絶技巧練習曲」
だけどとりあえずは分かりやすい「子犬のワルツ」から練習を開始した。
さらに一週間後には、僕は「子犬のワルツ」を弾けるように成っていた。
さすがに一週間で「超絶技巧練習曲」を弾くことは叶わなかったが、一曲弾けるように成っただけでも大きな進歩だろう。
「ぜんぜんね、強弱が甘いしクレシェンド、デクレシェンドがぜんぜん。それにテンポが狂うときがある、最悪ね」
叩ききられた。
それでも、アドバイスをもらえる程度には進歩したのだと思い僕は歓喜した。
それから、僕は一週間に一度の添削を貰いながらピアノの練習を続けた。
気がつけば「超絶技巧練習曲」も弾けるように成っていたし「カノン」も弾けるようになっていたし「キラキラ星変奏曲」も弾けるように成っていた。
それでもアドバイスが尽きることはなく、僕は彼女に言われたことを確実にこなしていった。
そして、始めて彼女に会ってから一年が過ぎようとしたとき
彼女は、突然音楽室へ来なくなった。
彼女が来なくなってからも僕はピアノをやめなかった。
ピアノは純粋に好きだったし、なにより弾いていれば彼女がひょっこり顔をだしてまた僕を窘めてくれるだろうと
そう願っていたからだろう。
……それでも、彼女は音楽室へ来なかった。
あれから、さらに半年が過ぎた。
僕は高校三年に成っていた。
彼女への想いは尽きなかったが、僕はそれをすべてピアノに注いだ。
ピアノを弾いていれば、また彼女に会うことができるかもしれない
その一心でピアノを弾き続けた。
そうするとどうだろう?
いつの間にか僕はピアノがすべてになっていた。
もともとあまり勉強は得意ではなかったし、運動なんてもってのほかだ
その中で僕は、ピアノという武器を手に入れていた。
卒業も近づき、進路につい悩み始める頃
僕は音大に入ることを決意していた。
両親にも話し、初めは戸惑っていたがピアノを演奏して見せ(電子ピアノを買って貰っていたのだ)必死に説得したら了承してくれた。
曰く「初めてお前が自分で始めたことだから応援する」と
そして僕は、音大を受験した。
四月、首尾よく音大に受かった僕は
晴れて音大のキャンパスを歩くことができた。
音大での毎日は楽しく、毎日がとても充実していた。
それでも、片時も彼女のことを忘れることはできなかった。
僕は毎日毎日彼女の忠告を反芻しながら練習をした
どれほど時間がなくても毎日彼女を思い出しながらピアノを弾き続けた。
音大に入って半年、前期期末テストの時期がやってきた。
ピアノ選考の僕は課題曲を出された。
課題曲は……「キラキラ星変奏曲」だった。
僕は、何かにとりつかれたかのように練習した。
いや、事実何かにとりつかれていたのかもしれない。
彼女に恥じぬように、
彼女に誇れるように、
彼女に……認められるように。
全力で練習した。
何十時間と楽譜を読み込み、腱鞘炎になるのではないかと言うほどピアノを弾き倒した。
それでも、決して彼女と同じ音色はでなかった。
彼女を目指して、彼女のように、彼女の為に……!
「あぁ……ダメだ」
「えぇ、ぜんぜんね」
――――――!!?
身体が硬直した。
聞こえるはずのない声に全身が身震いするのがわかった。
それでも、幻聴だと首を振った。
「あなたらしくない音だわ、純粋さが欠片もない。今の音はずいぶん酷いものよ、そんな演奏をするならピアノをやめなさい」
そんな僕を
後ろから、彼女は罵倒した。
「長い時間が経って少しはマシになったかと思ったのに、何?この裏切られた感じは」
僕のことなどお構いなしに彼女は続ける。
「むしろあなたに期待した私が愚かだったのかしら?」
でも、僕の努力は、実ったんだ。
「それであなたは努力したの?私がいなくなったからといってサボったりしてないでしょうね?これからそれを全部注意してあげようかしら?」
罵倒は続く、けど今はそんなこと関係ない。
ここからは、僕の番だ!
「やはりあなたはダメね、そんなんだから……?」
この、今の、君に聴かせるためだけの!
僕最高の「キラキラ星変奏曲」……!
「へぇ……」
僕は君に会いたくて、
君にこれを聴いてほしくて、
君に……
君に褒めて貰いたくて!
「……これが、僕の全部だよ」
演奏が終わって静まり返ったセッションルームで、僕は振り向くことなく
そう言った。
「そう……うん、いい音」
あ……
「えぇ、そうよ、そんな演奏をするあなたが」
やっと……
「私は好きなのよ」
願いが叶った。
これ以外の短編小説も読んでみてくれると嬉しいです!