【27】開港祝賀会(ジュスティアーノ視点)
海に接するブレッサン領の海岸のうち、小さな浜がある他は岩ばかりの場所を切り拓いて大きな港を作った。
ブレッサン公爵は、いち早く我がロンバルディスタ王国の『海上交通路戦略』の弱さに着目していた。
ロンバルディスタ王国には大型船が接岸できる港が少なく、他国から水や食料の補給港としての役割を求められてもなかなか応じられなかった。
応じられないということは、我が国がそれを他国に求める場合、莫大な費用がかかるということだ。その為、他国からの輸入に頼らざるを得ないものは高騰する。
ブレッサン公爵は、十余年もの年月をかけて大型港を造った。
物資が輸送できる港からは軍隊をも送り出すことができる──。
ブレッサン公爵はそれを見越して、新港からほど近い場所に軍事施設も作った。領地に海岸を持つ領主は皆、そこから他国に攻め入れられる危険を常に念頭に置いている。
アルマンドは、そうした事業に奔走する父ブレッサン公爵の背中を見て育ったのだ。
港があるブレッサン領カルテリ市の市庁舎は、ロンバルディスタ王国内で最古の三階建て建造物として有名だ。
開港祝賀会は、その市庁舎で行われることになった。
祝賀会の時間までアルマンドの従者に案内されて、その歴史的建造物を見て回るのを愉しんだ。
今はカルテリ市庁舎として使われているが、当時の王妃殿下専用の別邸として贅を尽くして王が建てたという。
気候と海が穏やかなこの地に、年に数日滞在するためだけの建物にしてはとても豪奢だ。
肌理の細かい白い石が、優美に加工されて使われている。
高い天井のホールの壁に嵌め込まれたステンドグラスも一枚一枚違っていて、当時の王妃殿下一人の為にどれほどの税が使われたのかとため息を漏らした。
このところ、気持ちが晴れない日々が続いていた。
ヴィオランテのことを考えると鬱屈したものから解放されることはないが、アルマンドやイラリオやレティーツィアと話しができてからは気持ちがラクになった。
ゆっくりでも前へ進んでいると感じられるだけでずいぶん違う。
身支度を整えて改めてホールへと向かった。
***
ホールに多くの人が集まっているのを、貴賓室を出た回廊から見下ろす。
新しい港が開港される記念祝賀会とあって、女性たちは海をイメージした青いドレスを纏っていた。
こうして見ると、ひと口に青色と言ってもさまざまな色があるものだと感心する。
俺は縁取りに青を取り入れた銀色のフロックコートを用意した。
アルマンドたちと話をしていると、そこへレティーツィアがやってきた。
白を混ぜていない、はっきりとした発色の青いドレスを着ている。
シャンデリアの灯りを受けてレティーツィアが動くと艶やかな生地が波打ち、ドレスが光っているように見える。あまり開いていない胸元の、首飾りのダイヤが飾りの少ないシンプルなドレスの青を引き立てていた。
思わず見惚れてしまい、すぐに声を掛けることができなかった。
「レティーツィア、綺麗だ」
先にアルマンドが紳士の嗜みを口にした。
「ありがとう、アルマンドも白いコートが素敵よ。レナータ様のご趣味が素晴らしいわ! レナータ様のドレスもとても素敵ですわ。裾のほうが白くなっていて打ち寄せる波のようで……」
レティーツィアはアルマンドの奥方のドレスに目を輝かせていた。
「レティーツィア、今日は一段と美しいな。鮮やかな青いドレスがとても似合っている」
出遅れてしまったが、レティーツィアに声を掛けた。
「お褒めの言葉ありがとうございます。ジュスティアーノ殿下におかれましては、今日もとても麗しく……」
「そうやって二人が並ぶと、まるでレティが殿下の瞳の色をまとっているようでお似合いだよ」
「イラリオ待って、今日は誰もが青いドレスなのよ。変なことを言わないで……えっ……?」
思いもよらないイラリオの言葉に、カッと顔が熱くなる。
レティーツィアが驚いた顔でこちらを見た。
収拾をつけろと、内なる自分に怒鳴られる。
「自分の瞳の色のドレスを纏う女性ばかりが集まっている光景、なかなか壮観だ」
大袈裟な手ぶりで、階下のホールを見下ろす。
「ハーレムの中心にいる王様気分か、まったく羨ましい」
アルマンドが少しも羨ましそうではない表情を作って言うと、レティーツィアが笑う。
「あれだけ女性がいるなら私の順番札は百番くらいかしら。しばらく熟睡できそうで良かったわ。ではカルテリ市長に挨拶してきますね。レナータ様、よろしくお願いします」
レティーツィアが微笑みを残して、アルマンドの奥方と一緒にゆっくりと階段を降りて行くのを見送る。
「……申し訳ない。このところの自分は失言ばかりだ」
「その謝罪は俺には要らないから、後でレティーツィアに届けるといい」
そう言うと、イラリオはアルマンドに軽く小突かれた。
自分たち以外に誰もいない場所でのやり取りであるとはいえ、イラリオの言葉に顔色を変えてしまった俺が悪かった。
自分が求めている女性がレティーツィアだったと気づいてから、ふとした時に心の蓋が外れてしまう。
幼少時から『その場で求められている顔を意識しろ』、そう言われ続けて自分はうまくやれていると思っていたのに。
公爵家の嫡子であるのは同じだが、妹が二人いるヴィオランテと違いレティーツィアは一人子だ。
ヴィオランテは公爵家の嫡子として学んできたことを『そう流れる舟に任せただけ』と言ったが、レティーツィアは自分で櫓を持ち公爵家を継ぐべく漕いでいるように思える。
それを止めることなどできやしないのだ。
俺ができることは、川を漕ぎ進むレティーツィアが水に濡れたらハンカチを差し出すことくらいだ。もしくは岩の少ない流れになるよう、第一王子として手入れをすることか。
いずれにせよ、俺の行く川とレティーツィアの川は違っている。
揺らめくシャンデリアの灯りの中、階下の人波の中のレティーツィアの背中を目で追う。胸の奥で蠢く何かをきっちりと蓋で押さえつけて、俺も階段を降りていった。
***
「ようこそ、ブレッサン領に新しく開かれた、カルテリ港の開港祝賀会にお集まりいただきました。このカルテリ港は、大型船舶も寄港できる港として我がロンバルディスタ王国随一の港となりましょう。この港から、我がロンバルディスタ王国がさらに発展していくことを祈念して作られた歌を、子供たちが披露いたします。どうぞ可愛らしい子供たちの歌声をお聴きください」
ブレッサン公爵が挨拶をすると、紹介された子供たちがホールの中央に並んだ。
三歳くらいから十歳くらいまでの男女の子供が、揃いのローブを着ている。
小さな台の上で指揮をするのは、一番小さい男の子だ。
その子の姿に、病によって三歳の誕生日を目前に亡くなった一番下の弟カルジェーロのことを思い出す。
記憶の中のカルジェーロは、ちょうどあの男の子と同じくらいの背格好だった。
俺を見つけると『にーちゃ!』と抱き着いてきたカルジェーロ。
ベルナルドが『兄様』と俺を呼ぶのを真似していたが、上手く言えないまま亡くなってしまった。
指揮者の男の子は台の上で、教えられたとおりにお辞儀をした。
その可愛らしい姿に、ホールの中に温かいざわめきが広がる。
下げた頭を戻す時に危なっかしくふらついたのを、近くに居た俺は咄嗟に支えた。
「いい子だ。だが台の上は危ないから気をつけよう」
そう小声で言うと、男の子は『はい!』と大声で応え、また温かい笑いがさざなみのように広がる。
もう一度お辞儀をした指揮者の男の子に指揮棒を渡す役を終えて、俺は少し下がった。
──その時だった。
ホールの中央にある、一番大きなシャンデリアが作る影が動いた。
見上げると、シャンデリアが大きく揺れ、俺は咄嗟に台の上の男の子を抱き取って伏せた。
ホールに響いた悲鳴と怒号と共に、衝撃が俺に降り注ぐ。
耳を貫くような音、頭に受けた熱、そして肩や背中を斬られたような激痛──
……レティーツィアが俺の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、そこで意識が途絶えた──




