【7】ヴィオラとの友情
「着いたわ。一緒にランチを戴きましょう。レティの好物の鶏を用意しているの。サンタレーリの次期公爵を連れて来ると料理長に言ったら、ちょっとした騒ぎになったわ」
「ヴィオラの言い方の問題よ! 単に友人が来ると言ってくれればよかったのに、料理長に悪いことをしたわね。でも、いろいろありがとう。ヴィオラが私の傍にいてくれて、こんなに嬉しくて心強いことはないわ」
「あの事故の時もその後も、レティがずっと私を気遣ってくれたわ。私も心強かったのよ」
ヴィオラは同じ境遇で、私と同じように女でありながら重い『公爵家』を背負っている。
私もヴィオラも、家が決めた結婚をして公爵家の血を繋いでいかなければならない。
このロンバルディスタ王国は昔から長子が女子であっても家を継ぐとされており、実際いろいろな家で女性が継いでいるけれど、どうしても男性の跡継ぎよりも下に見られる。
アンセルミ公爵家は、ヴィオラの父まではずっと男性が当主となっている。長いアンセルミ公爵家の歴史の中で、初めて三姉妹の長女であるヴィオラが女公爵となろうとしているのだ。
女公爵をこれまで何人か輩出しているサンタレーリの私よりも、ヴィオラの置かれている立場は厳しいはずだ。
そして狩りの落馬事故で婚約者を亡くしたヴィオラの新たな婚約者選びは、さらに難しいことになっているだろう。
私はヴィオラがいるから、ここまでの厳しい跡継ぎ教育も、過保護すぎて何の自由もない生活にも頑張ってこられた。
私は母が大切にしてきたサンタレーリ公爵家を、母と同じように継いでいきたいと思っている。
サンタレーリの血を守ることができるのは、私しかいないのだ。
その重みを、ヴィオラと分かち合っているような気がしていた。
「レティ、全部忘れるわけにはいかないでしょうけれど、今だけでも忘れて、楽しいランチにしましょう」
「ありがとう、鶏が楽しみだわ」
運ばれてきた料理はどれも素晴らしかった。
オイルを何度も掛けて焼いたという鶏は、口に入れると皮目がパリパリと音を立て、噛めばしっとりとした肉の甘味が絶妙でとても美味しかった。
別添えのソースはトマトと海老をすり潰したもので、少しニンニクが効いている。本当に美味しくてこのソースだけでバケットを一本食べられそうだった。
でも、私が一番気に入ったものは前菜で出されたテリーヌだ。
小さな容器の中に魚介や野菜がみっしり寄せてあって、なめらかなパテの味も好みだった。
このテリーヌでバケット一本いけそうだわ。
私はいったいバケットを何本食べるつもりなのと笑いそうになった。
ああ、私は大丈夫だ。
こうして自分を客観的に見ることができているし、食事も楽しめている。
ヴィオラには感謝ばかりね……。
「食欲はありそうで安心したわ。それで、婚約者のこと、これからどうするの?」
「このまま結婚するつもりはないけれど、叔父や父にさっき見たことをそのまま伝えるつもりもないの。私の我がままとなってもいいから、穏やかな婚約解消の道を探すわ」
「そうね、あの様子を知ったサンタレーリ公爵家がカノヴァ侯爵家をどうするか、あまり考えたくない気持ちは解るわ。あの婚約者に、レティのその優しさが理解できるといいけど」
それが一番の難関だということは分かっていた。
アルテアガ子爵令嬢の手を離さないと言ったダヴィードは、素知らぬ顔で公爵家の婿となって子爵令嬢をひっそり囲うつもりだったのだろう。
アルテアガ子爵家の跡取りでもない令嬢との未来は、私を騙し続けることがダヴィードの中で前提になっている。
結婚相手を自分で決められないことは幼い頃から解っているけれど、そこに恋や愛がなくても最低限、誠意と尊重がなければ無理だ。
ダヴィードとの間には互いに恋はなかったけれど、誠意と尊重はあるものだと思っていた。
でもダヴィードにそれが無いと判った以上、結婚はできない。
忌憚なく言えば、この婚約の意味も理解していない『愚か者の血』をサンタレーリに入れるわけにはいかない。
その最前線を死守するのは私の義務であり矜持だ。
「私たちにとって婚約やその先の結婚は、夢のあるものではなくて仕事の延長線上にあるただの契約なのよね。特に私はその重みを分かち合う兄弟がいないことが辛いわ」
「そうかしら……私は妹が二人いるけれど、すぐ下の妹と何かを分かち合えたことなどないし、一番下の妹は幼くてあの子と私の背負う重みを分かち合いたいとは思えないわ。むしろあの子に何の重みも与えたくなくて、あの子の分まで背負いたいと思ってしまうわ。兄弟がいない辛さもいる辛さも、結局はそれぞれの感じ方ね」
「確かにそうね……立場が変われば感じ方も違う、ヴィオラの言うとおりだわ。こんなふうにヴィオラに話すと、私一人では気づくのに時間がかかることを知ることができてありがたいの。また相談に乗ってもらう日がすぐに来そうだから、今からよろしくと言っておくわ。その時は私のこんな話ばかりではなくて、ヴィオラの話も聞けるといいけれど」
「サンタレーリの料理長の料理を戴けるなら喜んで」
「帰ったらすぐにメニューを相談しなくちゃ!」
それから、アンセルミ料理長の愛弟子のオレンジケーキまで、おなかがはちきれそうになるほど堪能した。
オレンジケーキはお土産にも持たせてくれた。
それを父と戴きながら、ゆっくり話をしなければ……。
サンタレーリの馬車が迎えに来たとヴィオラの侍女が伝え、私たちはアンセルミ公爵家の南門に向かった。馬車の前でヴィオラが私を抱きしめる。
「いつでも待っているわ。レティ、また会いましょう」
「ありがとう、ヴィオラの優しさに心から感謝しているわ」
馬車の揺れに身を任せ、アンセルミ区の街並みをぼんやり眺めた。
ダヴィードのことを父に伝えることを考えていたら、どんどん憂鬱な気持ちになっていく。
それでも逃げるわけにはいかない。
重い気持ちでサンタレーリの家に戻ると、同じ話をするために、叔父と父が私を待ち構えていた。