影の王の覚醒 ― 異世界への扉
この物語は、孤独な兄弟ハルキとソウタが、影の力を手に入れ、異世界エリンドラで新たな運命に挑む物語である。
友情、裏切り、そして神級の魔物との戦いが、彼らを待ち受ける。
――影に潜む王の覚醒が、今始まる。
空は赤く染まっていた。
地平線に亀裂が走り、砕けたガラスのように口を開けている。まるで天空そのものが切り裂かれ、無理やり切断されたかのように。
大地は漆黒に覆われていた。それは炎に焼かれたからではない。灰に覆われていたのだ。かつて生き、そして名もなく死んでいった存在たちの残滓によって。
風が吹く。
しかし、そこに音はない。
ただかすかな囁きだけが漂う。まるで、安らぎを知らぬ世界の最後の吐息のように。
その荒廃の海の中心に、一人の男が立っていた。
髪は黒く、月光のような蒼い輝きを帯びている。湖面を揺らす夜の光のごとく。
体は静かに、そして揺るがぬように立ち、長いコートは見知らぬ風に揺れていた。
その瞳は蒼灰色。恐怖も、憎しみも、怒りも映さない。
そこにあるのは……稀少なるもの。
――静寂。
彼の名は、ハルキ。
彼は……この世界の存在ではなかった。
この世界の名はエリンドラ。
神々の骨と魔物の血から生まれた世界。
エリンドラにおいて、魔法は学問ではない。
それは「紋章」として魂に刻まれ、魔的な存在証明そのものとなる。
クレストを持たぬ者はこう呼ばれる。
「空白」――
無価値。認められぬ存在。狩られる者。
そしてハルキは……空白だった。
この世界は彼を拒絶した。
魔法体系そのものが彼の存在を拒否した。
下級の魔物すら、彼の影の本能では感知できなかった。
それでも、ハルキは薄く笑い、囁いた。
「このシステム……なかなか面白いな。」
彼は空に走る亀裂を見上げ、続ける。
「だが俺は、“面白い”なんて呼ばれる存在じゃない……
俺はこの世界で最悪の存在だ。」
エリンドラは七つの大地に分かれていた。
1. ヴァルテラ ――人間の地。魔導技術と身分制度が生死を決める場所。
2. ノクトホロウ ――永遠の夜の領域。影の存在と魔族の棲家。
3. ドラヴィン・ピークス ――古の竜が眠る浮遊山脈。
4. シルヴァイン・グローヴ ――精霊とエルフの森。契約と古代の秘密が眠る場所。
5. アビスマウル ――虚無の存在が集う奈落の谷。
6. ミラージュ・スパイア ――青き月の夜にのみ現れる幻影の都。
7. ザ・エクスパンス ――無主の領域。SSS級魔物が狩り場とする荒野。
そして今――ハルキが目覚めたのは、アビスマウル。
最強の戦士ですら踏み入ることを拒む地。
クレストを持たぬ者にとっては……最悪の場所。
その時、声が響いた。
現実を超えて侵入してくる、深淵の囁き。
「お前……この世界の者ではないな。」
虚無の霧の向こうから、巨躯が姿を現す。
ラヴェンクロウ・アビス。SSS級魔物。
漆黒の体、七つの眼は血のように赤く輝き、三つ叉の舌を這わせる。
その吐息は腐敗を纏っていた。
それはただ強大な存在ではなかった。
この世界における“捕食者”そのもの。
だがハルキは怯まなかった。
何も答えず、ただ静かに左手を掲げる。
影が集う。蠢き、震え……そして崩れ落ちる。
周囲の空気すら、その存在を拒絶する。
怪物は嘲笑し、破滅の雷鳴のごとく轟かせた。
「ハハハハ!この地では貴様の力など通じぬわ、人間風情が!」
ハルキの瞳は揺るがない。怒りも恐怖もなく。
「確かに……力をすべて使えるわけじゃない。」
彼は静かに呟く。
「だが……俺はお前の助けを借りるつもりもない。」
パキ……
小さな音が鳴る。微かで、かすかな亀裂の音。
地面から、一片の影が滲み出る。
弱く、小さく。
だがそれで十分だった。
怪物は凍り付く。
それは魔法の力ではない。
恐怖によるものだった。
ハルキの影が見返す――
ただそれだけで。
怪物は内側から死んだ。
後に残るのは静寂。
SSS級魔物の塵が、ゆっくりと空に溶けていく。
ハルキは赤い空を見上げる。
「神々よ……俺にもう諦めろと言うのか……?」
その声は微かで、盲目の空へ向けられた独白のようだった。
長く息を吐き、拳を握る。
「これからだ……俺は強くなり続ける。
この世界のシステムを……跡形もなく破壊するために。」
彼は背を向け、闇へ歩み出す。
「俺はこの世界の英雄じゃない。
だが……俺は俺のルールで遊ぶだけだ。」
その歩みは静かで、しかし重みを帯びていた。
彼は英雄ではない。
悪魔でもない。
彼は――影の王。
そしてエリンドラは……
その名を忘れ得ぬものとして刻みつけるだろう。
こうして、ハルキとソウタの新たな冒険が幕を開けた。
だが、これはほんの序章にすぎない――。
次に待つのは、闇より深い試練である。