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チクビーム人間

恐怖!チクビーム女の逆襲

作者: 鳥羽ミワ
掲載日:2026/04/04

 東京都某市、B地区――。


 都心の喧騒からやや離れたファミレスのテーブル席にて、宗像と宗久は向かい合っていた。

 宗久は辛めチキンの骨を口から抜きながら、宗像へもごもごと問いかける。


「……チクビーム女が出た?」


 そう言ってから、ファミレスで口に出すにはあまりにも不釣り合いな言葉だと恥じらいを覚える。壁にかけられた聖母マリアの絵画の眼差しが「なんて?」と言っているようで気まずい。

 宗像は「ああ……」と浮かない様子で、グリーンピースの温サラダの温泉たまごを潰した。


「報告があがってきた。チクビーム女を名乗る女が各地へ出没し、チクビームで街を荒らしまわっているらしい」

「女がチクビームだって……?」


 女がチクビーム。

 宗久は自分がフェミニストであるとは思わない。フェミニズムとか、難しくてよく分からないというのが率直な感想だ。

 しかし――女性が胸部を露出し、乳首からビームを出しているという状況は、ありとあらゆる意味で、宗久にとって許容しがたかった。


「その女、猥褻わいせつ系の犯罪でしょっ引かれないのか?」

「チクビームで警官の目を眩ませて逃げるらしい」

「やり口が俺たちと同じ……手慣れてやがる」


 宗久は最後の辛めチキンへ口をつけた。ちょうどいいはずの塩味も、今日ばかりはいつもよりしょっぱく感じる。


「宗像、これ以上ここで話すのはまずい。真昼間のファミレスで猥談する男に見られるのはごめんだ」

「ああ。それなら近くにカラオケがある」


 二人は百円玉を出し合って会計を済ませた。


 休日の昼間である。家族連れやカップルがのどかな日差しを浴びながら仲睦まじく歩いていた。宗久はわずかに目を伏せる。


 この平和を謳歌する男たちは皆、チクビーム男へ改造されるという脅威にさらされているのだ――。そう思えば、胸元を押さえずにはいられない。

 宗像も同じ思いのようで、そっと胸元を押さえていた。


「あっちにリンカラがある」


 慣れた足取りで歩く宗像の後に続こうと、宗久は一歩踏み出した。

 その時だ。


「きゃあーっ!」


 絹を引き裂くような悲鳴があがる。はっと顔を上げた瞬間、眩い閃光が辺りへ走った。


「チクビーム男だ! チクビーム男が出たぞ!」


 宗久はサングラスを目にかけ、迷わず走り出した。もちろん宗像もだ。

 しかし様子がおかしい。チクビーム男が出たと逃げ回る群衆たちの中には、戸惑いの表情を浮かべる者も多かった。

 その中には、男と少年の二人組が途方に暮れたように立ち尽くし、顔を見合わせている姿があった。

 男が言う。


「さっきチクビームで暴れてたの、女じゃなかったか?」

「え? チクビーム男じゃなかった?」

「ああ、チクビーム男もいたよ。でもメインで暴れてるのは女だったよ」


 宗像が「すみません」と声をかける。二人は驚いた顔をした後、恐る恐るといった様子で少年が口を開いた。


「辺りが光ったから、チクビーム男かと思ったんです。でも兄貴は、女の子がチクビームを出してたって言い張ってて……」

「いや、女だったよ。巨乳だったから揺れて、ビームも不規則に揺れてた」


 冷静に観察する男の顔を、宗久はじっと見つめる。宗像もまた、男をじっと見つめた。

 男は首を横に振り、目を瞑る。そして意を決したように目を開けて、連れの少年を振り返った。


「ごめん。俺、実は……チクビーム男なんだ」

「に、兄ちゃん!?」

「言えなかった。チクビームが出るだなんて、恥ずかしいからさ……。こんな兄ちゃんでごめんな」


 彼の勇気ある告白に、宗久と宗像の胸は震えた。親しい人に対して、チクビームを出せると告白することには、とてつもない勇気と不安が伴う。

 さらに男は京平と名乗る。弟の肩に手を置いて、兄の顔をして諭した。


「京太。お前は帰れ。俺はチクビーム男として、チクビーム女を止める」

「でも兄貴のこと、放ってなんていけないよ!」


 美しい兄弟愛。

 宗像は一歩前に進み出て、京平の肩を抱いた。


「京太くん。お兄さんのことは、俺たちに任せてほしい」


 宗久はフンと鼻を鳴らして、「偽善者が」と憎まれ口を叩いた。


「安心しろ、そいつは【ニプレス】のリーダーの宗像だ」

「ああ。チクビームとの戦い方は、よく知っている。お兄さんは必ず無傷で返すよ」


 京平は驚いた顔をしつつ、「あなたが」と呟いた。京太はしばらくもどかしげに足踏みをした後、くるりと踵を返して走り出した。


「兄貴、ぜってー後で秋葉原連れてってくれよ!」

「ああ。フィギュアなんかいくらでも買ってやる!」


 残された三人は、顔を見合わせる。

 誰が合図を出すまでもなく、全力で走り出した。

 街の狂乱はいまだに続いている。

 宗像の予備のサングラスをかけて、京平が話し出した。


「官製チクビーム人間開発計画について……お二人もご存知ですよね? 反【ニプルズ】組織のリーダーなんですから」


 思いもよらぬ言葉に、宗久と宗像は目をみはった。

 京平は淡々と、しかし悔いの滲む声で続ける。


「俺は政府の研究者でした。途中で【ニプルズ】に捕まって改造されたことが知られてメンバーから外されましたが……チームには一人、ネジの外れた女がいた」

「まさか」


 息を呑む宗像に、京平は「見間違いであってほしい」とうめく。


「チクビーム女は、俺の見間違いでなければ……経堂宗子きょうどうむねこ。天才研究者にして、乳首へ異様な執着を示す変態です」

「経堂だって?」


 宗久の呟きを最後に、三人の歩みは止まる。惨状の中心地へ辿り着いたのだ。


 辺りは酷い有様だった。緑あふれる公園だったが、チクビームによって憩いのベンチは壊され、木々は薙ぎ倒されている。


 その無惨な光景の中に立ち尽くす女が一人。

 シミひとつない白衣でも隠しきれない、大きく張った豊かな乳房。しかしその頂点二つには穴が空き、光が瞬いている。


 こんなにおぞましいポロリがあるだなんて、知りたくなかった。

 宗久と宗像がサッと目を逸らしても、京平は怯まなかった。


「おい、宗子くん。こんなことはやめろ! チクビームが出たって、この世の何の役に立つんだ!」


 しかしその呼びかけには、チクビームが返される。咄嗟に宗像が応戦すると、傍から一閃のチクビームが迸った。


「やめろ宗子……!」


 そこには真っ青な顔で肘を上げ、後頭部に手を組んでチクビームを放つ経堂の姿があった。

 宗子は問答無用でチクビームを放つ。豊かな乳房によってチクビームの軌跡は放物線を描き、直線的な男のチクビームでは防ぎきれずにダメージを負ってしまう。

 経堂はチクビームを浴びつつも、果敢に娘へと挑んだ。


「俺が父親として至らなかったことは詫びる。しかし女はチクビームを出してはならんのだ」

「お父さん。そんなのずるいわ!」


 宗子は魂の叫びを上げる。そして腰に手を当てて、上半身をくるりと回した。

 揺れる乳房から無軌道なチクビームが放たれる。宗久もチクビームを発射した。それによる爆発で宗子の足場は揺らぐが、舌打ちと罵倒が返ってくるのみだ。


「なによ、あなたたち男ばかり乳首が光るだなんて特権を振りかざして! 女の乳首が光ったっていいじゃない!」

「男の乳首も光ったってよくねえよ!」


 宗久の心の叫びに、しかし宗子は「ずるい!」の一言を返すのみだった。


「女の子らしくいなさい、女の子なんだから……そんな言葉で私を縛るのはもうやめて。チクビームなんて楽しいこと、男限定だなんてずるい!」

「宗子……!」


 経堂のうめきに、宗久と宗像は白けた視線を送った。


 このオッサンは自分の乳首コンプレックスをこじらせた挙句、悪の秘密結社を作るような人間だ。どうせ家庭なんか、ろくすっぽかえりみなかったに違いない。


 Z世代の若者二人から向けられる軽蔑の眼差しも知らず、経堂はぱくぱくと口を開け閉めした。


「し、しかし……その、女の乳首は性的であるからして……」

「男の乳首の方がエロいわ」


 鼻で笑うような一言とともにチクビームが放たれる。

 宗像と宗久、そしてニプルズの構成員も宗子に応戦した。しかし宗子はしたたかだった。

 しなやかな身のこなしでチクビームを避け、揺れる乳房から放たれる無軌道なチクビームは男たちを翻弄する。


 歴戦のチクビーム男たちの胸中には、諦めがちらつきはじめた。


 もうこんな奴の相手なんかしていられない。

 そもそもこの女は望んでチクビームを得たのだ。

 チクビームを武器にしている俺たちに、この破壊行動を止める権利なんてないのでは……?


 しかしそんな中で一人、立ち上がった男がいた。


 京平だ。彼は手を上げ、じりじりと宗子へと近寄っていく。

 宗子は容赦なくチクビームを浴びせるが、京平は決してチクビームで応戦しようとしない。


 服は破れ、あられのない姿になっていく。

 シャツは吹き飛び、外出用の一張羅だろうズボンすら焼けこげていく。

 たとえパンツ一枚になっても、京平はそこにただ立つだけだった。


 その無抵抗ぶりに、やがて宗子は悲鳴をあげた。


「京平くん、どうして……どうして戦わないの。あなただってチクビーム男でしょう!」

「宗子くん。だからこそだよ」


 気づけば、チクビームの応酬は止んでいた。

 宗子と京平。二人のチクビーム人間の対話が、この場を席巻していた。


「宗子くん。男の乳首とか女の乳首とか、そういう話じゃあないんだ」


 諭すように京平が言う。


「そもそも乳首が光るっていうのはね、君は楽しいかもしれないけど、強制されたら屈辱なんだよ。俺たちにとっては特権じゃない」

「でも私は、女だからダメだって言われた……」


 弱々しい反論に、京平は穏やかな微笑みで応じてみせる。


「そうだね、その言い方はよくない。俺だったら、『そもそも乳首が光るのはおかしい』って言うし、『チクビームは危険だからダメだ』って言うかな」


 京平の正論に、やがて宗子は膝をついた。顔を覆って嗚咽を漏らす。京平は彼女へ駆け寄り、抱きしめてやった。


 宗像は二人へ歩み寄り、彼らの背中へジャケットをかぶせる。

 宗久は呆然としている経堂のケツをキックでしばいた。経堂は情けなく倒れ込み、そしてようやく父親として涙を流すことができた。


 こうしてチクビーム女は、ただの女の子に戻った。

 官製チクビーム人間開発計画は、チクビーム人間無効化計画として再始動したらしい。

 このまま上手くことが進めば、皆がチクビームという呪いから解放される日も近いだろう。


 宗久、宗像、そして京平は郊外のファミレスに集まった。

 三人で格安ドリアをつつきながら、その後を報告し合う。

 並んで座った宗久と宗像の向かい側で、京平が口元を隠しながら口を開いた。


「どうやら、宗子くんはお父さんの研究成果を盗んでいたらしいね。誰も宗子くんを怒らないから僕が怒っておいたけど、懲りてくれるといいなぁ」


 のほほんとした口調の京平に、宗久と宗像は顔を見合わせた。

 宗子の胸中は知りようもないが、この男は何となく、《《そういった機微》》に疎そうだ。


「だけど俺たち【ニプレス】の活動も、いよいよ終わりがやって来るのか……」


 感慨深げに呟く宗像。宗久は目を伏せて、そっと自分の胸元を押さえた。

 チクビームが出なくなったところで、自分の乳首が陥没していることに変わりはない。

 その点において、この男とは決して分かり合えないのだろう……。


「だからさ、チクビームが治ったら一緒に旅行行こうぜ、宗久」

「へ?」


 突然の提案に、宗久は思わず間抜けな声を漏らした。

 宗像はニコニコと笑いながら、宗久の肩を抱く。


「チクビームが出なくなったら【ボコチクビ】と【ニプレス】の確執もなくしていかなくちゃな。それに俺は普通に、お前と遊びたい」

「ふん……言ってろ」


 宗久は鼻を鳴らしてそっぽを向きつつ、口角がわずかに上がるのをこらえきれなかった。

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